半身転生

片山瑛二朗

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第6章 公国復興編

第481話 俺はもう、皆と一緒に居られない

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 都合21回。
 アラタがダンジョン周回作業から解放されたのは、任務開始から1週間が経過してからだった。
 21体のレッドドラゴンを狩り、その他数々の魔物を屠り、それだけの恵みをカナン公国にもたらした。
 アラタは回収作業を他の冒険者に任せて、ギルドへ報告に向かった。
 ダンジョンの入り口にもギルドの人間はいるので、わざわざギルドに寄らなくても何とかなることにはなる。
 ただ、出来れば本人が窓口で報告手続きをするのがベターだった。

「それでは、金貨170枚になります。金額が金額ですので、現物をお受け取りになられない方がよろしいかと思われますが……」

「ギルドに預けておいてください」

「かしこまりました。それではこちらの書類にサインを——」

 ギルドの職員はこうなることを予測して、予め資産預け入れ用の申請書を用意してくれていた。
 記入されている事項を確認したうえで、あとはアラタがサインをするだけ。
 内容に問題が無ければサイン1つで全てが完了する、非常に良心的な仕組みだ。
 今のところこの仕組みで大きな問題が発生したことはない。
 それだけの実績は、ギルドの資産管理能力により一層の信頼感を与えてくれる。

「確認しました。それではこれで以上になります」

「あの、考えたら金貨2枚多くないですか?」

「いえ、任務開始の前と後で1時間ずつ稼働している計算になっておりますので、これで問題ありませんよ」

「あぁ、そっすか」

「大変お疲れさまでした。またよろしくお願いいたします」

「はーい」

 もう2度とごめんだと思いながらも、多分2回じゃ済まないのだろうなとアラタは溜息と共にギルドを後にした。

 彼の足取りは非常に重い。
 それはもう、ブーツが鉛で出来ているかのような倦怠感。
 靴だけではない、ケープも、ズボンも、シャツも、刀も金属でできている気がする。
 刀はさておき、アラタの装備は比較的軽装な部類に入る。
 黒装束は反応装甲機能により防御力を維持したまま大幅な軽量化に成功。
 金額はそれこそオーダーメイドの中でも群を抜いたものになってしまうが、それに見合った性能がある。
 そんな特殊装備でも、アラタが動けなくなるくらいの疲労感を覚えていることから考えると、やはりこの任務は余人に任せられないところがある。

 身が朽ち果てるまで命を懸けて戦おうとも、竜玉は流通してしまえばそれがアラタによるものだと知られることはない。
 その取引で得た外貨によって公国が潤うことがあっても、それで誰かの命が救われたとしても、アラタに感謝することはない。
 感謝されたくて戦ったわけではなくても、社会から切り離されたこの状態はアラタの精神を蝕んでいく。
 頭の中の声は徐々に大きく、喧しくなっていき、言葉遣いも乱暴になっていく。
 それが他の誰かの声なのか、それとも自分の声なのか、それすらもあやふやになっていく状態は、まどろみの中で薄目を開けてみている景色に少しだけ似ている。
 アラタは家の鍵を取り出すと、それを差し込んで捻った。

「……ただいま」

 シルが出迎えにこないことから察するに、彼女は外出中のようだった。
 他の面々も外に出ているようで、家にいたのは猫、ではなくケットシーのダイフクだけ。
 この猫は紆余曲折あって貴族からもらい受けた家族である。
 馬よりも大きくなることも可能なこの猫は、普段魔力をセーブするために普通の猫と何ら変わりないサイズ感で生活している。
 ただ1つ異なるのは、尻尾が2つに分かれていることだけ。

 戦争から帰って来てからというもの、アラタはこの猫に激しく嫌われている。
 目を併せようとしたらシャーと威嚇され、常にイカ耳をつん立てて警戒している。
 自分からすり寄ってくることもなくなり、アラタが出したご飯は近寄りすらしない。
 猫の鼻には、アラタにこびりついた血の匂いは強すぎるみたいだ。
 階段を登る気力が起きなかったアラタは、靴を脱いで玄関に荷物を置いた。
 土や魔物の返り血はダンジョンの出口であらかた落としたけれども、そのまま家の中に上がるには少し汚い。
 アラタは玄関に座り込み、そのまま道具の手入れを始めた。
 ダイフクはそれを警戒するように遠目から見ている。

 黒装束の一部であるブーツは、まず初めに中敷きを取り出して土を掻き出す。
 汚れをあらかた落としたところで魔術回路の点検を行い、ワックスで磨いて完成。
 黒装束も脱ぎ、替えの服に着替えた状態で装備点検を行う。
 魔術回路の破損が認められる箇所は目印をつけておき、次回のメンテナンスの時に補修してもらう。
 回路がよれて回路がショートしている箇所をほぐす。
 こうするだけでも黒装束の効果は少し変わってくるのだ。

 アラタとこの形式の装備との付き合いも、もう1年が過ぎている。
 純粋な魔力回路による反応装甲と、魔術回路による隠密効果の2つの機能。
 大公選の最中も、戦争でも、この装備は大いに戦い方を変えた。
 大量生産が難しく、使いこなすには人並み以上の魔力が必要となる。
 だから使い手を選ぶ故、一兵卒に装備できる日は遠い。
 それでも精鋭に装備すれば、ゲームチェンジャーとして成立する。
 アラタは幾度となく自分のことを助けてくれたこの装備に大層な思い入れを抱いていて、その心の内は作業の丁寧さに現れていた。

 刀も同じで、これまた丁寧に手入れを続けていく。
 土埃を落とし、血を拭う。
 神から貰ったこの刀は、傷つくという事がない。
 どういう原理なのか、そもそも本当に壊れないものなのか定かではなく、アラタもこの刀を持て余していた。
 通常では折れたり曲がったりしてしまうような使い方をしても全く問題ないのだから、確かにそれには感謝している。
 でもそれ以上なにかが出来るのかと問われると、答えに困ってしまう。
 世界に一振りしかない名刀も、使い手が未熟だとこうなってしまうという典型だった。

 1人で道具の手入れをしていると、中学生の頃を思い出す。
 高校ではなく、中学だ。
 アラタは高校で寮暮らしだったので、基本的にプライベートというものが存在しなかった。
 だからグローブを磨いている時も誰かは側にいたし、それでよかった。
 ただ、中学の頃は家の玄関で1人道具の手入れをしていた。
 色んな事を考え、それは今でも彼の財産になっている。
 けれども、余計なことを考えてしまう事だってある。

 例えば、あの時通り魔に刺されることなく異世界に来ていなかったら。

 彼は恋人にドタキャンされてしまったパソコン探しを諦めて1人暮らし中の家に帰り、課題をこなし、バイトに行き、また帰って寝ていたはずだった。
 夏休みを跨いで大学1年生の後期が始まって、その辺に居る普通の大学生として生きていくはずだった。
 多少特殊な過去を持つとはいえ、緩やかに一般人の千葉新ちばあらたとして社会に溶け込み、やがて就職して家庭を持つ。
 苦しいことや悲しいことも時にはありつつ、概ね幸せな人生を全うしてこの世を去る。
 そのはずだった。

 異世界に転生して命の奪い合いに参加することも無ければ、死に別れたはずの恋人を手にかけることもなく、斬った張ったの世界で心を擦り減らすことも無かった。
 力を得ようと精一杯努力した結果寿命を減らすことも無かったし、こうして使い潰されるような生活を送ることも無かった。
 ただ平穏無事に、何事もなく、平凡でありきたりな人生を送ることが出来れば、それでよかったはずなのに、アラタには叶わぬ願いだった。

 ——こんな世界で生きていくのなら、力はいくらあっても足りないだろう?

 ——気に入らないものはすべて壊して、自由気ままに生きればいいじゃないか。

 ——そうするだけの力を、俺はお前に与えることが出来る。

 アラタの心が、深く深く闇の中に沈んでいく。
 それはヘドロで出来ていて、酷い悪臭と共に周りの有機物も腐らせてしまう。
 腐らせるのは何も有機物だけでは、肉体だけではない。
 体が病めば、心も徐々に病んでいく。
 理不尽なこの世界に対して、救ってくれなかった神に対して、自分のことを都合よく利用した人間たちに対して、自分がこれだけ苦しい思いをしているのに何食わぬ顔で笑いかけてくる存在に対して。

 アラタは眠れない、眠らない。
 今も刀を肩に立てかけて、玄関の壁にもたれかかりながら座っている。
 元々異世界に来てから眠りが浅くなっていたのに、特殊配達課の生活リズムは彼から睡眠を取り上げた。
 そして黒装束となり、夜も訓練に明け暮れるようになる。
 八咫烏を組織してからは昼夜を問わず刀を振り回し、目の前の障害を切り拓いていった。
 戦争に参加してから、彼は本格的に不眠症を発症した。
 いつ敵襲があるか分からず、5秒前まで隣で寝ていた仲間の頭に矢が突き刺さっていることもある極限状態。
 味方の脱走や裏切りも横行し、その中で部下を引き連れて最後まで撤退を完遂しなければならない責任感。
 もうアラタは、どうやってベッドで寝ていたかもわからなくなっていた。
 屋敷に帰って来た今も、夜は部屋の隅で毛布を被って座っているだけ。

 そんな生活でも何とか成り立つのは、治癒魔術を身につけてしまったから。
 彼の命を救ってくれた祝福であると同時に、タリアと入れ違いになるようにこの身に宿った力はまるで呪いそのものだった。
 タリアに治癒魔術を頼めば、生活習慣の見直しから説教されることだろう。
 けど今はもう、彼女はこの世にいない。
 誰も注意してくれる人がいないのだ。
 ただ緩やかに、アラタという男が壊れていく。

 戦場では辛うじて全壊することは免れても、平穏な日々の中で壊れないとは限らない。

「あれっ、鍵が開いてる。アラ——」

 ノエル、クリスが帰ってきて扉を開けた次の瞬間、アラタは立ち上がりざまに刀を抜いて斬りかかった。

「下がれ!」

 ノエルの襟を思い切り引っ張ったクリスのせいで、ノエルの首が締まる。
 でも今はそれどころではない。
 鞘を放り捨てて、異常な量の魔力と殺気を放ちながら振り下ろしたアラタの一太刀は、ノエルの首を刎ねる寸前のところで止まった。
 クリスが引っ張っていなければ、間に合わずに斬っていた。
 アラタが踏みとどまっていなければ、そのまま彼女の首と胴は泣き別れになっていた。
 アラタの中で、何かが崩壊しようとしていた。

「あっ……あっあっ……あ——」

 刀を落とした音で、家の中にいたダイフクが飛び上がった。
 瞳孔が開きっぱなしになっているアラタの瞳からは、漆黒の絶望が零れ落ちようとしている。

「お、俺っ、俺はっ……っ!」

 両開きの扉の内、ノエルたちのいない方の扉を押し開けると、アラタはそのまま外に出て走り出そうとした。

「待って!」

 今度こそ逃がさないと、ノエルはアラタの左手をしかと掴む。
 2人とも剣と刀の振りすぎで掌に大きなマメがいくつも出来ていた。

「放して、くださいっ! 俺は……」

「行かないで、いなくならないで」

「俺はもう……皆と一緒に居られない」

 喉の奥から絞り出したような、か細い声だった。
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