男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ

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第4章 急転直下

推理

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 自宅の荒屋の薄い座布団に座り、冷めかけた茶を前に羅刹は腕を組んでいた。

「お渡り毎に薬物を摂取させられた結果、おかしな行動が増えた。結果として主上のお渡りがなくなると、禁断症状により発狂し、最後に毒を盛られて死亡した」

 わかったことを総括すればそういうことだ。羅刹は茶器を手に取ると、茶の水面をじっと見つめる。

「でも薬物を摂取した経路がわからない」
「それさえわかればな」

 いつの間にか烏から人に戻った雲嵐が、目の前であぐらをかいている。面を被らず、普通にしていれば蔡華に勝るとも劣らぬ麗人だ。

「雲嵐は主上に拝謁する機会がありますか」
「東宮として呼ばれることはないが。琵琶の弾き手として、月に一、二度御前に上がっている」
「へええ! 今度私にも弾いてほしいですねえ。皇帝に認められるほどの名手なのなら」
「機会があればな」

 雲嵐はずっと目線を伏せている。仮面を外しているときはこちらを向いてくれない。

「主上のご様子は」
「気落ちしている。それとともに、悪霊をとても恐れているように見えた」

 悪霊を翠美妃だと思ってのことか。だが悪霊がいたとすれば、帝が恨まれるのは仕方がないように思う。無実の罪で家族親類を皆殺しにされ、子と引き離され自分も殺されたとしたら、羅刹だって黙っていられない。

「……主上が妃に麻薬や毒薬を盛った可能性は?」

 床を見たままだった雲嵐の視線が羅刹の瞳に合わさる。

「利があると思うか?」
「ないですね。主上は雲嵐のほかに、一刻も早く男児が欲しいのでしょう? 寵妃を自ら害する理由がありません」
「お前は誰が怪しいと思う」

 すっかり冷たくなった茶に口をつけ、羅刹は喉を潤す。

「閨ごとの場にいるのは、主上、妃、妃付きの侍女頭でしたよね。侍女頭は妃ごとに変わるから、犯人の可能性は薄いですよねえ」
「閨ごとの場には、もう一人いるぞ」
「もう一人?」
「蔡華だ」

 錦の髪の美しい宦官。優しげな笑みが思い出される。

「え、宦官がですか?」

 羅刹はギョッとした。
 イチモツがないとはいえ、元男だ。宦官がその場に待機するなど、妃が嫌がらないのだろうか。

「支度の間だけらしいが。情事の際は出ていく」
「ずっとその場にいるわけではないのですね」

 それなら、とは思いつつも、羅刹は違和感を抱く。

「主上の命でいらっしゃるのですか」
「そうだ」

 羅刹は首を傾げる。進士式でちらりと見たくらいだが、帝は美丈夫という感じではない。顔の造形は悪くないが、くたびれた初老の男という印象である。若い頃は魅力的だったのかもしれないが。

「不敬を承知で言いますけども」
「ここには俺とお前の他に誰もいない。遠慮なく言え」
「自分よりも容姿の優れた男を、準備の間だけとはいえ、閨ごとの席におきますかね」

 雲嵐は固まる。羅刹を捉えていた視線が、また床へと下がる。

「……わからん。経験がない」
「あ、そうですか」

 彼の正体は、東宮翠嵐だ。遊んでいるという噂もあったので、てっきり色々済ませていると思ったのだが。

「意外とうぶなんですね」
「……うるさい」
「あっ、今の不敬ですか?」

 仮面の奇人としての付き合いが長いので、つい東宮であるということを忘れて接してしまう。不敬を働けば、簡単に首が飛ぶほどの上下関係があるというのに。

「申し訳ありません。何卒命はお助けください。私は志部にいくまでは死ねないので」

 慌ててそう弁明し、両手を床につき頭を下げれば、後頭部をべし、と大きな手で叩かれる。

「今更何をいう。お前を罰するようなことはしない。お前は……俺の唯一の協力者だろう。そんな真似するな。これまで通りの態度でいい」
「おや、いいんですか?」

 両手は床についたまま、顔だけあげて雲嵐を見上げる。翡翠のような双眸はじっと羅刹を見つめた後、ふい、とそらされた。
 よく見れば、頬が赤く染まっている。

「相変わらず仮面がないと恥ずかしいんですね」
「恥ずかしくなんてない!」

 子どものようにむくれる雲嵐を見て、羅刹は吹き出した。
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