半身転生

片山瑛二朗

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第6章 公国復興編

第486話 天使と悪魔

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 ベルフェゴールはこれ見よがしにシフォンケーキを頬張った。
 甘さ控えめなスポンジに、これでもかというくらいのクリームをつけて美味しそうに口に運ぶ。
 あんまりクリームをたくさんつけるものだから、口にクリームが付いてしまっている。
 それを舌で舐めとると、ニヤニヤしながらラグエルに話しかけた。

「食べないの?」

「あっ、悪魔憑きの施しを受けるわけには……」

「じゃあ私がもらっちゃおーっと」

「あぁぁ…………」

「ベルさん、意地悪しちゃダメだよ」

「あら、私と契約したのにそっちの肩を持つの?」

 アラタはベルフェゴールが手を伸ばしたサンドイッチの乗った皿を回収すると、ラグエルの前に戻した。
 アラタが聞いた腹の虫は彼女のものだったらしく、今もグウグウ鳴っている。

「お腹空いてるでしょ?」

「ですから、私はあなたを救済しに来たのであって、施しを受けにきたわけでは……」

「はっ、恩着せがましい」

「ベルさん、静かにしてて」

「貸しね」

「もうそれでいいから」

 事あるごとに貸しであることを強調するベルフェゴールに対して、アラタは面倒なので彼女の言うようにしようと決めた。
 いちいち内容を精査するのは面倒極まりない。
 しかし、ここでラグエルがストップをかける。

「悪魔憑きさん! 悪魔と簡単に契約を交わさないで!」

「アラタでいいよ」

「アラタさん、そこのベルフェゴールは危険な悪魔です。出来れば口も利かないでください」

「だって。どうするベルさん?」

「だからダメ!」

「いったん結んだ契約をすぐ反故にしろなんて、いかにも約束を守らない天使らしいわね。悪魔は契約に真摯に向き合うの」

 ノエル、リーゼは完全にキャパオーバー、クリスは自分の理解が追いつかないであろうことを初めから分かっていたので、暖炉の傍で猫と遊んでいる。
 アラタは当事者なだけあって、まだ現状把握に努めているものの、徐々に混沌と化していくこの状況に困惑の色を隠せない。

「ラグエルさん……ちゃん?」

「様を付けてほしいです」

「ラグエルちゃんはさ、俺がベルさんと一緒にいると不幸になるって言いたいの? それを助けに来てくれたの?」

「そうです。あまねく全ての人類に祝福を与えるのが私の役割ですから」

「じゃあ大丈夫なんじゃない? ベルさんは特に悪いことしようとしてる風には見えないし。ねえベルさん?」

「悪事なんて面倒くさいわ」

「ほら」

 ラグエルは、まず洗脳の可能性を疑った。
 アラタがここまでベルフェゴールの肩を持つのだから、当然の思考だ。
 彼女は密かにスキルを起動すると、アラタの脳内を盗み見る。
 盗み見ようとしたのだが。

「くっ、ふっ、むぅ」

「フフッ、なにそれ便秘? トイレはあっちよ」

「何でベルさん知ってんの?」

「私はトイレの場所を正確に把握する能力を持っているの」

「凄いけど微妙に要らないね」

「それより、あなた頭の中覗かれそうになってるわよ。防いであげた私に感謝しなさい」

 存在としてベルフェゴールの方がラグエルより格上なのか、それとも単に能力の相性の問題なのか、ラグエルがアラタの脳内を見ることは叶わなかった。
 洗脳、操作の可能性を拭えぬまま、彼女はスキルをオフにする。

「アラタ分かった? こいつはコンプライアンス意識の欠片もない、ただの盗撮魔よ。盗撮天使ね」

「プライバシーを勝手に侵害するのはちょっとねぇ……」

 アラタは困惑していた。
 脳内を覗き込むとか、そんな高度な事を使用とするラグエルはやはりただものではないこと。
 もう1つは、ベルさんあんた俺の脳内見ただろ、ということ。
 でなければ自分に関するあれやこれら、秘密の情報を知り得るわけがないのだ。
 自分のことを棚に上げるという場面を目にして呆れるアラタを置き去りにして、両者のぶつかり合いは再び激しさを増す。

「タイミング的に、あいつに頼まれたのかしら?」

「ち、違います! 私は私が必要だと思ったからこうしているだけです!」

「バレバレ。やっぱり堕天使じゃない」

「堕天使って言わないでください! それより、今度は何を企んでいるんですか! 何を代償として取り立てるつもりですか!」

「さあねー」

 言いたいことだけ言ってまともに取り合おうとしないベルフェゴールに対して業を煮やしたラグエルは、アラタの方に迫って来た。

「契約書、ありますよね」

「……ナイヨ」

「見せてください!」

「ベルさん! やっぱりこいつ順法精神が無い!」

「だからさっきからそう言ってるでしょ」

「お願いします! 迷える子羊の為なんです!」

「子羊って俺のこと!? だったら間に合っているのでお引き取りください!」

 奇しくもアラタとシルが感じていた脅威は同じものだった。
 ダラダラと会話を続けていたら、絶対ろくなことにならない。
 具体的には、この家に自分も住むと言い出しかねないこと。
 それだけは阻止しようと、アラタ、シル、ベルフェゴールの意志が1つになった。

「シル! 見つからないところに隠しとけ!」

「分かった! ……ってあれ? 契約書が——」

「はい、ラグエルちゃん」

 アラタたち3人は目を疑った。
 ついでにリーゼも驚いたが、こちらはそこまで反対感情は持っていない。
 クリスはまるで興味なし。
 ノエルがラグエルに悪魔の契約書の控えを手渡したのは、天使の能力でも何でもなくただ彼女の意思1つだった。
 アラタは噛み殺さんばかりの勢いでノエルを睨みつけた。

「おい……人のモンだぞ」

「私、ベルフェゴールは危険な存在だと思う。だからこうした方がいいと思った」

「あのなぁ、そういう問題じゃ——」

「これ以上、アラタには危険な目に遭ってほしくないんだ。だったら紙を見せるくらいいいじゃないか」

「あのなぁ…………」

 善意の方が質が悪いことって本当にあるんだなとアラタは嘆息した。
 シルは複雑な表情をしていて、ベルフェゴールは呆れている。
 そうしている間にも、ラグエルは契約の内容を精査していて、やがて絶句した。

「ナニ……コレ……?」

「なんて書いてありました?」

 自分に関する契約のことなのに、人に聞くアラタ。
 ベルフェゴールはどこか余裕があるように見える。

「快適な衣食住の提供及び、それを実現するための努力を惜しまないこと。契約の不履行が認められた場合、契約者は速やかに履行努力を見せると共に、ベルフェゴールに対して誠意ある謝罪をする事」

「へー」

「バカな……こんなの悪魔の契約書じゃないです」

「だから言ったのに」

「絶対、絶対どこかに穴があるはず……そうでもなければ……」

「なんでそうなるのよ」

 まだ疑いが晴れない悪魔様は溜息をつきながら、ぼーっとしていたアラタの手元からサンドイッチを強奪した。
 瑞々しいトマトとレタス、くどくないチーズの酸味と仄かな甘み、ハムかと見せかけて生ハムの塩っ気が全体を引き締めている。
 ここに契約が履行されていると、彼女の太鼓判を押した。

「それ人のなんだけど……まあいいや。ベルさん美味しい?」

「えぇ、これからも励みなさい」

「そりゃ良かった。ところでノエルさん、ベルさんに言わなきゃいけないことあるよね?」

「……疑ってごめんなさい」

「気にしないわ。慣れてるから」

 初日からアクセル全開のおもてなしに大層満足したのか、ベルフェゴールはラグエルの妨害も含めたうえで総じて合格点を出した。
 その中にはノエルの突飛な行動も含まれている。
 アラタはベルフェゴールから皿を取り返すと、再びラグエルの前にそれを置いた。

「お腹空いてるみたいだし、とりあえず食べたらいいんじゃないかな」

「しかし、私は天使なので……」

「天使はお供え物を粗末に扱ったりしないと思うよ」

「…………確かに。お残しは天使的行動ではありませんね」

「ほらまたもっともらしい理由を付ける」

「ベルさん静かに」

 悪魔と食卓を共にすることが悪いことだと、彼女は分かっている。
 しかし受肉を果たしたこの身体では、人間に備えられている欲求から、食欲から、飢餓から逃れることはできない。
 ラグエルはサンドイッチを口にして、それを咀嚼し、飲み込んだ。
 満腹の時に美食を口にしても満足度は低いが、腹が減っていれば大抵のものは美味しく感じる。
 それがシルキーによって丹精込めて作られた逸品であれば、なおさらだろう。

 ラグエルは瞬く間に完食すると、そのあまりの食べっぷりの良さに驚く一同の視線にバツの悪さを感じた。
 特にベルフェゴールは悪魔的スマイルを向けてくる。

「……な、なんですか」

「別にぃ。食べたならさっさと帰りなさいよ」

 悪魔は未来が見えると言われている。
 ベルフェゴールがそんな能力を保持しているかどうかはさておき、この状況なら能力を使わなくても先を見通すことが出来る。
 簡単すぎる問いだ。

「……監視の、そう、監視の為です」

「は?」

 ニヤつくベルフェゴールの向かい側で、アラタが不穏な空気を感じて反応した。

「ベルフェゴール! あなたが人間に危害を加えないかどうかを見定めるため、私もここに住みます!」

「だって。アラタどうする?」

「いや、俺に全然メリット無いし、ダメで——」

「いいよ! これからよろしく!」

 再びのノエルに、流石のアラタも苛立ちを隠せない。

「おい……ここは俺の家なんだよ」

「悪魔だけはバランスが悪いから、天使もセットにしたほうがいいよ」

「なんだその理屈は」

「ラグエル、君はベルフェゴールを止めることが出来る?」

「あー……少し厳し——」

「アラタがベルフェゴールに何かされそうになったら絶対に止めるんだ。命を、全てを懸けて。それが出来るならここにいてもいいよ」

「それはちょっと……ハイ、全力を尽くします」

 人間のくせになんてプレッシャーの強さなんだと、ラグエルはノエルに底知れない恐怖心を抱いた。
 圧が強くて、天使である彼女も少し引いている。
 引き過ぎて、思わず了承してしまった彼女に対して、ベルフェゴールは強者の余裕を見せつける。

「安請け合いはよしなさいな。あんたじゃ私には絶対に勝てない」

「だとしても、止めるくらいならなんとか……」

「ヨシ! まとまったね!」

「どこがだよ……」

 笑顔で締めたノエルを見て、アラタはこの女を管理しきれないと今更ながら悟った。
 面倒なことになったと溜息をつきながら、彼は疾うに予定時刻を過ぎている打ち合わせに向かうため、リビングを出て行った。
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