半身転生

片山瑛二朗

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第7章 紅玉姫の嫁入りと剣聖の片恋慕編

第524話 弱さがもたらした幸せ

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「剣なんて持ってこなくていいのに」

「俺には必要なの。あとこれは刀な」

「まあいっか、遊ぶぞ!」

 アラタの服は当たり障りがなくて、一周回ってなんかダメだ。
 一方ノエルは気合の入り方が尋常ではない。
 片方はデート、片方は護衛のつもりで2人は歩いている。
 大公の娘であるノエルが街を歩けば人の目を引いてしまうと思われがちだが、実際の所住民は慣れていてあまり気にしない。
 元々街に出て遊んでいたことの方が多かったノエルは、そこまでレアキャラでもないのだ。

「今日ってなにすんの?」

「んーっとねー、秘密」

「一番最初は?」

「秘密っ」

 ノエルは朝からこんな感じで、アラタもそこそこ困っている。
 彼女が普通にデートのつもりで自分を誘ったことくらい、アラタは理解している。
 ただ護衛としての役割を果たさなければならないのも事実で、彼はこれから行く先に何があって誰がいて、どんな脅威が想定されるのか知りたかった。
 だが何の捻りもなくストレートにそう言えば、ノエルは護衛のことを忘れろと言ってくるだろう。
 どうしたものかと考えながら、アラタは【感知】による索敵範囲を拡大した。

「アラタは好きな物とかある?」

「いきなり?」

「うん」

「うーん…………」

 遥香、エリザベス、野球、家族。
 どれもこの世界には無いものだ。
 かといって…………

「分かんない」

「そんなことある?」

こっち異世界に来てからあんまり遊んでこなかったから。何したらいいか分かんない」

「そっか」

 アラタの部屋には勉強用の本や武器、トレーニング道具くらいしか物がない。
 非常に無趣味且つ面白みのない部屋は、持ち主の性格と日常をこれでもかと反映している。
 ノエルの部屋は剣聖の呪いも相まって、足の踏み場もないほど物で溢れ返っているのだが、これはこれで考え物。
 両者共に極端すぎるのだ。

「じゃあ——」

 ノエルはおもむろにアラタの手を握った。

「私がアラタの趣味を見つけてあげる!」

「ありがと」

 満面の笑みを咲かせたノエルは、アラタの手を引いて走り出した。

「その服で走ると危ないよ」

「似合ってる?」

「似合ってるけど転ばないでよ」

「へへ、似合ってるでしょ!」

 上から白にピンクが散りばめられたフリル付きのブラウス、腰よりやや高めの位置で留めるタイトスカート、まだ少し寒いというのに靴はくるぶしの上で固定するアンクルストラップサンダルを履いている。
 金色のスティックイヤリングが揺れているのをアラタが見ていることに気付いたのか、ノエルは耳にぶら下がっているそれを手に取った。

「いいでしょ」

「ピアス? イヤリング?」

「イヤリングだよ、挟むやつ」

「だよね」

「なんで?」

「ピアスって痛そうじゃん」

「自爆覚悟で自分の魔術に巻き込まれるくせに」

 ノエルは先日のアラタがクマリ教徒と戦った時のことを言っているのだろう。
 あの場には彼と敵しかいなかったはずなのにと、アラタは少し驚いた。

「何で知ってんの?」

「捕まった相手が言ってたってリーゼから聞いた。治癒魔術持っているなんて反則だって」

「あちゃあ」

 アラタの手を握るノエルの力が強まった。
 少し怒っているように見える。

「アラタ」

「しょうがなかったんだよ」

「そういうのは良くないと思う」

「しょうがなかったことはしょうがないじゃん」

「だからあの時待ってって言ったのに。もっと頼ってよ」

「はーい」

「アラタ」

 両手でアラタの右手を掴みながら、ノエルはジッとアラタの方を見た。
 彼はバツが悪くて思わず目を逸らす。
 そうするとさらにノエルの手の力が強くなる。
 背伸びしながら顔を近づけてくるノエルを左手で押し戻しながら、アラタは求められている答えを口にする。

「今度から気を付けるよ。出来る限り避ける」

「出来る限りぃ~!?」

「もうしない。もうしないから」

「ヨシ! その代わり私が守ってあげる!」

「……どうも」

 ようやくアラタが解放されたころには、2人は魔術師通りと呼ばれる小道の前までやって来ていた。
 その名の通り魔術に関する商品ならここ、という場所だ。
 メイソンもドレイクや実家のコネでこの辺りの店にいくつか魔道具を納品している。
 工房もあれば小売店もあり、その両方を兼ねた店舗だってある。
 デートにしては少しディープな場所に思える。

「ここなの?」

「そうだよ」

 最初の目的地は魔術師通りにあると言われて、アラタに一抹の不安が募る。
 今日の行動予定をアラタは何も知らず、全てノエルプレゼンツで行うことになっている。
 だが考えてみてほしい、ノエルはこれが初恋だと言っていた。
 大貴族の御令嬢で、恋愛初心者の糞雑魚ノエルに任せておいていいものなのか。
 もう少し軌道修正を入れるくらいのことは自分がしなければならないのではないか、アラタにはそんな不安が頭をよぎる。
 しかしすぐに、『いやいや、俺はノエルの気持ちに応えられない』と考えを改める。
 どうやったらノエルが諦めて貴族同士の結婚に舵を切ってくれるのか常々考えているくせに、惰性に流されてこうしてデート紛いのことをしている。
 その優柔不断さは自分の弱さだと断じておきながら、それを正すことが出来ない。

「こんにちは!」

 鈴付きの扉を開けながら、ノエルは勢いよく入店した。
 ここはワンオフの魔道具を依頼者と相談しながら作ることが強みのタービン工房。
 昔から代々続くこの店の店主は6代目になるエラム・タービンだ。

「やあノエル様。と銀星殿か」

「こんにちは!」

「ども」

 ノエルはどうやらタービンと顔見知りのようで、アラタとタービンは初対面。
 初対面の人に名乗る必要が無いというのは楽でいい反面、その場の勢いで返却してしまった銀星十字勲章の異名で呼ばれるのは少し気まずい。
 そんなアラタの葛藤をよそに、ノエルは店のカウンターに張り付いた。

「預かってもらっていた例の物をお願い」

「えぇ、もちろん。少々お待ちください」

 タービンは暖簾で隠されたバックヤードに荷物を取りに行く。
 その大柄な背中が暖簾の向こうに消えると、ノエルは店に陳列されている魔道具を物色し始めた。

「アラタはここ来たことある?」

「初めてきた」

「私の剣の柄はここで作ってもらっているんだ」

「へえ~」

「アラタは? メイソン殿のだけしか使ってない?」

「いや、他にも普通に売られてるの使ってるよ。結界魔道具とか魔石とか」

「とか?」

「……あとは大体メイソンか先生のところだな」

「たくさん作られているものの方が安定して手に入るから気を付けないとダメだよ」

 突然のガチアドバイスに、アラタは思わず目を丸くした。

「……なに?」

「ノエルがまともなこと言ってる」

「バカにしてる?」

「いや、見直した」

「なら良い!」

 ノエルが満足げに腰に手を当てると、丁度タービンが裏から戻って来た。

「お待たせしました~」

「来た! アラタ見て!」

 桐の箱に紫色のクッションが嵌っていて、その上に緑色の魔石のようなものが置かれていた。
 ゴブリンの変異種やナキオオトカゲの魔石は薄緑をしていることで有名だが、それとも少し違う。
 若竹色、普通の緑よりも少し薄めのこの色が石全体から放たれている。
 石の周りには金属のフレームが付いていて、おまけにチェーンまで付いている。
 首から下げる前提で設計されたこの装飾品は、何というか機能美と造形美を兼ね備えた美しさを持っていた。

「タービン殿、良い感じだね!」

「それはもう、ノエル様の注文に合わせて何度も作り直しましたから」

「ははは、すまなかった」

「いえ、私の方から説明しますか?」

「いやいい。私からするから」

 そう言うとノエルは箱を閉じ、タービンの渡してくれた巾着袋の中にしまい込んだ。
 アラタはそんなに急がなくてもいいのではないかと聞いてみる。

「もう行くの?」

「うん、今日は忙しいよ。タービン殿もありがとう、また近いうちにクレスト家から案件があるはずだからよろしく頼む」

「それはこちらこそ御贔屓に感謝です」

「また来るね!」

「ありがとうございました~」

 ノエルが肩から提げたポーチに箱を仕舞う仕草を見ると、随分大事な物だと一目で分かる。
 だからこそ、アラタはそれが何なのか知りたくなった。

「それなんなの?」

「秘密だよ」

「いつ教えてくれる?」

「今日中」

「ふーん」

 あとで教えてもらえるのならそれでいいかと、次の行く先に思考を移す。
 ノエルは完全に今日の予定を頭の中に叩き込んでいるみたいで、メモや遠足のしおりのようなものはどこにも見られなかった。

「アラタこの辺で用事とかある?」

「特にないかな」

「じゃあ次は絵を描いてもらいに行こう!」

「絵? 見るとか描くとかじゃなくて!?」

「そー、描いてもらうの!」

※※※※※※※※※※※※※※※

「お客さん、ずっとじゃなくていいから笑ってくれません? ひきつっちまってますよ」

「俺、笑えてないですか」

「窮屈そうに見えますねぇ。隣の嬢ちゃんみたいに笑ってみて下さいよ」

「アラタ、にーって笑うんだよ」

「難しいなぁ」

 アラタとノエルは彼女の宣言通り、絵を描いてもらっていた。
 以前にも1度、リーゼの依頼で2人の寝顔を描いてもらったことがある。
 あの時は許可もへったくれもなかったし、そもそも意識も無かったので自然な顔で描くことが出来た。
 ただ今回アラタは起きていて、笑って見せてと言われても今の彼には少し難しい。
 集合写真では人並みに笑えていたはずなのに、彼の表情筋はその使い方を忘却してしまったみたいだ。
 戦争から帰ってきてしばらく経つといっても、まだ癒えない心の傷だってある。
 別に笑うことが絵を描かれる必須条件ではなかったが、せっかくだから頑張ってみようというのが画家のスタンスだった。

「…………何してんの?」

 笑顔とは何かという難しい問題に直面するあまり、顔面が変なことになっているアラタの脇腹をノエルがつついた。

「くすぐったくなったら笑うかなって」

「俺はくすぐり弱くないよ」

「本当かな~?」

 そう言いながらノエルの攻撃は続く。
 しかし虚しいことにアラタは本当にくすぐりに強いので彼の表情は変わらない。

「難しいなぁ」

 困り果てながら隣を見たアラタの視界に、ふとノエルのうなじが入って来た。
 視界に入って来たというべきか、視界を吸い寄せたというべきか。
 とにかく何となく気になったノエルの髪の生え際を、アラタはそっと撫でてみた。
 無警戒極まりないノエルの感覚神経はむき出しになっているも同然で、産毛を撫でられた時に感じる身震いするような感覚を彼女は一生忘れることが出来ない。

「ひぁぁぁあああアラタ! 何するんだ!」

「なんか……何でだろ」

「心臓飛び出ると思ったじゃないか!」

「飛び出ないから大丈夫だよ」

「出ちゃったら死んじゃうでしょうが!」

「……ふふっ、怒るなって」

「あ……アラタ…………」

 画家の手はすでに動き出していた。
 もし仮にアラタの表情がすぐに戻ってしまったとしても、もう観察の必要はない。
 それくらい爽やかで印象的で絵になる笑顔を見たのだから、それを要求した描き手の方も満足だろう。

「笑えたね」

「あー、うん、良かった」

「でも本当にびっくりした」

「ごめんって」

「ふふ、いいよ」

 ノエルの中に、楽しい時間の想い出が蓄積されていく。
 そしてそれはアラタも同じであると、彼女はそう願うばかりだ。
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