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第7章 紅玉姫の嫁入りと剣聖の片恋慕編
第503話 誰もいないはずの隣を
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「まったく、帰ってきて何を言い出すかと思えば」
大公の眼は冷ややかだった。
ノエルはリーゼ、シルと共に実家であるクレスト公爵家を訪問、事の次第を両親に打ち明けた。
アラタと一緒になりたいというノエルの願いに対する父親の反応がこれだった。
「リーゼ君、君をノエルの傍に付けているのはこんな茶番をさせるためではないんだよ」
「茶番では……!」
「いいや、茶番だよ」
謁見室は屋敷にある部屋の中でも非常に広く、家主と訪問者の距離も大きい。
上座に腰かけるシャノン大公に対して、ノエルたちは片膝をついて頭を垂れている。
初めの一言で完全に場を制圧した大公は、隣に座っている大公妃の方を見た。
「アリシアはどう思う?」
「恋愛結婚もダメではないのだけれど……まだお相手の了承も無いんでしょう?」
「それはこれから……」
「ノエル、君は私たちの説得から入ろうとしたみたいだけどね、もし仮に私たちが許可したとしよう。その上でアラタ君に思いを打ち明けたら彼はどうなる? 断りにくくなるとは思わないのかい?」
「それは……」
「リーゼ君もそうだが、考えが浅すぎる。ついでに自分勝手だ」
「私はアラタが受け入れてくれてから大公様たちに許可を取る方がこじれると思いました。私がノエルにそう勧めたのです」
「なるほど。彼の受け取り方よりもスムーズさを取ったと」
「それは……そうですが…………」
シャノンは別に怒っているわけではない。
ただ失望しているだけだ。
従って冷静さを保っていつつも、その冷たさはノエルたちを刺し貫く。
「我々大人を認めさせることが出来れば、後はアラタ君を落とすだけ。そういうプロセスを構想したことこそが彼を軽く見ているということに他ならない。私たちの都合は置いておくとしても、そんな人間をアラタ君にあてがうようなことを私は絶対にしない。肝に銘じておきたまえ」
冬の大広間はよく冷える。
大理石の床は非常に冷たい。
漂う空気も透き通っている反面温度が低く、白い息が出そうになるほど。
ピンと張り詰めた雰囲気も相まって、ノエルは凍えて震えそうになっていた。
そしてなおも大公の否定は続く。
「レイフォード家、マッシュ家、マリルボーン家、フリードマン家、エリン家、クレスト家、それぞれからお見合いに応じてくれた諸侯にも申し訳が立たないとは思わないのかな」
「申し訳ありません」
「貴族の結婚とは当人だけのものに非ず。家と家の繋がりを強固にし、余計な争いを回避し、より一層国家の繁栄と安寧に尽くすための手段でもある。アラタ君には悪いが、彼は一般市民であり親はいないと聞いている。反論があれば聞こうか」
「アラタは……」
異世界人です。
喉まで出かかったその言葉をノエルは必死に押し殺した。
リーゼが言うように、もしこの場でそれを口にすればアラタの信用を失うことになるかもしれない。
それにノエル自身もそれを望んでいない。
あくまでもアラタは一般市民、そこからどうやって認めてもらうのかという戦いなのだ。
「アラタ君は?」
「つ、強いです」
「話にならないな」
「アラタは公国になくてはならない人です」
「それはさっき聞いたよ」
「このままじゃアラタは近いうちにウル帝国に行ってしまう。それはこの国にとって致命的な損失のはずです。私は、私がアラタをこの国に繋ぎ留めるから、代わりにお見合いを断ってアラタと一緒になるチャンスをください」
「聞くに堪えない。国防が1人の兵士によって左右されるわけがないだろう。それこそアラタ君を過大評価しているし政略結婚の価値を過小評価している」
ノエルの発言が気に障ったのか、シャノンはおもむろに席から立ち上がった。
「中央貴族は畑を耕さない。生まれながらにして人より優遇されている。暖かいベッドに暖かい食事、安全な生活や優れた教育を受けることが出来る。たかだか運よく貴族に生まれただけでだ。我々が享受した恩恵を一般市民に返す方法はたった1つ、私心を殺して国民に奉仕することだ。好いた相手がいようが、親の仇だろうがそれが国の利になるならそうする。それが、それこそが我々を公国貴族たらしめるのだ」
「あなた、落ち着いて」
「……まあ、というわけだ。諦めたまえ」
シャノンはどっかりと椅子に腰を下ろすと、目を瞑って深呼吸した。
アリシアが諫めたように、彼も存外興奮してしまったらしい。
リーゼは反論の言葉を持てず、シルは小さく縮こまっていて、ノエルは何とかして許しを貰おうとするも有効な手段が見えてこない。
これなら家を出て駆け落ちした方がいくらか簡単である。
「アラタは、アラタは……」
ノエルが頭に思い浮かべた想い人の顔は、寂しそうに笑っていた。
本当は心の底から笑って楽しそうにしている彼のことが好きなのだが、寂しそうに笑う顔が思い浮かんだ理由はきっと、ノエルが最も多く見てきた顔だからだろう。
特にその横顔は、ノエルの記憶の中に深く刻み込まれている。
「アラタは、たまに誰もいないはずの隣を見るんだ」
「ノエル?」
「何の話かな」
「アラタは口には出さないけど、たまに寂しそうに横を向くんだ。私の家に父上や母上がいて、隣には小さいころからリーゼやハルツ殿がいて、他にもいろんな人が支えてくれている。でもアラタには親も、兄弟も、親友も、戦友も、だれもいなくなってしまった。昔は確かにいたはずなのに、みんなアラタの横からいなくなってしまった。いるはずのない誰かを探すように隣を見るアラタを私は見ていられない。隣に座って、アラタには私がいるよって言ってあげたい。アラタの心に空いた穴を埋めたい。もうアラタが寂しい思いをしないように、ずっと一緒にいたい。貴族とか一般市民とか、もうそんなのどうでもいいから、私はただアラタと一緒にいたい。それじゃダメですか父上」
「ダメだね。アラタ君が恵まれない境遇なのは理解したが、それとこれとは話が別だ。もし彼のことが放っておけないというのなら私が縁談を用意してもいい。それくらいの餞別は——」
「大公」
泣きそうな顔で説得にならない感情論を吐き出し続けたノエルの隣の人が立ち上がった。
彼女の名前はリーゼ・クラーク。
ノエルを幼い頃より傍で護り続けてきたお目付け役。
リーゼは息を目いっぱい吸い込むと、まくしたてるように反撃を開始した。
「話を戻します。大公はアラタを公爵家に迎え入れる価値はないと言っていますよね?」
「お見合い相手のどなたかと縁を結ぶよりはね」
「ではこうしましょう。6つの家全ての戦力とアラタ1人で模擬戦をします。それでアラタが勝てば文句なしにアラタの価値を証明できますよね」
「戦術価値だけが家の価値ではない」
「でも武力がなければ家は守れません。金も土地も領民も、全てはそれを支える武力があってこそです」
「少々過激な意見だが、まあいい。そもそもそんな危険な話に何のメリットもなく相手が乗ってくれるとは思わないがね」
「いいえ、乗ります」
リーゼは自信満々に言い放った。
そして床に座っているノエルと目を合わせ、強い意志の籠った青い瞳でノエルを見つめる。
これは事前の作戦会議で出た、一種のオプションだった。
普通に話し合いがまとまらなければ、定石から逸脱することによって大公の得意な読みや推測の範囲外に強制的に話を持ち出す。
その為には多少の無茶は必要だと分かっている。
リーゼは持ちうる全てを懸けてノエルを援護するつもりだ。
「アラタを倒した家に、私が嫁ぎます」
胸に手を当てながら、リーゼは大公の前でそう宣言した。
それは貴族の儀礼の中において、決して嘘偽りの許されない決意表明にのみ使われる所作だった。
あくまで非公式な会合、今ならまだ有耶無耶にしてしまうこともできるだろう。
でもそれはルールの上での話であって、大公の前でした約束を反故にすることによって生じる信用の失墜から保護するものではない。
つまり、ここで言ったことを取り消すことはできない。
「リーゼ君、一度なら聞き逃したことにしよう。クラーク家の次期当主候補筆頭たる君が他家に嫁ぐことになれば——」
「クラーク家の全てを婿殿が得ることになります」
「二度同じことを口にしたのなら、相応の責任を取ってもらうが構わないね」
「構いません」
「クラーク伯爵の許可は?」
「取ってあります」
「なるほど」
平静を装う大公だが、内心かなり驚いている。
この賭けに負けるという事は、公国屈指の名門クラーク家が事実上消滅するという事。
それをあの保守的なイーサン・クラークがよく認めたなと驚いている。
しかしここでブラフを張る意味は無いし、後で嘘だとバレれば話自体無かったことに出来る。
となれば事実確認の必要はあるにしても、やはりクラーク家がアラタと心中するというのは事実と見て間違いない。
シャノンは高速で思考を張り巡らせつつ、1つの結論を出す。
「勝てば一時解消としよう」
「は。御寛大な差配に感謝いたします」
リーゼは少し食い気味に反応した。
ノエルは口をぽかんとあけて呆けている。
「6家のいずれかが勝てばリーゼ君はその家に嫁ぎ、お見合いは継続、アラタ君のことは諦めてもらう。アラタ君が勝てばお見合いの件は白紙に戻し、一定の猶予期間を認める」
「ノエルが満足いくまで待ってもらいます」
「ダメだ。こちらの指定した期日は守ってもらう」
「では半年時間をください」
「ダメだ。長くても3カ月。これは譲れない」
「では3カ月で」
リーゼが返事1つで引き下がり、シャノン大公はそれを忌々しそうに睨みつける。
「初めから3カ月のつもりだったか」
「やはり少し動揺しておいでのようで」
「試合の期日と条件はこちらで決めさせてもらう。それが飲めなければこの話は無しだ」
「分かりました。お任せいたします」
「それとこの件は極力秘密とする。そちらからの故意による情報漏洩が認められた場合も同様になかったことにする」
「勿論です」
話がまとまり、リーゼがノエルとシルを立ち上がらせる。
凄まじく分の悪い賭けになってしまったが、リーゼの表情は晴れやかだ。
「リーゼ……」
「アラタの力を信じましょう。では大公、私たちはこれにて」
「あぁ。これからも娘を頼むよ」
クレスト家の謁見室を後にした3人は、リーゼを筆頭に足早にその場を後にする。
「リーゼ、やっぱり——」
「まずはドレイク殿です。賢者を抑えておかなければこちらに勝ち目はありません」
もう動き出しているリーゼはイキイキしている。
ならばノエルもシルも腹をくくらねばならないだろう。
「……私もやる」
「ノエルが鍵です。頼みましたよ」
こうして戦いの火ぶたが切って落とされた時、もう一方の大公陣営は案外ゆったりとしていた。
謁見の間で大公と大公妃、2人玉座に座ったままだ。
「まさか自分を差し出してくるとはね」
「あなた、アラタ君でもいいんじゃない?」
「彼はダメだ。彼には……」
ノエルと添い遂げるだけの寿命が残されていない。
そう言いかけたシャノンは口をつぐむ。
それはオフレコの話、彼とてアラタが国外に流出するのは避けたかった。
かといってノエルをくれてやるかと言われると難しいだけで、シャノンはアラタに対して破格の待遇をする用意はしてあった。
それぞれの知る情報と立場と思惑が交錯するなか、数日が経過してついに彼が帰ってくる。
「まあノエルも1週間もすれば忘れてるべ」
「だといいがな」
「じゃあ隊長、俺たちはこの辺で」
「おう、また明日な」
またしても何も知らないアラタさんは、権謀術数渦巻く伏魔殿へと帰還することになる。
アラタは家の鍵兼地獄の門の鍵を手に取ると、家の玄関を開けた。
「ただいま~」
大公の眼は冷ややかだった。
ノエルはリーゼ、シルと共に実家であるクレスト公爵家を訪問、事の次第を両親に打ち明けた。
アラタと一緒になりたいというノエルの願いに対する父親の反応がこれだった。
「リーゼ君、君をノエルの傍に付けているのはこんな茶番をさせるためではないんだよ」
「茶番では……!」
「いいや、茶番だよ」
謁見室は屋敷にある部屋の中でも非常に広く、家主と訪問者の距離も大きい。
上座に腰かけるシャノン大公に対して、ノエルたちは片膝をついて頭を垂れている。
初めの一言で完全に場を制圧した大公は、隣に座っている大公妃の方を見た。
「アリシアはどう思う?」
「恋愛結婚もダメではないのだけれど……まだお相手の了承も無いんでしょう?」
「それはこれから……」
「ノエル、君は私たちの説得から入ろうとしたみたいだけどね、もし仮に私たちが許可したとしよう。その上でアラタ君に思いを打ち明けたら彼はどうなる? 断りにくくなるとは思わないのかい?」
「それは……」
「リーゼ君もそうだが、考えが浅すぎる。ついでに自分勝手だ」
「私はアラタが受け入れてくれてから大公様たちに許可を取る方がこじれると思いました。私がノエルにそう勧めたのです」
「なるほど。彼の受け取り方よりもスムーズさを取ったと」
「それは……そうですが…………」
シャノンは別に怒っているわけではない。
ただ失望しているだけだ。
従って冷静さを保っていつつも、その冷たさはノエルたちを刺し貫く。
「我々大人を認めさせることが出来れば、後はアラタ君を落とすだけ。そういうプロセスを構想したことこそが彼を軽く見ているということに他ならない。私たちの都合は置いておくとしても、そんな人間をアラタ君にあてがうようなことを私は絶対にしない。肝に銘じておきたまえ」
冬の大広間はよく冷える。
大理石の床は非常に冷たい。
漂う空気も透き通っている反面温度が低く、白い息が出そうになるほど。
ピンと張り詰めた雰囲気も相まって、ノエルは凍えて震えそうになっていた。
そしてなおも大公の否定は続く。
「レイフォード家、マッシュ家、マリルボーン家、フリードマン家、エリン家、クレスト家、それぞれからお見合いに応じてくれた諸侯にも申し訳が立たないとは思わないのかな」
「申し訳ありません」
「貴族の結婚とは当人だけのものに非ず。家と家の繋がりを強固にし、余計な争いを回避し、より一層国家の繁栄と安寧に尽くすための手段でもある。アラタ君には悪いが、彼は一般市民であり親はいないと聞いている。反論があれば聞こうか」
「アラタは……」
異世界人です。
喉まで出かかったその言葉をノエルは必死に押し殺した。
リーゼが言うように、もしこの場でそれを口にすればアラタの信用を失うことになるかもしれない。
それにノエル自身もそれを望んでいない。
あくまでもアラタは一般市民、そこからどうやって認めてもらうのかという戦いなのだ。
「アラタ君は?」
「つ、強いです」
「話にならないな」
「アラタは公国になくてはならない人です」
「それはさっき聞いたよ」
「このままじゃアラタは近いうちにウル帝国に行ってしまう。それはこの国にとって致命的な損失のはずです。私は、私がアラタをこの国に繋ぎ留めるから、代わりにお見合いを断ってアラタと一緒になるチャンスをください」
「聞くに堪えない。国防が1人の兵士によって左右されるわけがないだろう。それこそアラタ君を過大評価しているし政略結婚の価値を過小評価している」
ノエルの発言が気に障ったのか、シャノンはおもむろに席から立ち上がった。
「中央貴族は畑を耕さない。生まれながらにして人より優遇されている。暖かいベッドに暖かい食事、安全な生活や優れた教育を受けることが出来る。たかだか運よく貴族に生まれただけでだ。我々が享受した恩恵を一般市民に返す方法はたった1つ、私心を殺して国民に奉仕することだ。好いた相手がいようが、親の仇だろうがそれが国の利になるならそうする。それが、それこそが我々を公国貴族たらしめるのだ」
「あなた、落ち着いて」
「……まあ、というわけだ。諦めたまえ」
シャノンはどっかりと椅子に腰を下ろすと、目を瞑って深呼吸した。
アリシアが諫めたように、彼も存外興奮してしまったらしい。
リーゼは反論の言葉を持てず、シルは小さく縮こまっていて、ノエルは何とかして許しを貰おうとするも有効な手段が見えてこない。
これなら家を出て駆け落ちした方がいくらか簡単である。
「アラタは、アラタは……」
ノエルが頭に思い浮かべた想い人の顔は、寂しそうに笑っていた。
本当は心の底から笑って楽しそうにしている彼のことが好きなのだが、寂しそうに笑う顔が思い浮かんだ理由はきっと、ノエルが最も多く見てきた顔だからだろう。
特にその横顔は、ノエルの記憶の中に深く刻み込まれている。
「アラタは、たまに誰もいないはずの隣を見るんだ」
「ノエル?」
「何の話かな」
「アラタは口には出さないけど、たまに寂しそうに横を向くんだ。私の家に父上や母上がいて、隣には小さいころからリーゼやハルツ殿がいて、他にもいろんな人が支えてくれている。でもアラタには親も、兄弟も、親友も、戦友も、だれもいなくなってしまった。昔は確かにいたはずなのに、みんなアラタの横からいなくなってしまった。いるはずのない誰かを探すように隣を見るアラタを私は見ていられない。隣に座って、アラタには私がいるよって言ってあげたい。アラタの心に空いた穴を埋めたい。もうアラタが寂しい思いをしないように、ずっと一緒にいたい。貴族とか一般市民とか、もうそんなのどうでもいいから、私はただアラタと一緒にいたい。それじゃダメですか父上」
「ダメだね。アラタ君が恵まれない境遇なのは理解したが、それとこれとは話が別だ。もし彼のことが放っておけないというのなら私が縁談を用意してもいい。それくらいの餞別は——」
「大公」
泣きそうな顔で説得にならない感情論を吐き出し続けたノエルの隣の人が立ち上がった。
彼女の名前はリーゼ・クラーク。
ノエルを幼い頃より傍で護り続けてきたお目付け役。
リーゼは息を目いっぱい吸い込むと、まくしたてるように反撃を開始した。
「話を戻します。大公はアラタを公爵家に迎え入れる価値はないと言っていますよね?」
「お見合い相手のどなたかと縁を結ぶよりはね」
「ではこうしましょう。6つの家全ての戦力とアラタ1人で模擬戦をします。それでアラタが勝てば文句なしにアラタの価値を証明できますよね」
「戦術価値だけが家の価値ではない」
「でも武力がなければ家は守れません。金も土地も領民も、全てはそれを支える武力があってこそです」
「少々過激な意見だが、まあいい。そもそもそんな危険な話に何のメリットもなく相手が乗ってくれるとは思わないがね」
「いいえ、乗ります」
リーゼは自信満々に言い放った。
そして床に座っているノエルと目を合わせ、強い意志の籠った青い瞳でノエルを見つめる。
これは事前の作戦会議で出た、一種のオプションだった。
普通に話し合いがまとまらなければ、定石から逸脱することによって大公の得意な読みや推測の範囲外に強制的に話を持ち出す。
その為には多少の無茶は必要だと分かっている。
リーゼは持ちうる全てを懸けてノエルを援護するつもりだ。
「アラタを倒した家に、私が嫁ぎます」
胸に手を当てながら、リーゼは大公の前でそう宣言した。
それは貴族の儀礼の中において、決して嘘偽りの許されない決意表明にのみ使われる所作だった。
あくまで非公式な会合、今ならまだ有耶無耶にしてしまうこともできるだろう。
でもそれはルールの上での話であって、大公の前でした約束を反故にすることによって生じる信用の失墜から保護するものではない。
つまり、ここで言ったことを取り消すことはできない。
「リーゼ君、一度なら聞き逃したことにしよう。クラーク家の次期当主候補筆頭たる君が他家に嫁ぐことになれば——」
「クラーク家の全てを婿殿が得ることになります」
「二度同じことを口にしたのなら、相応の責任を取ってもらうが構わないね」
「構いません」
「クラーク伯爵の許可は?」
「取ってあります」
「なるほど」
平静を装う大公だが、内心かなり驚いている。
この賭けに負けるという事は、公国屈指の名門クラーク家が事実上消滅するという事。
それをあの保守的なイーサン・クラークがよく認めたなと驚いている。
しかしここでブラフを張る意味は無いし、後で嘘だとバレれば話自体無かったことに出来る。
となれば事実確認の必要はあるにしても、やはりクラーク家がアラタと心中するというのは事実と見て間違いない。
シャノンは高速で思考を張り巡らせつつ、1つの結論を出す。
「勝てば一時解消としよう」
「は。御寛大な差配に感謝いたします」
リーゼは少し食い気味に反応した。
ノエルは口をぽかんとあけて呆けている。
「6家のいずれかが勝てばリーゼ君はその家に嫁ぎ、お見合いは継続、アラタ君のことは諦めてもらう。アラタ君が勝てばお見合いの件は白紙に戻し、一定の猶予期間を認める」
「ノエルが満足いくまで待ってもらいます」
「ダメだ。こちらの指定した期日は守ってもらう」
「では半年時間をください」
「ダメだ。長くても3カ月。これは譲れない」
「では3カ月で」
リーゼが返事1つで引き下がり、シャノン大公はそれを忌々しそうに睨みつける。
「初めから3カ月のつもりだったか」
「やはり少し動揺しておいでのようで」
「試合の期日と条件はこちらで決めさせてもらう。それが飲めなければこの話は無しだ」
「分かりました。お任せいたします」
「それとこの件は極力秘密とする。そちらからの故意による情報漏洩が認められた場合も同様になかったことにする」
「勿論です」
話がまとまり、リーゼがノエルとシルを立ち上がらせる。
凄まじく分の悪い賭けになってしまったが、リーゼの表情は晴れやかだ。
「リーゼ……」
「アラタの力を信じましょう。では大公、私たちはこれにて」
「あぁ。これからも娘を頼むよ」
クレスト家の謁見室を後にした3人は、リーゼを筆頭に足早にその場を後にする。
「リーゼ、やっぱり——」
「まずはドレイク殿です。賢者を抑えておかなければこちらに勝ち目はありません」
もう動き出しているリーゼはイキイキしている。
ならばノエルもシルも腹をくくらねばならないだろう。
「……私もやる」
「ノエルが鍵です。頼みましたよ」
こうして戦いの火ぶたが切って落とされた時、もう一方の大公陣営は案外ゆったりとしていた。
謁見の間で大公と大公妃、2人玉座に座ったままだ。
「まさか自分を差し出してくるとはね」
「あなた、アラタ君でもいいんじゃない?」
「彼はダメだ。彼には……」
ノエルと添い遂げるだけの寿命が残されていない。
そう言いかけたシャノンは口をつぐむ。
それはオフレコの話、彼とてアラタが国外に流出するのは避けたかった。
かといってノエルをくれてやるかと言われると難しいだけで、シャノンはアラタに対して破格の待遇をする用意はしてあった。
それぞれの知る情報と立場と思惑が交錯するなか、数日が経過してついに彼が帰ってくる。
「まあノエルも1週間もすれば忘れてるべ」
「だといいがな」
「じゃあ隊長、俺たちはこの辺で」
「おう、また明日な」
またしても何も知らないアラタさんは、権謀術数渦巻く伏魔殿へと帰還することになる。
アラタは家の鍵兼地獄の門の鍵を手に取ると、家の玄関を開けた。
「ただいま~」
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