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第6章 蔡華の想い
炎踊る宮の中で
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燃え盛る雷光宮の奥、皇帝の執務室に蒼徳と蔡華はいた。
入り口から最も遠く、外敵の侵入を阻む作りが仇となり、救助の手さえも阻んでいる。
まだ二人がいる部屋まで炎は届いていなかったが、すでに四方は火の海と化していた。
「蔡華、これはお前がやったのか?」
「ええ、主上。これで貴方様の望み通り。主上の過ごした宮は無に還り、貴方様はなんの責任も追及されぬまま、大火事の被害者となれます」
蒼徳は何か言おうとしたが、唇をつぐみ、下を向いた。
蔡華は盃に白酒を注いだ。果実のような甘い香りが鼻をつく。彼は満ちた盃を卓の上におくと、蒼徳に向かって差し出した。そして自分の側にも同じように酒を注いだ盃をおくと、椅子に腰掛け、微笑みかける。
「匂いもなく、飲めばたちまち極楽へ行ける薬です。私もお供しますゆえ、ご安心ください」
「蔡華、すまない……」
「とんでもございません、主上と共に逝くことができるのであれば……私は」
パチパチと爆ぜる火の音と、ガラガラと崩れていく柱の音。赤く染まりゆく視界の中——突如蔡華の足元に近い床が開いた。
あるはずもない通路がそこに現れ、そして顔を出した二匹の怪物に、思わず蔡華は動揺の声をあげた。
「鬼……!?」
怒りを顔全面に表したような鬼の顔。鋭い黄金の牙が光り、頭には日本の角が生えている。目は見開かれ、白目は牙と同じ黄金色をしていた。
「ほら~もう~。絶対これ場違いじゃないですか。っていうかなんで今さら面なんですか。別に隠さなきゃいけない相手じゃないでしょう」
鬼の横に、もう一人鬼が現れる。顔は同じだが、小柄な鬼だ。
「これをつければ、口元に濡れ布が固定できるだろう。煙を吸い込まず、熱風も防げる」
「いや、普通に濡れ布を顔に巻けばいいだけの話だと思います。鬼の面である必要はありません」
「鬼ではない、般若だ。さっきも説明した。それにこう、気持ちの面でもこういう強そうな面を被ると、誰にも負けないような気分になれるだろう?」
「はいはい、わかりましたって……あ! 蔡華さんと主上!」
蔡華は鬼たちの緊張感のないやりとりに呆気に取られていたが。声から正体を察すると、円卓の椅子から立ち上がり、壁にかけられていた刀を手にした。
「今ここで、邪魔をさせるわけにはまいりません」
普段の柔和な笑いは影を潜める。青い瞳は細められ、その表情は殺意に満ちていた。
「羅刹、お前は父上の保護を。俺は少々運動してくる」
地下通路から飛び上がり、刀を振り上げた蔡華へ向けて、般若の面をつけた雲嵐は向かっていく。
「引きこもりの東宮が、どこまでやれますか? すぐ音を上げられてはこちらもつまりませんからね」
空気を切る音がする。蔡華の刃は、雲嵐の顔や胸、スレスレのところを勢いよく走って行った。間髪入れずに振り抜かれる刀を、雲嵐はすんでのところで避けている。
蔡華は宦官だが、武の心得があるらしい。スラリとした細身の体格からは想像できない力強い太刀筋に、羅刹は驚く。
「……心配だけど。僕は僕のやるべきことを、って感じだよね」
雲嵐に加勢したところで足手まといにしかならない。
羅刹は意識の朦朧とした様子の蒼徳の元へ駆け寄る。目は虚ろだが、毒は飲んでいないように思う。羅刹は懐から手拭いと小瓶を取り出すと、小瓶の中身で手拭いを濡らし、蒼徳に差し出した。
「主上、大変無礼なことと思いますが、今はお許しください。こちらの濡れ手拭いを口元に当てていただき、体勢を低くして、こちらの通路へ……」
「余は行かん」
弱々しい表情の蒼徳だが、その言葉にははっきりとした意思があった。
「何をおっしゃいます。このままでは焼け死んでしまします」
「もう疲れたのだ。蔡華の言う通り、ここで命潰えた方が、余は楽になれる」
刹那、羅刹に向かって水入れが投げつけられる。主上に集中していた羅刹は、もろにそれを受けてしまい、割れた水差しから溢れた水を全身に被ってしまう。
「主上に触れるな! 不浄な女め、僕が出来損ないの東宮の息の根を止めるまで、そこで待っていろ!」
蔡華の視線は目の前の雲嵐に注がれている。だが、羅刹が蒼徳に近づくのを横目で見て、手近にあった水さしを投げてよこしたらしい。
雲嵐はといえば、面で顔が隠れているので、表情がまったく読めない。だが、大柄な体は飾りではないらしかった。優雅に刀を避けていたと思えば、蔡華が雲嵐の喉元めがけて突きを放ったのを余裕で避けると、素手で刀を掴んで蔡華の動きを止めた。
「妃を殺したのはお前か」
刃を握りしめた雲嵐の手から、鮮血が滴る。
「徳妃が罪を認めたでしょう。僕ではありませんよ」
すでに息が切れている蔡華に対し、雲嵐はずいぶんと余裕があるように見えた。蔡華は実力の差を感じてか、おとなしく刀を離した。雲嵐は奪った刀を手にすると蔡華の喉元に剣先を当てる。ぷつり、と肌がきれ、紅い血が一筋、蔡華の喉を伝った。
入り口から最も遠く、外敵の侵入を阻む作りが仇となり、救助の手さえも阻んでいる。
まだ二人がいる部屋まで炎は届いていなかったが、すでに四方は火の海と化していた。
「蔡華、これはお前がやったのか?」
「ええ、主上。これで貴方様の望み通り。主上の過ごした宮は無に還り、貴方様はなんの責任も追及されぬまま、大火事の被害者となれます」
蒼徳は何か言おうとしたが、唇をつぐみ、下を向いた。
蔡華は盃に白酒を注いだ。果実のような甘い香りが鼻をつく。彼は満ちた盃を卓の上におくと、蒼徳に向かって差し出した。そして自分の側にも同じように酒を注いだ盃をおくと、椅子に腰掛け、微笑みかける。
「匂いもなく、飲めばたちまち極楽へ行ける薬です。私もお供しますゆえ、ご安心ください」
「蔡華、すまない……」
「とんでもございません、主上と共に逝くことができるのであれば……私は」
パチパチと爆ぜる火の音と、ガラガラと崩れていく柱の音。赤く染まりゆく視界の中——突如蔡華の足元に近い床が開いた。
あるはずもない通路がそこに現れ、そして顔を出した二匹の怪物に、思わず蔡華は動揺の声をあげた。
「鬼……!?」
怒りを顔全面に表したような鬼の顔。鋭い黄金の牙が光り、頭には日本の角が生えている。目は見開かれ、白目は牙と同じ黄金色をしていた。
「ほら~もう~。絶対これ場違いじゃないですか。っていうかなんで今さら面なんですか。別に隠さなきゃいけない相手じゃないでしょう」
鬼の横に、もう一人鬼が現れる。顔は同じだが、小柄な鬼だ。
「これをつければ、口元に濡れ布が固定できるだろう。煙を吸い込まず、熱風も防げる」
「いや、普通に濡れ布を顔に巻けばいいだけの話だと思います。鬼の面である必要はありません」
「鬼ではない、般若だ。さっきも説明した。それにこう、気持ちの面でもこういう強そうな面を被ると、誰にも負けないような気分になれるだろう?」
「はいはい、わかりましたって……あ! 蔡華さんと主上!」
蔡華は鬼たちの緊張感のないやりとりに呆気に取られていたが。声から正体を察すると、円卓の椅子から立ち上がり、壁にかけられていた刀を手にした。
「今ここで、邪魔をさせるわけにはまいりません」
普段の柔和な笑いは影を潜める。青い瞳は細められ、その表情は殺意に満ちていた。
「羅刹、お前は父上の保護を。俺は少々運動してくる」
地下通路から飛び上がり、刀を振り上げた蔡華へ向けて、般若の面をつけた雲嵐は向かっていく。
「引きこもりの東宮が、どこまでやれますか? すぐ音を上げられてはこちらもつまりませんからね」
空気を切る音がする。蔡華の刃は、雲嵐の顔や胸、スレスレのところを勢いよく走って行った。間髪入れずに振り抜かれる刀を、雲嵐はすんでのところで避けている。
蔡華は宦官だが、武の心得があるらしい。スラリとした細身の体格からは想像できない力強い太刀筋に、羅刹は驚く。
「……心配だけど。僕は僕のやるべきことを、って感じだよね」
雲嵐に加勢したところで足手まといにしかならない。
羅刹は意識の朦朧とした様子の蒼徳の元へ駆け寄る。目は虚ろだが、毒は飲んでいないように思う。羅刹は懐から手拭いと小瓶を取り出すと、小瓶の中身で手拭いを濡らし、蒼徳に差し出した。
「主上、大変無礼なことと思いますが、今はお許しください。こちらの濡れ手拭いを口元に当てていただき、体勢を低くして、こちらの通路へ……」
「余は行かん」
弱々しい表情の蒼徳だが、その言葉にははっきりとした意思があった。
「何をおっしゃいます。このままでは焼け死んでしまします」
「もう疲れたのだ。蔡華の言う通り、ここで命潰えた方が、余は楽になれる」
刹那、羅刹に向かって水入れが投げつけられる。主上に集中していた羅刹は、もろにそれを受けてしまい、割れた水差しから溢れた水を全身に被ってしまう。
「主上に触れるな! 不浄な女め、僕が出来損ないの東宮の息の根を止めるまで、そこで待っていろ!」
蔡華の視線は目の前の雲嵐に注がれている。だが、羅刹が蒼徳に近づくのを横目で見て、手近にあった水さしを投げてよこしたらしい。
雲嵐はといえば、面で顔が隠れているので、表情がまったく読めない。だが、大柄な体は飾りではないらしかった。優雅に刀を避けていたと思えば、蔡華が雲嵐の喉元めがけて突きを放ったのを余裕で避けると、素手で刀を掴んで蔡華の動きを止めた。
「妃を殺したのはお前か」
刃を握りしめた雲嵐の手から、鮮血が滴る。
「徳妃が罪を認めたでしょう。僕ではありませんよ」
すでに息が切れている蔡華に対し、雲嵐はずいぶんと余裕があるように見えた。蔡華は実力の差を感じてか、おとなしく刀を離した。雲嵐は奪った刀を手にすると蔡華の喉元に剣先を当てる。ぷつり、と肌がきれ、紅い血が一筋、蔡華の喉を伝った。
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