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第4章 急転直下
新たな被害者
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毒を盛られた現場の見当はわかった。
だが毒を盛られた方法も、犯人の見当もつかない。
大麻草の入手経路がわかれば——そう考えていた矢先、事件は起こった。
「下級妃の梓晴様の様子がおかしいらしい。ここ最近、お渡りのあった妃だ」
吏部での仕事中、書類の束の後ろからぬっと現れた雲嵐にそう言われ、羅刹は叫び声を上げかけた。
周りの目もあるのでなんとか悲鳴を飲み込み、上長に断って部屋を出る。またも残業が嵩んでしまうことを考えると、陰鬱な気持ちになる。
「なんか突っ込むのもそろそろめんどくさくなってきたんですが、それ、なんのお面ですか」
白塗りに墨を染み込ませた綿を押し付けたような楕円形の眉、細い目に、紅を引いた薄い唇の女の木彫り面。彼を見た吏部の同僚たちは騒然としていた。
「小面、という若い女の面らしい。東方の島国の演劇で使われる面だ」
「胡服に女の面はおかしいんじゃないですか」
「知らせを聞いて慌てて出てきたので、面を選ぶ時間がなかった」
心底どうでもいい情報だ。羅刹は聞いて後悔した。
途中の個室で雲嵐が持ってきた宦官服に着替える。小面に宦官服の雲嵐に門兵が顔を引き攣らせていたが、見なかったことにした。
下級妃は個別の宮は与えられておらず、天窓殿という平屋の建物に部屋を持っている。
椿と書かれた札の下がった部屋の前に到着すれば、中から叫び声が聞こえた。
扉を叩き声をかければ、動揺した様子の侍女が出てくる。中では鵜承が診察をしていたようで、名前を伝えれば招き入れられた。
目にした光景を見て羅刹は血の気が引いた。
梓晴は、水仙のごとく凛とした雰囲気を纏った妃と聞いた。
しかし今目の前にいるのは、まるで幽鬼だ。
こけた頬、落ち窪んだ瞳。骨ばった肉のない体つきが襦裙の上からでもよくわかる。
彼女はフラフラとした足取りで部屋の真ん中に立っている。瞳は焦点が合わず、どこか遠くを見ていて、口元には微笑が浮かんでいた。
「見ての通りの様子です。症状は概ねこれまでと同じ。心を落ち着ける薬を飲んでいただいたので、あと半刻もあれば効いてくるでしょう」
鵜承がそう言った直後、突如妃が金切り声を上げ、自ら衣を脱ぎ始めた。
「梓晴様! おやめください!」
慌てて妃にしがみつく侍女たちを、叫びながら梓晴は振り払う。
「虫が、虫が腕を這っているの! 早く虫を取って! どんどんわいてくる! 気味が悪いわ」
「虫などおりません、落ち着いてくださいませ!」
「きっとあの女のせいよ! 主上のお渡りがあったから、私を妬んで呪い殺そうとしているのね!」
「あの女とは、どなたのことでしょう」
羅刹は咄嗟に聞いていた。梓晴の虚な瞳が羅刹を捉える。
瞬間、血走った目がこれ以上ないほどに見開かれた。
「私を殺しにきたのね。そうはいかないわ」
枯れ木のような手が勢いよく羅刹の首を掴み、衰弱しているとは思えない力で締め上げられた。
「お前がずっと私を見張っているの、気づいているわ! 他の妃のようにはいかないから。私は上級妃になるのよ!」
息ができず、喉が詰まる。しかしその苦しさは長くは続かなかった。
首を絞めていた指の力が抜ける。羅刹に寄りかかるようにして、痩せこけた女の体はズルズルと崩れ落ちた。雲嵐が手刀をきめていたのだ。
咳き込んだ羅刹の背に、雲嵐の手が添えられる。
「大丈夫か」
「驚いたけど……なんとか」
後宮の悪霊に取り憑かれた妃。話では聞いていたが、想像以上に凄まじい有様だった。
だが毒を盛られた方法も、犯人の見当もつかない。
大麻草の入手経路がわかれば——そう考えていた矢先、事件は起こった。
「下級妃の梓晴様の様子がおかしいらしい。ここ最近、お渡りのあった妃だ」
吏部での仕事中、書類の束の後ろからぬっと現れた雲嵐にそう言われ、羅刹は叫び声を上げかけた。
周りの目もあるのでなんとか悲鳴を飲み込み、上長に断って部屋を出る。またも残業が嵩んでしまうことを考えると、陰鬱な気持ちになる。
「なんか突っ込むのもそろそろめんどくさくなってきたんですが、それ、なんのお面ですか」
白塗りに墨を染み込ませた綿を押し付けたような楕円形の眉、細い目に、紅を引いた薄い唇の女の木彫り面。彼を見た吏部の同僚たちは騒然としていた。
「小面、という若い女の面らしい。東方の島国の演劇で使われる面だ」
「胡服に女の面はおかしいんじゃないですか」
「知らせを聞いて慌てて出てきたので、面を選ぶ時間がなかった」
心底どうでもいい情報だ。羅刹は聞いて後悔した。
途中の個室で雲嵐が持ってきた宦官服に着替える。小面に宦官服の雲嵐に門兵が顔を引き攣らせていたが、見なかったことにした。
下級妃は個別の宮は与えられておらず、天窓殿という平屋の建物に部屋を持っている。
椿と書かれた札の下がった部屋の前に到着すれば、中から叫び声が聞こえた。
扉を叩き声をかければ、動揺した様子の侍女が出てくる。中では鵜承が診察をしていたようで、名前を伝えれば招き入れられた。
目にした光景を見て羅刹は血の気が引いた。
梓晴は、水仙のごとく凛とした雰囲気を纏った妃と聞いた。
しかし今目の前にいるのは、まるで幽鬼だ。
こけた頬、落ち窪んだ瞳。骨ばった肉のない体つきが襦裙の上からでもよくわかる。
彼女はフラフラとした足取りで部屋の真ん中に立っている。瞳は焦点が合わず、どこか遠くを見ていて、口元には微笑が浮かんでいた。
「見ての通りの様子です。症状は概ねこれまでと同じ。心を落ち着ける薬を飲んでいただいたので、あと半刻もあれば効いてくるでしょう」
鵜承がそう言った直後、突如妃が金切り声を上げ、自ら衣を脱ぎ始めた。
「梓晴様! おやめください!」
慌てて妃にしがみつく侍女たちを、叫びながら梓晴は振り払う。
「虫が、虫が腕を這っているの! 早く虫を取って! どんどんわいてくる! 気味が悪いわ」
「虫などおりません、落ち着いてくださいませ!」
「きっとあの女のせいよ! 主上のお渡りがあったから、私を妬んで呪い殺そうとしているのね!」
「あの女とは、どなたのことでしょう」
羅刹は咄嗟に聞いていた。梓晴の虚な瞳が羅刹を捉える。
瞬間、血走った目がこれ以上ないほどに見開かれた。
「私を殺しにきたのね。そうはいかないわ」
枯れ木のような手が勢いよく羅刹の首を掴み、衰弱しているとは思えない力で締め上げられた。
「お前がずっと私を見張っているの、気づいているわ! 他の妃のようにはいかないから。私は上級妃になるのよ!」
息ができず、喉が詰まる。しかしその苦しさは長くは続かなかった。
首を絞めていた指の力が抜ける。羅刹に寄りかかるようにして、痩せこけた女の体はズルズルと崩れ落ちた。雲嵐が手刀をきめていたのだ。
咳き込んだ羅刹の背に、雲嵐の手が添えられる。
「大丈夫か」
「驚いたけど……なんとか」
後宮の悪霊に取り憑かれた妃。話では聞いていたが、想像以上に凄まじい有様だった。
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