男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ

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第4章 急転直下

漢林再び

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「人員、応援。戸部のですか」

 戸部とは、土地管理、戸籍、官人への俸給などの財務関連の行政を司掌する部署である。
 知っている人物が配属されている気がするが、誰だか思い出せない。

「ああ、最近都の居住区を拡大しただろ。新しく居住者が増えた分の戸籍登録やら、手続き書類が一度に増えて大変らしい」
「なるほど」
「うちも人材に余裕があるわけじゃないが。今日一日だけでも誰か頼めないかと戸部尚書に泣きつかれてなあ。進士のうちに、他部の仕事も体験するのはいい経験になるだろ。いつかそれが役に立つ時もくる」
「はい! では早速行ってまいります」
「あ、かといってうちの仕事はやらなくていいってわけじゃないからな。帰ってきたら今日の分ちゃんと終わらせとけよ」
「かしこまりました!」
「元気が良くてよろしい」

 豪快に笑う尚書を置いて、廊下に出る。

「尚書は口が上手いですねぇ、口だけは一級品」という鵬侍郎のひとりごとは聞かなかったことにする。


 吏部と戸部は同じ殿の中にあるため、そこまで遠くない。書類配りにも慣れ、今はもう各部の部屋は把握していた。

「吏部から来ました、柳羅刹です! 吏部尚書からの命でお手伝いに参りました!」

 大きな声で挨拶をして、戸部の執務室の中を見渡せば。見覚えのあるやつと目が合った。

「……あ」
「お前っ!」

 生意気そうな吊り目の銀髪、李漢林がそこにいた。

「うわー、そうだ。君がいたんだった!」
「なんだ、吏部を追い出されたのか。成績の良さと仕事の能力は比例しないということだな」

 相変わらず腹がたつ。顔立ちも何もかもいけすかない。相手にするだけ無駄なので、無視をする。

「おい無視すんな」
「シーン、聞こえません」
「おちょくってんのか」
「賑やかだねえ君たち。子どもの喧嘩みたいだ」

 声のする方へ羅刹は顔を向ける。そこには小柄な老人がいた。
 

「でも漢林くん、君、つけんしすぎ。だめだよ、せっかく応援に来てくれた他部の人に」
「……はい」
「二点減点ね」
「えっ……」

 漢林の顔が、サッと青くなる。

「減点とは……?」

「あ、うちの部署ね。間違いが許されないでしょ。数字を扱うし。だからね、仕事上で粗相をしたら、減点するの。八十点切ったら便所掃除、六十点切ったら降格」

 わかりやすいが、厳しい。減点基準はこの人の一存で決まるのだろうか。

「あ、申し遅れました。ワシ、戸部尚書のね。羅刹くんは漢林くんに仕事きいて」
「えっ、漢林にですか!?」
「口答え二点減点」
「うっ、しょ、承知いたしました」

 福耳に優しげの顔をした小柄な老人は、ニコニコ笑いながら席を立つ。他の官吏に話しかけた後にまた、「二点減点!」と言っているのが聞こえた。

「便所掃除係にならないよう気をつけろよ」

 嫌味っぽくそう言われ、羅刹は驚愕の顔をする。

「僕にも適応されるの?」
「手伝ってる間は適応されるだろうな。逃げようとすれば、吏部尚書の方にも報告がいくだろうよ。立ち止まってねぇでさっさと手伝えよ」
「わ、わかってるよ!」

 漢林から書類を受け取り、説明を受ける。新区画に移り住む住人から提出された申請書を確認し、おかしな点がないか確認していく。不備がなければ住民台帳に記入し、地図に書き入れる。拡充された区画はかなりの広さがあるため、申請書の数も多い。

 馬糞を投げるほどに嫌われていたので、まともに教えてもらえないかと思いきや、漢林の説明は丁寧だった。おかげで作業は順調に進み、日が傾く頃にはもうあと少しのところまできた。

 意外。意地悪だけど、仕事に対しては一生懸命なんだな。

 よくよく見れば前回会ったときに比べ、頬が痩けているように見える。あの尚書にかなり絞られているようだ。

「ねえ、漢林。ちゃんとご飯食べてる?」
「なんなんだいきなり。食べてるに決まってるだろ」

 悪態をつく姿も、今ならちょっとは可愛く見える。苦労をしている進士同士、親睦を深めてみるのもいいかもしれない。

「もうちょっと栄養つく食事したほうがいいよ。今度美味しい店を教えてあげよう」
「誰がお前なんかと飯を食うか」
「柳羅刹くん」

 優しげな虎尚書の呼びかけに、羅刹は肩をすくませる。まさかここへきての減点だろうか。

「君、人気者だねえ。呼び出しだよ」
「……おい! なんだあいつは……」

 羅刹より先に客人を見た漢林が、不審者を見る目で扉の方を見ている。
 これはもしや。

「漢林くん、二十点減点。あれでも主上の食客だから。あいつ、呼びはいけないねえ」

 戸部の入り口には、革製の大きな嘴のついたマスクを被った雲嵐がいた。
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