半身転生

片山瑛二朗

文字の大きさ
503 / 544
第7章 紅玉姫の嫁入りと剣聖の片恋慕編

第498話 残された時間と最良の終わり方

しおりを挟む
 アラタは目的遂行の為なら手段を選ばない。
 平気で仲間を見殺しにしたこともあるし、敵を拷問したことだって1度や2度ではない。
 許されないことをしたという自覚はあっても、彼はそれを肯定する。
 自分の進む道の上に障害があって、譲れないものがあったのだから仕方がないと割り切っている。
 彼が自覚しているように、彼の考え方やメンタリティでは侵略国家ウル帝国の在り方を否定することは難しい。
 自己都合を他人に押し付けて不幸を振りまくという意味では、アラタもウル帝国も大差なかった。

 アラタは今日も近衛局の訓練施設で警備員や近衛兵向けに教練を授けた後、誰よりも遅くまで居残って訓練に明け暮れる。
 2係の連中の足腰が立たなくなるまで付き合わせて戦闘訓練をすることもあれば、1人で魔術の訓練をすることもある。
 単純な基礎体力向上目的のトレーニングに励むこともあるし、何をいつどれくらいやるかはバラバラだった。
 ただ1つ決めてあるのは、全て全力で命を懸ける事。
 それだけは心に誓っていた。

「ありがとうございました」

 訓練場に対して挨拶をすると、アラタは家に帰り廊下を通り抜けていく。
 彼の部屋は2階にあるのだが、土間になっている作業部屋というものがこの屋敷には存在する。
 土間と板間になっている段差部分の2段目のへりに、ほんの僅かな隙間がある。
 そこに専用の形状記憶紙で出来た魔道具を差し込んで魔力を流すと、紙は内部で鍵の形になって錠を開ける。
 すると地下への隠し扉が出現して、鍵の持ち主を薄暗い地下へと誘う。
 アラタが慣れた様子で地下に降りていくと、彼が通った後はひとりでに扉が閉まり、その存在を隠していった。



 アラタにはこの世界でやりたいこと、やり残したことがいくつかある。
 1つはそう、この屋敷に住む人間をはじめとした仲間たちの幸せを見届ける事。
 それこそどこまで、いつまでといったことを定義していない曖昧な目標で、具体的な達成項目も無ければ期日も存在しない。
 自分の都合がつく限りといった極めて一方的な願いだ。
 もう1つは、恋人の仇を討つ事。
 これは中々に難しいが、期限も達成項目も明確である。
 敵が他のことで死なない且つ自分の命が尽きる前まで。
 そして敵の息の根を確実に止めてエリザベスの墓前にその首を並べる事。
 ユウと名乗る白髪の男を殺すというモチベーションが、呪いが、怒りが、決意が、彼をここまで育ててきた。

 アラタの目の前には厳重に錠がかけられている金庫がある。
 中には日本語で書かれたレポートが多数収蔵されていて、その全ての著者がアラタである。
 特別勉強ができるわけでも得意でもない彼が、彼なりに必死に情報をかき集めてきたその結晶だ。
 ユウという男の目撃証言、辿って来た道筋、それらを事細かに記している。
 彼はここにいる、なんて都合の良い情報があれば良かったのだが、残念なことにそこまで明快な答えは未だ見つけられていなかった。
 アラタはノートのページをめくりながら、新しいノートに日本語で自分の考えを書き記していく。

 公国の貴族たちとコネクションを持っていた。
 それなら他国の権力者たちと何らかの繋がりがあってもおかしく無い筈。
 奴を初めて見たのは西部未開拓領域だったけど、今は足跡が途絶えている。
 ヒトの少ない辺境にいるのだとしたら、見つけ出すのはかなり難しい。
 それよりも都市部に居ると仮定して、居たと仮定して奴の痕跡を辿るのがベター。
 カナン、ウル、タリキャス、エリンで白髪の男だけでは絞り切れなかった。
 それに、あれだけの力を持っていて話に出てこないのだから、普段は一般人のフリをしているか変装している可能性が高い。
 スキルで姿形を変えているとしたら、その状態で見つけ出すのはかなり難しい。

 もっと情報が要る。
 鮮度が高くて、すぐに行動を起こせるような情報が要る。
 その為にはどうすればいいか。
 この国にいるようじゃいつまで経ってもユウには追いつけない。
 もっと人のいるところへ、情報の集まる所へ行く必要がある。
 近場では、それはウル帝国なんだろうな。
 仕官するのはそんなに難しくないはずで、向こうにも冒険者ギルドはちゃんとある。
 あとはこの国を出るのを許可してくれるかどうかだけど……ノエルがごねるだろうな。

 アラタは一度ペンを置くと、低い天井を見上げた。
 もう随分と前から、彼は前に進めていない。
 強くなりはしたものの、それだけで仇を討てるほど生易しい相手ではない。
 まずどこにいるのか分からなくて、それを掴む為には社会的地位を高めることが効果的であることは随分前から分かっている。
 彼がそんな内容をノートに記したのはこれが初めてではない。
 これ以上前に進めなくて、同じ内容をグルグルとループするように書き続けていた。
 アラタは決断しなければならないと直感で分かっていた。
 グダグダと理由をこねてここに残る理由を探していたのは、ここの居心地が良かったから。
 引き留めてくれる仲間がいたからここに居られただけで、本来ならとっくの昔にウル帝国に向かわなければならなかった。
 それは彼の弱さであり、日本にいた頃の千葉新という青年の人間らしさでもある。
 アラタはノートを閉じると、何かを諦めるかのように脱力しながら言った。

「帝国に行くか……」

 前を向くことが、必ずしも明るい未来を指し示しているとは限らない。
 ただこれ以上ここにいてぬるま湯のような毎日を送っていては、自分がダメになってしまうと薄々分かっていた。
 そんなアラタの独り言に応えるのは、きっと全ての答えを知った存在でなければならないのだろう。

「やめておいた方がいいわよ」

 アラタからにわかに殺気が立ち昇る。

「ベルさん……どうしてここに?」

「な~んか変だと思って来てみたら案の定って感じね」

「俺が出て行ってもシルがいるから大丈夫ですよ」

 アラタは机に立てかけていた刀を手に取ると、鯉口を切る体勢に入った。
 以前は何もさせてもらえないまま圧倒的な力の差を見せつけられたが、だからといってアラタが今回も退くわけがない。
 ベルフェゴールは心底退屈そうにそれを見ている。
 その紫紺の瞳にはいったい何が映っているのか。

「俺は帝国に行きます」

「やめた方がいいわ。時間の無駄だから」

「やってみないと分からないでしょ」

「分かるのよ。私悪魔だから」

「あんたには何が見えている? 知っていることを答えろ」

「契約外のことはしないわ」

 アラタの放つ不穏な雰囲気がより一層禍々しさを増す。
 そのまま居合で斬りつけかねないほど濃密なプレッシャーを放っていた。
 もしかしたらノエルやクリスあたりは気づいたかもしれない。

「答えろベルフェゴール」

「……はぁ。男ってホント馬鹿」

 アラタがゆっくりと刀を引き抜き始めたところで、ベルフェゴールはようやく話し始めた。

「帝国に行ったとして、仮にユウを見つけたとして、あなたには彼を殺すことはできない」

「やってみなきゃ分からないだろうが」

「分かるわよ。それにあなたも薄々分かっているんじゃない?」

 アラタの刀を抜く手が止まった。

「……何が」

「あなたじゃユウを殺せないことを、自分自身で分かっているでしょって言ってるの」

「今度こそ殺す。そのための力も付けてきた。殺せるかどうかじゃない、全てに代えてでも殺すんだよ」

「全てを懸けても無理よ。足りない」

「だから——」

「今のあんたは決して敵わない敵に立ち向かう悲壮感に酔っているだけ。それを世間では向こう見ずとか蛮勇とか言うのよ」

「黙れよ」

 アラタの刀を持つ手が震える。

「できもしない事に命を捧げるのは馬鹿のすること。そんなことの為に私との契約を反故にしていいわけないでしょ」

「……じゃあどうすればいいんだよ」

「知らないわ。自分で考えれば?」

「考えたんだよ」

「それでこんな答えしか出ないから馬鹿なんでしょ」

 ベルフェゴールは灰色のスウェットにサンダルを履いて首の後ろ辺りを掻いた。
 ダボッとした服を着ても相変わらずスタイルの良さは際立っているものの、色香と言われると少し心もとない。

「……このまま見つからなければ、俺は死んでも死にきれない」

 ……頭のどこかでは分かっていた。
 大公選の後ユウと戦って、あの時のあいつと今の俺のどちらが強いか。
 俺はまだ、あいつには勝てそうにない。
 仮に残された命を使い切るつもりで戦っても、仲間を募っても、卑怯な手段で嵌め殺しを挑もうとも、恐らくその悉くをユウは越えてくる。
 俺は弱いから、周到な準備の上で完全な不意打ちをかましてもユウを殺すことは、エリーの仇を取ることはできそうにない。
 でも、もう俺には時間が無いんだ。
 ギリギリなことは俺自身が一番分かっているから、それならせめて挑戦だけでもしなきゃいけないだろ。

「悪魔との契約する?」

「は?」

「私は未来が見えるの。見えていることを少しだけ教えてあげてもいいわ」

「……代償は」

「そうね…………ラビットフットのチョコレートケーキが食べたいわ」

「安っ」

 未来の事象が銀貨1枚にも満たないなんて、とアラタは刀を落としそうになった。
 話の流れが変わってきたところで、アラタは一度刀を鞘に納める。
 彼からしてみれば、乗らないという選択肢はあり得なかった。

「2個買ってきてあげるよ」

 アラタの言葉に大層満足したのか、ベルフェゴールは自信満々に言い切った。

「ウル帝国に奴はいないわ」

「どこにいる?」

「それは教えられない。どんなに報酬を積まれても絶対にね」

 ベルフェゴールは契約ごとに真摯であり、この手の嘘を言ったりしない。
 アラタは言い表しようのない閉塞感と倦怠感に襲われて、少し落ち着いた。
 肩をがっくりと落とし、地上への階段を開く。

「これからどうするの?」

「決まってんだろ、死ぬほど鍛えるだけ」

 目を血走らせて階段を上がっていった契約者の背中を見送ると、ベルフェゴールは1人溜息をついた。
 自分に残された時間が少なくて焦る気持ちは分かるが、今まで費やしてきた時間が無駄になるのが怖いことは分かるが、だからといって今の在り方が最良である保証なんてどこにもないのに。
 ユウを殺すことが最良の終わり方なのか、そこには一定の疑問がついて回る。
 もちろんアラタからしてみれば、奴を殺さなければ一生前に進めないことは分かっている。
 だが本当にそれでいいのか、ベルフェゴールはそれが言いたかった。
 でも彼女は悪魔だから、語る言葉には制限がついて回るから、そこまで十分な説明をするのはルール的に不可能だった。

 悪魔は未来を騙る。

 そこに契約者の望んだ未来が無かったとしても、自分に都合が良ければそれでいいのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生勇者が死ぬまで10000日

慶名 安
ファンタジー
ごく普通のフリーター・岩倉運命は謎の少年に刺され、命を落としてしまう。そんな岩倉運命だったが、サダメ・レールステンとして転生を果たす…

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

処理中です...