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第6章 蔡華の想い
妃殺し
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「蔡華さん、僕たちは徳妃にお会いしました」
「そうですか。嫌われ者の東宮が行ったところで何も情報は得られなかったでしょう」
「貴方はそう思われていたのですね。本当に徳妃様が、雲嵐を憎んでいると」
蔡華は怪訝な顔をする。
「雲嵐は主上の命を受け、悪霊の除霊をするため、調査をしておりました。ですが調べを進めるうち、これは怪異などではないと判断し、徳妃様をはじめ、各妃嬪、および侍女や女官、医官にも聞き込みをしておりました」
「あの女が東宮に会ったですって? そんな馬鹿な」
信じられないという表情をする錦の君に、羅刹は口角を上げる。
「貴方はさまざまな侍女に思わせぶりな態度をとっていたようですね。侍女たちの間で貴方をめぐっての諍いも多かったようです。そして貴方は侍女に飽き足らず——妃にも同じようなことをしていた」
「僕は後宮の試金石として、主上に身を尽くす覚悟のある妃を吟味していただけです。それに関しては主上にご理解いただいています」
「そうですよね。そうでなければ主上が妃の元に通われる際、蔡華さんを伴うことなどできないでしょう」
蔡華の表情が変わる。
「僕は官吏ですから、閨ごとについては門外漢です。でも特別に徳妃様が話してくださいました。どのように始まり、終わるのかを」
視界の端で雲嵐が固まる。どうやら彼は、この手の話が苦手らしい。
「お渡りがある場合は妃の元に先ぶれがきます。そして妃は支度を整え、寝所で待ちます。閨ごとが行われている間、妃付きの侍女頭が常駐するそうですね。本来宦官を含め男は同席できませんが、蔡華さんは特別に出入りを許されていた」
「そのような話を仮にも二人の男の前でされるとは、下品にも程がありますね」
こほん、と羅刹は咳払いをする。
「侍女頭は、御簾の前で常駐します。この際、彼女は御簾に背を向けているそうです。いくら御簾越しといえど、尊きお方の情事を直視するのは不敬にあたりますから」
「まだ続けますか」
「つまり」
羅刹は視線を蔡華から蒼徳に移す。
「はじめと終わりで相手が入れ替わっていても、侍女頭は気が付かないわけです。男側が声を出さなければ」
蒼徳は怯えた目で羅刹を捉えると、拳を彼女の頬めがけて振り抜いた。
体重の軽い羅刹は吹っ飛び、床に打ち付けられる。雲嵐がこちらへ走ってこようとしたが、目で制した。
「無礼者! 余を誰だと思っている。閨ごとの話に飽き足らず、そのようなことを口にするとは」
先ほどまで青かった蒼徳の顔色が真っ赤に染まっている。羅刹は殴られた頬をさすりながら床に座り直した。
「そして、妃が精神に異常をきたす元となった『大麻』は、閨ごとのはじめ——ひとり目の男が妃に与えたと考えています」
「大麻、だと?」
怒りに震えていた蒼徳の顔が驚きの表情に変わる。そして彼の目は、蔡華に向けられた。
「蔡華、本当なのか? お前が妃に与えたのは媚薬ではなく、大麻だったというのか?」
錦の髪の男は、喉元に刃を突きつけられたまま、微動だにしない。
媚薬の類は珍しいものではない。子孫を残すのは皇族の義務であり、重要な仕事の一つ。精力を漲らせる食事、気分を高揚させる香、そういったものは昔から用いられてきている。
だが、麻薬となれば話は別だ。妃の健康を害すようなものは、用いられてはならない。
「それは、これでしょうか?」
羅刹は黄金色の飴を取り出す。毒殺された鏡花妃の侍女が所持していた大麻飴だ。
「後宮医官によれば、妃嬪の症状は、大麻による中毒症状に非常に近いと。そして直近で心神喪失状態となられた梓晴妃が閨ごとの直後に体調を崩された際、医官の鵜承が大麻草独特の匂いを纏っていたと申していました」
困惑の表情を浮かべる蒼徳に向かい、羅刹は続ける。
「そしてこの大麻飴。現状、鏡花妃が侍女を使い、妃に盛ったことで皆精神に異常をきたしたとされています。でも、侍女はこの大麻飴をどうやって妃の口に含ませたのか? それが曖昧なまま、刑部は無理矢理事件を収束させようとしていましたね」
ごうごうと響く炎の音。遠くの方で何かが崩れる音がする。
「では、本当は、誰がどうやって妃の口に入れたのでしょう」
羅刹と雲嵐は蔡華を睨む。
「蔡華さん、あなたは閨ごとの際、大麻を妃に盛るため、主上よりも先に妃と褥を共にしたのではありませんか? またこれは想像の域を出ませんが——盃や器に大麻が残っていなかったということは。口移しで妃に大麻飴を含ませたのではないですか?」
蔡華は麗しい顔面から表情を消したまま、黙っていた。
ただ、黙って羅刹を睨んでいた。
「父上、蔡華を閨に入れたというのは本当ですか?」
蒼徳は屈辱的な表情を浮かべ、歯を噛み締める。
「主上は関係ありません。私が勝手にやったことです」
「そうですか。嫌われ者の東宮が行ったところで何も情報は得られなかったでしょう」
「貴方はそう思われていたのですね。本当に徳妃様が、雲嵐を憎んでいると」
蔡華は怪訝な顔をする。
「雲嵐は主上の命を受け、悪霊の除霊をするため、調査をしておりました。ですが調べを進めるうち、これは怪異などではないと判断し、徳妃様をはじめ、各妃嬪、および侍女や女官、医官にも聞き込みをしておりました」
「あの女が東宮に会ったですって? そんな馬鹿な」
信じられないという表情をする錦の君に、羅刹は口角を上げる。
「貴方はさまざまな侍女に思わせぶりな態度をとっていたようですね。侍女たちの間で貴方をめぐっての諍いも多かったようです。そして貴方は侍女に飽き足らず——妃にも同じようなことをしていた」
「僕は後宮の試金石として、主上に身を尽くす覚悟のある妃を吟味していただけです。それに関しては主上にご理解いただいています」
「そうですよね。そうでなければ主上が妃の元に通われる際、蔡華さんを伴うことなどできないでしょう」
蔡華の表情が変わる。
「僕は官吏ですから、閨ごとについては門外漢です。でも特別に徳妃様が話してくださいました。どのように始まり、終わるのかを」
視界の端で雲嵐が固まる。どうやら彼は、この手の話が苦手らしい。
「お渡りがある場合は妃の元に先ぶれがきます。そして妃は支度を整え、寝所で待ちます。閨ごとが行われている間、妃付きの侍女頭が常駐するそうですね。本来宦官を含め男は同席できませんが、蔡華さんは特別に出入りを許されていた」
「そのような話を仮にも二人の男の前でされるとは、下品にも程がありますね」
こほん、と羅刹は咳払いをする。
「侍女頭は、御簾の前で常駐します。この際、彼女は御簾に背を向けているそうです。いくら御簾越しといえど、尊きお方の情事を直視するのは不敬にあたりますから」
「まだ続けますか」
「つまり」
羅刹は視線を蔡華から蒼徳に移す。
「はじめと終わりで相手が入れ替わっていても、侍女頭は気が付かないわけです。男側が声を出さなければ」
蒼徳は怯えた目で羅刹を捉えると、拳を彼女の頬めがけて振り抜いた。
体重の軽い羅刹は吹っ飛び、床に打ち付けられる。雲嵐がこちらへ走ってこようとしたが、目で制した。
「無礼者! 余を誰だと思っている。閨ごとの話に飽き足らず、そのようなことを口にするとは」
先ほどまで青かった蒼徳の顔色が真っ赤に染まっている。羅刹は殴られた頬をさすりながら床に座り直した。
「そして、妃が精神に異常をきたす元となった『大麻』は、閨ごとのはじめ——ひとり目の男が妃に与えたと考えています」
「大麻、だと?」
怒りに震えていた蒼徳の顔が驚きの表情に変わる。そして彼の目は、蔡華に向けられた。
「蔡華、本当なのか? お前が妃に与えたのは媚薬ではなく、大麻だったというのか?」
錦の髪の男は、喉元に刃を突きつけられたまま、微動だにしない。
媚薬の類は珍しいものではない。子孫を残すのは皇族の義務であり、重要な仕事の一つ。精力を漲らせる食事、気分を高揚させる香、そういったものは昔から用いられてきている。
だが、麻薬となれば話は別だ。妃の健康を害すようなものは、用いられてはならない。
「それは、これでしょうか?」
羅刹は黄金色の飴を取り出す。毒殺された鏡花妃の侍女が所持していた大麻飴だ。
「後宮医官によれば、妃嬪の症状は、大麻による中毒症状に非常に近いと。そして直近で心神喪失状態となられた梓晴妃が閨ごとの直後に体調を崩された際、医官の鵜承が大麻草独特の匂いを纏っていたと申していました」
困惑の表情を浮かべる蒼徳に向かい、羅刹は続ける。
「そしてこの大麻飴。現状、鏡花妃が侍女を使い、妃に盛ったことで皆精神に異常をきたしたとされています。でも、侍女はこの大麻飴をどうやって妃の口に含ませたのか? それが曖昧なまま、刑部は無理矢理事件を収束させようとしていましたね」
ごうごうと響く炎の音。遠くの方で何かが崩れる音がする。
「では、本当は、誰がどうやって妃の口に入れたのでしょう」
羅刹と雲嵐は蔡華を睨む。
「蔡華さん、あなたは閨ごとの際、大麻を妃に盛るため、主上よりも先に妃と褥を共にしたのではありませんか? またこれは想像の域を出ませんが——盃や器に大麻が残っていなかったということは。口移しで妃に大麻飴を含ませたのではないですか?」
蔡華は麗しい顔面から表情を消したまま、黙っていた。
ただ、黙って羅刹を睨んでいた。
「父上、蔡華を閨に入れたというのは本当ですか?」
蒼徳は屈辱的な表情を浮かべ、歯を噛み締める。
「主上は関係ありません。私が勝手にやったことです」
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