22 / 49
第3章 凰家の足跡
凰一族
しおりを挟む
凰家は海に面した温暖な地「凰州」を治め、大規模な農地や醸造所などを持ち、海外との貿易も手広く行っていた。
高い鼻と彫りの深い顔立ちに、漆黒の髪。そして一族の男に共通して現れる身体的特徴として、翡翠のような瞳があった。女は薄茶色の目のものが多く、翡翠の瞳を持つものは稀だったようだ。
加えて凰族は一芸に長けたものが多かった。特には知能の高いものが多く、能吏として国を支え、帝の覚えめでたき一族として長く国を支えてきたと言われている。
大斧を振り回す怪力で、一度に何十という兵を殺したという大将軍勇奏、民法の大改革を行なった朱炎、芸術家の保護を勧め、禹国の芸術黄金期を支えた明宗。史書のほとんどは、そうした煌びやかな凰一族の英雄たちを讃えるものだった。
後宮においても、常に四夫人の座に一族の女をおいていた。
たが、すべてを天に与えられた凰一族でも、一つだけ成し遂げられていなかったことがある。それが、一族の血を持つ皇子の誕生である。
帝との間に姫を授かることはあったが、百年の歴史の中で、一度も男が生まれたことはなかった。
だがようやくそれが叶う時がきたのだ。
十八年前、現帝蒼徳と徳妃翠美との間に翠嵐皇子が誕生した。蒼徳十九、翠美十六の年である。凰族は活気に沸いた。一族の念願が叶ったのだ。
しかし一族の悲願は、燻っていた宮廷の炎に火をつけてしまう。
凰族の特別扱いに、他の一族は長い間不満を持っていた。たとえそれが優れた能力によるものだと言われようと納得がいかず、宮廷内の力関係を理由にたびたび小競り合いを起こしてきたと記録に残っている。また蒼徳も自分を上回る博識と頭脳、そして武を誇る凰族に対し、劣等感を募らせていた節があった。
皇子誕生により、凰家に敵対する勢力は手を結び、凰が国庫の金に長年手をつけていたという事実をでっち上げてしまう。さらに蒼徳がそれを事実と認定したため、凰一族は窮地に立たされる。
無実の罪によりあらゆる職を追われた一族は、女子供問わず皆殺しの憂き目にあった。皇子の母である翠美は、自殺に見せかけて殺された。
だが皇子だけは見逃された。凰家粛清の時点で、他に皇子がいなかったためだ。そのため、同時期に男の子供を死産した中級妃鏡花の子とし、次の皇子が生まれるまで生かしておくことにした。鏡花はその際に徳妃に引き上げられている。
一日と半日、ほとんどの資料を読み終えた羅刹は、書の山をそう要約した。
これらの記録を読んで思ったのは、凰族は確かに才があったが、驕りがあったということだ。自分たちが帝を帝たらしめている。そして自分たちこそが国を治めるべき一族なのだと、そう信じていた。
彼らの奢りは周囲の反感をかい、ついに一族を滅亡へと追い込んだ。
だがこれは史書の中ではよくある話だ。これまで何度も繰り返されてきたこと。
少々特殊なのは、歴史という舞台からも抹消されているということだ。
「人間って学ばないなぁ」
気づけば羅刹はつぶやいていた。
羅刹が知らないだけで、この凰族のように、故意に消された歴史は多いのかもしれない。
そう考えて、羅刹はハッとする。
雲嵐は以前言っていた。偽りの歴史を書かされるとしても、志部にいきたいのかと。だとすれば。
「現帝は過去百年分の正史を作り上げることで、凰族の完全な抹消を終えようということ?」
たとえ凰族がいなくなっても、彼らが残した実績は亡きものとはならない。特に国の中枢に組み込まれていた凰族の働きを白紙にしてしまえば、歴史の流れがおかしなものとなるだろう。雲嵐があえて「偽りの歴史」という言葉を使ったということは、その部分を誰かの手柄として書き残すに違いない。
「そんなことが許されるものですか。過去の遺産を、勝手に現代の人間が創作物に改変するなんて」
握られた羅刹の拳に力が入る。
二次創作は大好物だ。ひっそりと書き写したあの武将とこの武将の男色とか、傾国の姫君の悲恋の話とか、羅刹の荒屋にはそういった類の物はたくさんある。だが、それは正しい一次情報があっての楽しみである。
たとえ驕りがあったとしても、彼らがそれを成し遂げるために流した血と涙をなかったことにしてはいけない。少なくとも一歴史好きとして、歴史の改ざんを羅刹は見逃せない。
「おや、ずいぶん早く読み終わったのだな」
様子を見にきたらしき雲嵐の声に、羅刹は反応する。
「雲嵐、いや」
振り返った羅刹の前に立っていた雲嵐は、素顔を晒している。翡翠を思わせる瞳は、真っ直ぐ羅刹を見ていた。
「あなたのお名前は、本当は翠嵐というのではないですか?」
それが事実ならば、この聞き方は不敬極まりない。だが、羅刹は真実を確かめたかった。
仏頂面をしていた雲嵐の口元が、にい、と弧を描く。
「いかにも」
「悪霊退治は皇帝の命ということでしたね。皇帝は悪霊を、亡くなった翠美妃であるとお考えですか」
「ご明察」
「そしてあなたにその調査を依頼し、悪霊の除霊を試みようとした。息子が後宮に現れれば、翠美妃が満足して成仏なさるとでもお考えだったのでしょうか」
「そうだな。そして無事男の子供が産まれた暁には」
「あなたが密かに後宮を出入りしていたことを証拠にして、妃殺しの犯人に仕立てようとしていた」
サッと雲嵐が仮面を取り出す。今日は真っ赤な顔の獅子の面に、何やら緑地に渦巻きの白抜きが入った布が付いている。
「それを防ぐためのこれというわけだ」
緊迫した空気に、ぴしり、とヒビが入る。
「いや……理にはかなってますけど。もうちょっとなんていうか」
「奇抜な方が目立っていい。陰でこそこそ策略を練っているとは思われまい」
きっと途中から面を選ぶこと自体が楽しくなってしまったに違いない。
羅刹はそう確信した。
高い鼻と彫りの深い顔立ちに、漆黒の髪。そして一族の男に共通して現れる身体的特徴として、翡翠のような瞳があった。女は薄茶色の目のものが多く、翡翠の瞳を持つものは稀だったようだ。
加えて凰族は一芸に長けたものが多かった。特には知能の高いものが多く、能吏として国を支え、帝の覚えめでたき一族として長く国を支えてきたと言われている。
大斧を振り回す怪力で、一度に何十という兵を殺したという大将軍勇奏、民法の大改革を行なった朱炎、芸術家の保護を勧め、禹国の芸術黄金期を支えた明宗。史書のほとんどは、そうした煌びやかな凰一族の英雄たちを讃えるものだった。
後宮においても、常に四夫人の座に一族の女をおいていた。
たが、すべてを天に与えられた凰一族でも、一つだけ成し遂げられていなかったことがある。それが、一族の血を持つ皇子の誕生である。
帝との間に姫を授かることはあったが、百年の歴史の中で、一度も男が生まれたことはなかった。
だがようやくそれが叶う時がきたのだ。
十八年前、現帝蒼徳と徳妃翠美との間に翠嵐皇子が誕生した。蒼徳十九、翠美十六の年である。凰族は活気に沸いた。一族の念願が叶ったのだ。
しかし一族の悲願は、燻っていた宮廷の炎に火をつけてしまう。
凰族の特別扱いに、他の一族は長い間不満を持っていた。たとえそれが優れた能力によるものだと言われようと納得がいかず、宮廷内の力関係を理由にたびたび小競り合いを起こしてきたと記録に残っている。また蒼徳も自分を上回る博識と頭脳、そして武を誇る凰族に対し、劣等感を募らせていた節があった。
皇子誕生により、凰家に敵対する勢力は手を結び、凰が国庫の金に長年手をつけていたという事実をでっち上げてしまう。さらに蒼徳がそれを事実と認定したため、凰一族は窮地に立たされる。
無実の罪によりあらゆる職を追われた一族は、女子供問わず皆殺しの憂き目にあった。皇子の母である翠美は、自殺に見せかけて殺された。
だが皇子だけは見逃された。凰家粛清の時点で、他に皇子がいなかったためだ。そのため、同時期に男の子供を死産した中級妃鏡花の子とし、次の皇子が生まれるまで生かしておくことにした。鏡花はその際に徳妃に引き上げられている。
一日と半日、ほとんどの資料を読み終えた羅刹は、書の山をそう要約した。
これらの記録を読んで思ったのは、凰族は確かに才があったが、驕りがあったということだ。自分たちが帝を帝たらしめている。そして自分たちこそが国を治めるべき一族なのだと、そう信じていた。
彼らの奢りは周囲の反感をかい、ついに一族を滅亡へと追い込んだ。
だがこれは史書の中ではよくある話だ。これまで何度も繰り返されてきたこと。
少々特殊なのは、歴史という舞台からも抹消されているということだ。
「人間って学ばないなぁ」
気づけば羅刹はつぶやいていた。
羅刹が知らないだけで、この凰族のように、故意に消された歴史は多いのかもしれない。
そう考えて、羅刹はハッとする。
雲嵐は以前言っていた。偽りの歴史を書かされるとしても、志部にいきたいのかと。だとすれば。
「現帝は過去百年分の正史を作り上げることで、凰族の完全な抹消を終えようということ?」
たとえ凰族がいなくなっても、彼らが残した実績は亡きものとはならない。特に国の中枢に組み込まれていた凰族の働きを白紙にしてしまえば、歴史の流れがおかしなものとなるだろう。雲嵐があえて「偽りの歴史」という言葉を使ったということは、その部分を誰かの手柄として書き残すに違いない。
「そんなことが許されるものですか。過去の遺産を、勝手に現代の人間が創作物に改変するなんて」
握られた羅刹の拳に力が入る。
二次創作は大好物だ。ひっそりと書き写したあの武将とこの武将の男色とか、傾国の姫君の悲恋の話とか、羅刹の荒屋にはそういった類の物はたくさんある。だが、それは正しい一次情報があっての楽しみである。
たとえ驕りがあったとしても、彼らがそれを成し遂げるために流した血と涙をなかったことにしてはいけない。少なくとも一歴史好きとして、歴史の改ざんを羅刹は見逃せない。
「おや、ずいぶん早く読み終わったのだな」
様子を見にきたらしき雲嵐の声に、羅刹は反応する。
「雲嵐、いや」
振り返った羅刹の前に立っていた雲嵐は、素顔を晒している。翡翠を思わせる瞳は、真っ直ぐ羅刹を見ていた。
「あなたのお名前は、本当は翠嵐というのではないですか?」
それが事実ならば、この聞き方は不敬極まりない。だが、羅刹は真実を確かめたかった。
仏頂面をしていた雲嵐の口元が、にい、と弧を描く。
「いかにも」
「悪霊退治は皇帝の命ということでしたね。皇帝は悪霊を、亡くなった翠美妃であるとお考えですか」
「ご明察」
「そしてあなたにその調査を依頼し、悪霊の除霊を試みようとした。息子が後宮に現れれば、翠美妃が満足して成仏なさるとでもお考えだったのでしょうか」
「そうだな。そして無事男の子供が産まれた暁には」
「あなたが密かに後宮を出入りしていたことを証拠にして、妃殺しの犯人に仕立てようとしていた」
サッと雲嵐が仮面を取り出す。今日は真っ赤な顔の獅子の面に、何やら緑地に渦巻きの白抜きが入った布が付いている。
「それを防ぐためのこれというわけだ」
緊迫した空気に、ぴしり、とヒビが入る。
「いや……理にはかなってますけど。もうちょっとなんていうか」
「奇抜な方が目立っていい。陰でこそこそ策略を練っているとは思われまい」
きっと途中から面を選ぶこと自体が楽しくなってしまったに違いない。
羅刹はそう確信した。
2
あなたにおすすめの小説
後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる
gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
あやかしが家族になりました
山いい奈
キャラ文芸
★お知らせ
いつもありがとうございます。
当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。
ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。
母親に結婚をせっつかれている主人公、真琴。
一人前の料理人になるべく、天王寺の割烹で修行している。
ある日また母親にうるさく言われ、たわむれに観音さまに良縁を願うと、それがきっかけとなり、白狐のあやかしである雅玖と結婚することになってしまう。
そして5体のあやかしの子を預かり、5つ子として育てることになる。
真琴の夢を知った雅玖は、真琴のために和カフェを建ててくれた。真琴は昼は人間相手に、夜には子どもたちに会いに来るあやかし相手に切り盛りする。
しかし、子どもたちには、ある秘密があるのだった。
家族の行く末は、一体どこにたどり着くのだろうか。
芙蓉は後宮で花開く
速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。
借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー
カクヨムでも連載しております。
【純愛百合】檸檬色に染まる泉【純愛GL】
里見 亮和
キャラ文芸
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性”
女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。
雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が……
手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が……
いま……私の目の前ににいる。
奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
月華後宮伝
織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします!
◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――?
◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます!
◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~
視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―
島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる