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第6章 公国復興編
第470話 戦後が戦後であるために
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多少強引にでもノエルを排除できたのは、アラタの精神衛生上喜ばしい限りだった。
強化された五感は周囲に人がいることを良しとしないし、ノコノコ背後をついてこられると随分邪魔だった。
にしてももう少し言い方というか、やり方があったのも事実。
ぷんすか怒って帰っていったノエルの機嫌を直すには結構な手土産がいる。
まあ今のアラタはそんなこと微塵も気にしていなかったのだが。
ハルツ・クラークの家、イーサン・クラークの居るクラーク本家、それから賢者アラン・ドレイクの家へ。
戦場から帰還して2日目だというのに、朝からこれだけ忙しく活動しているのはアラタくらいだろう。
ハルツの家へは飛び込みで、他2件は向こうからのオファー。
クラーク家はアラタが返ってきたことを知り、半ば強引な時間設定を呈示してきた。
一方ドレイクの方は時間ができ次第速やかに来るようにとの事。
一見思いやりが感じられるのはドレイクの方だが、アラタは彼が自分のことを考えてそんな言い回しを選んだわけではないことを知っていた。
ドレイクという人間は、そんなに真っ当な人間ではない。
アラタが間違いなく死ぬと分かっていてダンジョンに送り出したり、彼のもたらした情報を使って彼の同僚を抹殺したり、負けると分かっている戦いに送り出したり、何らかの目的を以てアラタの身体を著しく改造したり。
天国と地獄というものがあるのなら、彼は死後間違いなく地獄に堕ちることだろう。
そんなドレイクの家の前にアラタが到着したのは午前7時すぎのこと。
ようやく人通りも少しずつ増えてきた朝のことだった。
インターホンのようなものは無いので、木の扉を叩いて来訪を知らせる。
「先生、アラタです」
人の家に訪問するには時間が早過ぎる。
だが老人の朝というのは往々にして早いものだ。
蝶番を軋ませながら、白髪白髭の老人が顔をのぞかせた。
「久しぶりじゃの」
「おはようございます。昨日帰還したため、本日伺いにまいりました」
「その日に来ればよかったものを。まあよい、入れ」
「はい」
ドレイクとはこんな感じの老人だ。
老人らしく脳機能の低下、特に部分的な前頭部の老化によって生来の厭味ったらしい性格に拍車がかかっている。
だが全体的な前頭葉の機能低下はそうでもないのか、怒りっぽいとは思えない。
どこか日本家屋をインスパイアしたような造りの家に足を踏み入れると、嗅ぎなれた匂いがアラタの鼻腔を刺激した。
血の匂いだ。
「先生」
「お前たちは臭いの。風呂に入っておるのか?」
「自分は昨日久しぶりに入りました」
「こやつら、風呂は好かんと言っておる。なんとかせい」
廊下をまっすぐ進むとリビングがあって、そこには黒鎧に身を包んだ見知った顔ぶれが勢ぞろいしていた。
「おうお前ら、風呂入れ」
「隊長、他に何か言うことないんですか?」
「全員生きているようで何より」
「アラタ……もっとこう……」
リャン、キィ、アーキム、バートン、エルモ、カロン、デリンジャー。
公国軍第1192小隊の生き残りであり、半数以上が前身の諜報組織、八咫烏の出身者。
大公選末期からアラタのことを支え続けた精鋭中の精鋭である。
一足先に戦場を後にしていた彼らは、アラタの命令で別の任務に従事していた。
ドレイクの家に出入りしているのはそのためだ。
「アラタ」
ドレイクが再三催促する。
臭くて不快なのは本心らしい。
「隊長命令だ。ここの風呂に入れてもらえ。先生いいですよね?」
「うむ。湯が汚れるのは目を瞑ろう」
「つーか本当にくっせえな。はよ入ってこい」
リャンはアーキムの様子を窺う。
リャンの性格的に、彼だけならとっくに風呂に入っていたのだろう。
それをしないのは周りの隊員と歩調を合わせているからに決まっている。
「……入るぞ」
アーキムがそう言うと、リャンとエルモが真っ先に風呂に向かって歩いて行った。
彼らを見送ったアラタとドレイクは顔を見合わせる。
こんなにすんなり入るなら、何でさっきまでごねていたのかと。
「先生?」
「わしの指示は聞けないと言っておった。生意気なのは隊長の責任じゃな」
「まあ正しい判断ですね。先生のいう事聞いていたら何が起こるか分かったものじゃない」
「良い部下を持ったの」
「ですね」
アラタは数カ月ぶりにドレイクの家の椅子に座った。
彼は紆余曲折あって自分の屋敷を持っているが、実質的に住んでいた期間というのはかなり短い。
レイフォード家、ハルツの家、それからここドレイク宅に身を寄せていた時間がかなりある。
テーブルの上に置かれた菓子がいかにもドレイクの家といった感じがして、アラタは懐かしさから1つ手に取った。
飴……に見えたので、アラタはそれを口に運ぶ。
甘味は少なく、好みの味ではない。
どちらかというと塩っぽく、かつ微妙な清涼感。
ミントアイスに塩をかけた感じでアラタは苦手だ。
「先生、これなんですか?」
「ポーションじゃよ。メイソン魔導製作所の新製品じゃ」
「いつの間に起業して……」
「資金繰りは軍用ポーションの下請けで食いつないでおる。いわゆる零細企業というやつじゃな」
「へー」
黒鎧の制作者、メイソン・マリルボーン。
マリルボーン伯爵家の長男でありながら、嫡男ではない。
彼は貴族としての適性の低さから当の昔に廃嫡されており、家督は次男が継ぐことになっていた。
まあ彼はそんなことも気にせず魔道具師として腕を磨いていて、こうしてドレイクとかかわりを持っていた。
ドレイクは口直しにとアラタに紅茶を淹れてやる。
ダージリンは彼も良く知る味だ。
「先生」
「何じゃ?」
「俺たちのこれからの身の振り方について相談したいです」
「構わんが……てっきり斬りかかってくるものと思っておったわい」
「タリアさんに渡したあれのことですか?」
「うむ」
確かに、ドレイクの薬のせいで今のアラタはすこぶる生活しづらい。
人混みなんて想像しただけで頭が痛くなるし、日常生活では必要ないレベルに感覚器官が鋭敏化されている。
だからといって、アラタは彼のことを恨んではいない。
「あれがなければ、俺は戦場で死んでいました」
「それほどじゃったか」
「勇者も剣聖も強かったですけど、一番の敵は数でした。人間やめるくらいのつもりじゃないと、あれとはやりあえませんでした」
「役に立ったのじゃったらよしとするかの」
「そりゃ俺だって、先生には恩もあるけど恨みもある。でもそればかり言ってちゃ始まらないでしょ?」
「確かに」
「俺はあんたのことを先生と呼ぶ。それはまだ教わることが沢山あるからです。話を元に戻して、俺らの今後を相談したいです」
「ふむ、現状認識は?」
「後になって気づいたんですけど、俺の管理管轄はクラーク家だったんですよね? それがこんなことになって吹き飛んで、ついでに俺も結構強くなって伯爵家だけじゃ手に余りそう。そこに1192小隊も加わってもう管理不能。貴族院は俺たちの扱いに困っています」
「そこまで言うとなると、何か根拠でも?」
「クラーク本家でそういう話をしてきました」
「なるほど」
「先生はどうしたらいいと思いますか」
「そうさのう……」
今までの行動から分かるが、ドレイクは過激派だ。
現代世界のそれと少し意味は異なり、魔術師や優れたクラスを持つ人間たちを自由にしてやりたいという思いが強く、それ故に現行体制と衝突しやすいから過激派。
剣と魔術の異世界においては、まあまあ良くあるタイプの人種だ。
人を殺したり盗みを働くのはもちろんご法度だが、強者が強者として何不自由なく暮らせる社会を望む者。
アラタたちに首輪をつけて管理したいと考える貴族院に同情できなくもない。
だが選択する権利を持つのは強者であるアラタたちであると、ドレイクは思想信条的に譲れない。
「おぬしらまとめて冒険者になるというのはどうじゃ?」
「もっと詳しくお願いします」
「貴族院直轄になれば軍が良い顔をせぬ。かと言って軍に入ればそれはそれで息苦しかろう。じゃから折衷案じゃ。冒険者として軍と貴族院に対して同等の距離を取り、クエストを介して社会に貢献する。冒険者ギルドとしても頭数は喉から出が出るくらい欲しいじゃろうて」
「なるほど」
「冒険者であればノエル様やリーゼ様経由で大公が管理できているという体裁も保つことができる。比較的穏便な片付け方だと思うのじゃが」
「いいっすね。いただきます」
ドレイクはたまに、弟子の物分かりの良さが心配になるときがある。
自分の提案したことに乗っかってくれるのは楽で助かる。
でももう少しくらい考えてから決定した方がいいじゃろうと思わなくもない。
こういう時アラタは即断即決しすぎるきらいがある。
今回は何の含みもなく提案したが、もしワシが悪意を以て誘導していたらどうするのだと、頭空っぽな弟子の行く末を心配する師匠がそこにいた。
「先生」
「ん? なんじゃ?」
「表向きはそれでいいと思うんですけど、ちょっと別件で」
「ふむ」
「1192小隊のやつらに頼んでいた極秘任務のことは聞いてますか?」
「いや? 極秘なんじゃろ?」
「まあそうなんですけど。答えを言ってしまうとですね、あれは国賊の調査なんです」
「ほぉ」
「今回、まあ前からですけど、カナン内部にもかなりの数の敵が潜んでいます。こいつらのせいじゃないかなってことが戦争でも何回かありました。数千人規模で死人が出た時もあります。放置するのはまずいです」
「じゃから強硬策を取ると?」
無言でうなずいたアラタを見て、ドレイクはしばし悩んだ。
アラタの気持ちも分かるし、実務上見過ごしてはならないというのも分かる。
だが、こうもあっさりぶち殺していいものか。
至極当然だが、罪にはそれに見合った罰が必要だ。
金貨1枚を盗んだとして死刑になるのなら、犯人は目撃者を決して生かしておかない。
軽すぎず、かといって重すぎない刑罰が人間社会には必要で、アラタたち戦争帰りの人間たちをそういう役割にあてがうのはよろしくなかった。
だが彼らも人間、彼らの感情というものも理解してやらねばならない。
「強硬策を取るのは極力なしじゃ」
「なぜ?」
「なぜじゃと? ここは法治国家で、私刑は非合法じゃからじゃよ。それにこれからは戦後となる。戦後とは、戦争の後、次の戦争までの期間のことを指す。戦後が戦後であるために、あり続けるためには、必要な暴力もあれば不要な暴力もある」
「俺たちは不要だと?」
「そうは言っておらん。ただ刀を振る事だけが全力で平和を守ることではない。全力とは、持てるすべてを注ぎ込むことを言う。武力も知力も権力も、持てるすべてを以て最良の道を模索することは、暴力で全てを解決するよりも遥かに難しいことじゃ。じゃから、成し遂げてみよと言っておるのじゃ。分かるな?」
「……俺としては裏切り者はすぐに殺したいんですけどね」
「抑えろ。お主が人間であり続けたいのならばな」
まだ不服そうな顔をしているアラタを見て、ドレイクは心の中で一息ついていた。
もう大丈夫だろうと、そう安堵している。
彼はもう分かっている。
ここは戦場ではないと。
大公選の時期の血風香る魔都でもないと。
風呂から上がって来た部下たちに対して、アラタは椅子から立ち上がって正面から向かい合った。
「お前ら、今度は冒険者になるぞ」
ここまでの葛藤を全て隠して、自信満々に宣言する。
これこそが最良だと、最高の選択だと自信満々に提示することで、部下たちは迷うことなくついてくることができる。
それがアラタの掲げる、良き指揮官というものだった。
戦後が戦後であるために。
ドレイクのこの言葉は、アラタの中で1つの指針となって役に立ち続けることになる。
復興が始まる。
強化された五感は周囲に人がいることを良しとしないし、ノコノコ背後をついてこられると随分邪魔だった。
にしてももう少し言い方というか、やり方があったのも事実。
ぷんすか怒って帰っていったノエルの機嫌を直すには結構な手土産がいる。
まあ今のアラタはそんなこと微塵も気にしていなかったのだが。
ハルツ・クラークの家、イーサン・クラークの居るクラーク本家、それから賢者アラン・ドレイクの家へ。
戦場から帰還して2日目だというのに、朝からこれだけ忙しく活動しているのはアラタくらいだろう。
ハルツの家へは飛び込みで、他2件は向こうからのオファー。
クラーク家はアラタが返ってきたことを知り、半ば強引な時間設定を呈示してきた。
一方ドレイクの方は時間ができ次第速やかに来るようにとの事。
一見思いやりが感じられるのはドレイクの方だが、アラタは彼が自分のことを考えてそんな言い回しを選んだわけではないことを知っていた。
ドレイクという人間は、そんなに真っ当な人間ではない。
アラタが間違いなく死ぬと分かっていてダンジョンに送り出したり、彼のもたらした情報を使って彼の同僚を抹殺したり、負けると分かっている戦いに送り出したり、何らかの目的を以てアラタの身体を著しく改造したり。
天国と地獄というものがあるのなら、彼は死後間違いなく地獄に堕ちることだろう。
そんなドレイクの家の前にアラタが到着したのは午前7時すぎのこと。
ようやく人通りも少しずつ増えてきた朝のことだった。
インターホンのようなものは無いので、木の扉を叩いて来訪を知らせる。
「先生、アラタです」
人の家に訪問するには時間が早過ぎる。
だが老人の朝というのは往々にして早いものだ。
蝶番を軋ませながら、白髪白髭の老人が顔をのぞかせた。
「久しぶりじゃの」
「おはようございます。昨日帰還したため、本日伺いにまいりました」
「その日に来ればよかったものを。まあよい、入れ」
「はい」
ドレイクとはこんな感じの老人だ。
老人らしく脳機能の低下、特に部分的な前頭部の老化によって生来の厭味ったらしい性格に拍車がかかっている。
だが全体的な前頭葉の機能低下はそうでもないのか、怒りっぽいとは思えない。
どこか日本家屋をインスパイアしたような造りの家に足を踏み入れると、嗅ぎなれた匂いがアラタの鼻腔を刺激した。
血の匂いだ。
「先生」
「お前たちは臭いの。風呂に入っておるのか?」
「自分は昨日久しぶりに入りました」
「こやつら、風呂は好かんと言っておる。なんとかせい」
廊下をまっすぐ進むとリビングがあって、そこには黒鎧に身を包んだ見知った顔ぶれが勢ぞろいしていた。
「おうお前ら、風呂入れ」
「隊長、他に何か言うことないんですか?」
「全員生きているようで何より」
「アラタ……もっとこう……」
リャン、キィ、アーキム、バートン、エルモ、カロン、デリンジャー。
公国軍第1192小隊の生き残りであり、半数以上が前身の諜報組織、八咫烏の出身者。
大公選末期からアラタのことを支え続けた精鋭中の精鋭である。
一足先に戦場を後にしていた彼らは、アラタの命令で別の任務に従事していた。
ドレイクの家に出入りしているのはそのためだ。
「アラタ」
ドレイクが再三催促する。
臭くて不快なのは本心らしい。
「隊長命令だ。ここの風呂に入れてもらえ。先生いいですよね?」
「うむ。湯が汚れるのは目を瞑ろう」
「つーか本当にくっせえな。はよ入ってこい」
リャンはアーキムの様子を窺う。
リャンの性格的に、彼だけならとっくに風呂に入っていたのだろう。
それをしないのは周りの隊員と歩調を合わせているからに決まっている。
「……入るぞ」
アーキムがそう言うと、リャンとエルモが真っ先に風呂に向かって歩いて行った。
彼らを見送ったアラタとドレイクは顔を見合わせる。
こんなにすんなり入るなら、何でさっきまでごねていたのかと。
「先生?」
「わしの指示は聞けないと言っておった。生意気なのは隊長の責任じゃな」
「まあ正しい判断ですね。先生のいう事聞いていたら何が起こるか分かったものじゃない」
「良い部下を持ったの」
「ですね」
アラタは数カ月ぶりにドレイクの家の椅子に座った。
彼は紆余曲折あって自分の屋敷を持っているが、実質的に住んでいた期間というのはかなり短い。
レイフォード家、ハルツの家、それからここドレイク宅に身を寄せていた時間がかなりある。
テーブルの上に置かれた菓子がいかにもドレイクの家といった感じがして、アラタは懐かしさから1つ手に取った。
飴……に見えたので、アラタはそれを口に運ぶ。
甘味は少なく、好みの味ではない。
どちらかというと塩っぽく、かつ微妙な清涼感。
ミントアイスに塩をかけた感じでアラタは苦手だ。
「先生、これなんですか?」
「ポーションじゃよ。メイソン魔導製作所の新製品じゃ」
「いつの間に起業して……」
「資金繰りは軍用ポーションの下請けで食いつないでおる。いわゆる零細企業というやつじゃな」
「へー」
黒鎧の制作者、メイソン・マリルボーン。
マリルボーン伯爵家の長男でありながら、嫡男ではない。
彼は貴族としての適性の低さから当の昔に廃嫡されており、家督は次男が継ぐことになっていた。
まあ彼はそんなことも気にせず魔道具師として腕を磨いていて、こうしてドレイクとかかわりを持っていた。
ドレイクは口直しにとアラタに紅茶を淹れてやる。
ダージリンは彼も良く知る味だ。
「先生」
「何じゃ?」
「俺たちのこれからの身の振り方について相談したいです」
「構わんが……てっきり斬りかかってくるものと思っておったわい」
「タリアさんに渡したあれのことですか?」
「うむ」
確かに、ドレイクの薬のせいで今のアラタはすこぶる生活しづらい。
人混みなんて想像しただけで頭が痛くなるし、日常生活では必要ないレベルに感覚器官が鋭敏化されている。
だからといって、アラタは彼のことを恨んではいない。
「あれがなければ、俺は戦場で死んでいました」
「それほどじゃったか」
「勇者も剣聖も強かったですけど、一番の敵は数でした。人間やめるくらいのつもりじゃないと、あれとはやりあえませんでした」
「役に立ったのじゃったらよしとするかの」
「そりゃ俺だって、先生には恩もあるけど恨みもある。でもそればかり言ってちゃ始まらないでしょ?」
「確かに」
「俺はあんたのことを先生と呼ぶ。それはまだ教わることが沢山あるからです。話を元に戻して、俺らの今後を相談したいです」
「ふむ、現状認識は?」
「後になって気づいたんですけど、俺の管理管轄はクラーク家だったんですよね? それがこんなことになって吹き飛んで、ついでに俺も結構強くなって伯爵家だけじゃ手に余りそう。そこに1192小隊も加わってもう管理不能。貴族院は俺たちの扱いに困っています」
「そこまで言うとなると、何か根拠でも?」
「クラーク本家でそういう話をしてきました」
「なるほど」
「先生はどうしたらいいと思いますか」
「そうさのう……」
今までの行動から分かるが、ドレイクは過激派だ。
現代世界のそれと少し意味は異なり、魔術師や優れたクラスを持つ人間たちを自由にしてやりたいという思いが強く、それ故に現行体制と衝突しやすいから過激派。
剣と魔術の異世界においては、まあまあ良くあるタイプの人種だ。
人を殺したり盗みを働くのはもちろんご法度だが、強者が強者として何不自由なく暮らせる社会を望む者。
アラタたちに首輪をつけて管理したいと考える貴族院に同情できなくもない。
だが選択する権利を持つのは強者であるアラタたちであると、ドレイクは思想信条的に譲れない。
「おぬしらまとめて冒険者になるというのはどうじゃ?」
「もっと詳しくお願いします」
「貴族院直轄になれば軍が良い顔をせぬ。かと言って軍に入ればそれはそれで息苦しかろう。じゃから折衷案じゃ。冒険者として軍と貴族院に対して同等の距離を取り、クエストを介して社会に貢献する。冒険者ギルドとしても頭数は喉から出が出るくらい欲しいじゃろうて」
「なるほど」
「冒険者であればノエル様やリーゼ様経由で大公が管理できているという体裁も保つことができる。比較的穏便な片付け方だと思うのじゃが」
「いいっすね。いただきます」
ドレイクはたまに、弟子の物分かりの良さが心配になるときがある。
自分の提案したことに乗っかってくれるのは楽で助かる。
でももう少しくらい考えてから決定した方がいいじゃろうと思わなくもない。
こういう時アラタは即断即決しすぎるきらいがある。
今回は何の含みもなく提案したが、もしワシが悪意を以て誘導していたらどうするのだと、頭空っぽな弟子の行く末を心配する師匠がそこにいた。
「先生」
「ん? なんじゃ?」
「表向きはそれでいいと思うんですけど、ちょっと別件で」
「ふむ」
「1192小隊のやつらに頼んでいた極秘任務のことは聞いてますか?」
「いや? 極秘なんじゃろ?」
「まあそうなんですけど。答えを言ってしまうとですね、あれは国賊の調査なんです」
「ほぉ」
「今回、まあ前からですけど、カナン内部にもかなりの数の敵が潜んでいます。こいつらのせいじゃないかなってことが戦争でも何回かありました。数千人規模で死人が出た時もあります。放置するのはまずいです」
「じゃから強硬策を取ると?」
無言でうなずいたアラタを見て、ドレイクはしばし悩んだ。
アラタの気持ちも分かるし、実務上見過ごしてはならないというのも分かる。
だが、こうもあっさりぶち殺していいものか。
至極当然だが、罪にはそれに見合った罰が必要だ。
金貨1枚を盗んだとして死刑になるのなら、犯人は目撃者を決して生かしておかない。
軽すぎず、かといって重すぎない刑罰が人間社会には必要で、アラタたち戦争帰りの人間たちをそういう役割にあてがうのはよろしくなかった。
だが彼らも人間、彼らの感情というものも理解してやらねばならない。
「強硬策を取るのは極力なしじゃ」
「なぜ?」
「なぜじゃと? ここは法治国家で、私刑は非合法じゃからじゃよ。それにこれからは戦後となる。戦後とは、戦争の後、次の戦争までの期間のことを指す。戦後が戦後であるために、あり続けるためには、必要な暴力もあれば不要な暴力もある」
「俺たちは不要だと?」
「そうは言っておらん。ただ刀を振る事だけが全力で平和を守ることではない。全力とは、持てるすべてを注ぎ込むことを言う。武力も知力も権力も、持てるすべてを以て最良の道を模索することは、暴力で全てを解決するよりも遥かに難しいことじゃ。じゃから、成し遂げてみよと言っておるのじゃ。分かるな?」
「……俺としては裏切り者はすぐに殺したいんですけどね」
「抑えろ。お主が人間であり続けたいのならばな」
まだ不服そうな顔をしているアラタを見て、ドレイクは心の中で一息ついていた。
もう大丈夫だろうと、そう安堵している。
彼はもう分かっている。
ここは戦場ではないと。
大公選の時期の血風香る魔都でもないと。
風呂から上がって来た部下たちに対して、アラタは椅子から立ち上がって正面から向かい合った。
「お前ら、今度は冒険者になるぞ」
ここまでの葛藤を全て隠して、自信満々に宣言する。
これこそが最良だと、最高の選択だと自信満々に提示することで、部下たちは迷うことなくついてくることができる。
それがアラタの掲げる、良き指揮官というものだった。
戦後が戦後であるために。
ドレイクのこの言葉は、アラタの中で1つの指針となって役に立ち続けることになる。
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