男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ

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第6章 蔡華の想い

決意

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 蒼徳はひとり、物思いに耽っていた。
 雷光宮の自室、窓を開け放ち、露台で見上げる月は欠けるとこなき望月である。

 かつて今日のような月を、妃と二人で見上げていた。
 ぬばたまの黒き髪に飴色の琥珀の瞳を持つ凰族、徳妃翠美。美しさと聡明さを兼ね備えた彼女に、かつての蒼徳は溺れていた。

 しかしいつしか二人の関係は変わってしまった。
 いや、変えてしまったのは蒼徳なのだと今ならわかる。

 結果、凰一族もろとも彼女を死の淵に追いやってしまった。

 彼女の最後の願いは、残された息子翠嵐のこと。

『どうかあの子だけは生かしておいて。死んだことにして、市井に放ってもいい。どうかあの子だけは』

 自分が命を断つ代わり、息子を頼むという彼女の願いに、蒼徳は首を縦に降った。
 だが、蒼徳は約束を反故にした。翠嵐の他に男児がいなかった蒼徳は、新たに男児が生まれるまでの繋ぎとして翠嵐を使った。市井に放つことで、反乱分子となるのを恐れたというのもある。

 翠嵐の人生は、幸せとは程遠いものだっただろう。凰族の男のみがもつ瞳の色から、外出は阻まれ、鳥籠の中で惰眠を貪ることしかできない。東宮としての教育も受けさせなかった。

 様子を見るために呼びつけた際、戯れに琵琶を持たせてみれば、見事に一曲奏でてみせた。
 誰が教えたのかと問えば、すでに立った旅客だという。なんにでも才を発揮するのは凰族の特徴だ。飲み込みが早く、努力も厭わないため、すぐに人並み以上の腕になる。

 一滴の水さえ吸収すれば、森を作る能力のある苗床なのだ。

 恐ろしい。
 息子が恐ろしかった。
 まるでその存在に自分の無能さを責められているようで。

 過去の記憶に囚われ、ふらついてしゃがみ込めば、視界の隅に人影を見つける。

「翠美」

 月の光に照らし出された姿に、美しかった彼女の面影はない。
 淡い薄緑色の襦裙を着た女。自殺を図った際に使ったであろう腰紐が首には巻き付いている。髪は結われておらず、黒髪は床まで垂れていた。

 ゆらゆらと漂うそれは、すでにこの世のものではない。

「ゆるしてくれ翠美、余が愚かだった」

 床を這い、今は亡き妃に手を伸ばしかけたとき。

「主上」

 あらぬ方向から聞こえた声に、蒼徳は慄いた。

「蔡華」

「何をされているのですか、それでは露台から落ちてしまいます」

 優しげな声に、天上に住まう神のような美しさを持った彼が、そこにいた。

 気づけば、蒼徳は露台の柵から半分身を乗り出している。蔡華の助けを借りて立ち上がり、室内へと移動する。

 夢現、死者の世界に半分足を踏み入れていた蒼徳は、地獄のような現実に引き戻され、吐き気をもよおした。

 こらえるまもなく、えずき、うずくまった蒼徳は、吐瀉物を撒き散らす。
 喉を焼くような不快感が襲い、目から涙が溢れでた。

 なさけない。
 国を変えようと意気込んでいた浅はかな過去の自分を恥じた。
 もはや自分など、生きる価値もないーー。

「消えてしまいたい。この宮ごと。助けてくれ、蔡華。こんなことを頼めるのはお前しかいない」

 蔡華は悲しげな顔で微笑んだ。

「我が主人の命とあらば」
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