男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ

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第5章 母と息子

府庫

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 雲嵐と漢林は視線を合わせたまま、微動だにしない。漢林は口を固く閉ざしたまま、何も発しようとはしなかった。姿を見られている以上、黙秘が有効と判断したのだろう。

 重い沈黙は、雲嵐のため息によって破られた。カキコキと首を鳴らすと、羅刹の腕を引っ張って立たせる。

「まあいい、お前を問い詰めても吐きはしないだろう。直接本人を訪ねたほうが早い」

「まだ柳羅刹の調書を取り終えていないのですが」

 最後の抵抗として、漢林が扉の前に立つ。無駄だとわかっていても、監察史としてそうせざるを得ないのだろう。ふたたび拳を振り上げようとする雲嵐の手を、羅刹が制した。

「羅刹は俺の駒だ。もちろん事前の身上調査も行なっている。御史台に疑われるようなことは一切ない」

「……蔡華様からの通報だったのですが」

「その通報は東宮おれに対する嫌がらせだ。羅刹は俺の男妾だんしょうでもあるからな。遊び呆けてる東宮の更生のため、玩具おもちゃを取り上げろ、とでも蒼徳帝に言われたのであろう」

「だっ……」

 抗議をしようとすれば、雲嵐の大きな手に阻まれた。あまりにひどくはないだろうか。人前で唇を奪われた上、男の妾などという不名誉な肩書をつけられるとは。

 明日からどんな顔をして出仕すればいいのだろうか。情報などどこから漏れるかわからない。一週間もせぬうちに、後ろ指を刺される図が目に浮かぶ。

 さすがの漢林も絶句する。が、つい先ほど接吻の場面を見てしまったが故に、それ以上突っ込むことができないようだった。

 たとえこの場を誤魔化すためとはいえ、恨むよ、雲嵐……!

 苦々しい思いを胸に抱えたまま、羅刹は雲嵐に引っ張られるようにして御史台をあとにした。


 ◇ ◇ ◇


 御史台のある殿を離れ、府庫に続く渡り廊下を歩いていく。
 御史台の取調室を出てすぐ、ガッチリと掴まれていた手は離されている。あれから雲嵐は無言を通していた。

 あまりに静かなので、こちらも文句を言いづらい。それに話が話なだけに、衆目のある場で文句を言うのは憚られた。

 日当たりの悪い、鬱屈とした空気を纏った府庫は静寂に包まれていた。本が劣化しないよう、定期的に清掃がなされているようで、建物自体のどんよりとした空気とは打って変わって中は綺麗だった。
 古い紙特有の匂いに、羅刹の心は落ち着きを取り戻す。とともに、蔡華に御史台に連れて行かれる前までに自分が気づいたことを雲嵐に話さねばと思った。

「雲嵐」

「なんだ」

「燕族のことをご存知ですか?」

「蔡華の民族だな。一族皆殺しの憂き目にあったという。やつはその容姿の美しさゆえ、宦官として残されたと聞いたが」

「僕が記憶している史料の中では、燕族は謀反を企てたために処分されたと書かれていました。でも、それ以上の情報は記憶にありません。官吏としてつとめ始めてから、書庫にある史書は全て読みました。でも、彼らの犯した罪に関しての記載は見つかっていません。雲嵐は、燕族が具体的に何をしたかの資料を見たことはありますか?」

 雲嵐は腕を組み、狐の面のまま俯いた。
 羅刹は言葉を続ける。

「彼らに処分が言い渡された年、『大麻騒乱』が突如収束しています。史書の記憶を照らし合わせると、大麻を国内に流通させた組織が瓦解されたことによるものかと思われますが。国を揺るがす事態であったのに、『組織』についての情報が残っていないのです」

 当時は明確に誰がやったという認識があったのかもしれない。しかし記録として残されなければ、その記憶は薄れていき、歴史の闇に消えていく。

 燕族がやったという事実があったとしても、記録した史料を消してしまえばいずれ事実は消えてしまう。
 
 ——もしも、燕族が大麻の流通を担っていたとしたら。
 ——もしも、燕族の生き残りが「大麻の種」を未だにどこかに隠していたとしたら。

 それを、蔡華が悪霊騒ぎに利用したとしたら。

 動機はわからない。大麻飴をどのように妃の口に入れたのかもわからない。
 だが、大麻の出所と犯人の目星はつく。大麻は医官でさえも入手ができない代物だ。

「ついてこい」

 彼は羅刹に背中を向けると、府庫の奥へと進んでいく。

「ここだ」

 指差したのは、禹国反乱史と張り紙のされた一角。紙での資料だけでなく、木簡もある。

「謀反の企てや国内での反乱については、ここにまとめられている。一族が滅ぼされるほどの罪とあらば、ここに資料が残っているはず」

「なければ?」

「外朝の書庫、および府庫に史料が残っていないはずがない。つまり、凰一族と同じく、意図的に『消された』と考えて間違いないだろう。手分けして確認するしかないな。俺は木簡を読む。お前はこの棚の一番上から、紙の史料を確認していけ」

「御意」

 夕方から作業を始め、翌朝朝日が昇る頃に作業は終わった。

 そして結局、燕族の謀反についての具体的な情報は見つからなかった。


 
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