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第6章 蔡華の想い
月夜の晩
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雲ひとつない星空を見上げながら、羅刹は皇城から自宅の荒屋へ帰ってきた。雲嵐にあちこち振り回されたおかげで残業三昧である。最近は夜でもあたたかい日が増えてきた。あとひと月もすれば、禹国にも夏がやってくる。
羅刹にはめずらしく、酒を買って帰ってきた。普段はほとんど飲まないが、あの日のことを思い出すと、どうしても酒が飲みたくなる。
あれからもう三週間が経つ。
蔡華が犯した罪は、隠されることなく明らかにされた。そして彼の一族が何をしていたかも、皆の知るところとなった。
刑を受ける前に亡くなった蔡華の遺骸は、皇城内の廟の一画に埋葬されたらしい。罪人にはすぎた処置だが、これまでの功労に応える形で、帝がそうするように指示したようだ。
「自分を見て欲しい、か」
彼は帝による死罪を願った。それによって蒼徳の脳裏に、自分のことを焼き付けておきたかったのか。一度でいいから自分のことを、愛した相手に真っ直ぐに見つめてもらいたかったのか。
「想像しても仕方ないことだよね、はぁ」
親に縋るこどものような蔡華の最期の表情が忘れられない。
親も親類もなく、孤独に生きてきた人だ。彼は少しでも幸せと感じる時があったのであろうか。
生い立ちが似通っているせいか、自分と重ねてしまう。きっと雲嵐もそうに違いない。
ちびちびと飲み進めるうち、すっかり酒がからになった。もう少し大事に飲むべきだったと後悔する。
悪霊事件の真実はさらされ、鏡花妃も無罪放免された。自分の役割は終わったはずなのに、なぜかもやもやする。
「浮かない顔をしているな」
「そりゃしますよ。あんな最期を見せつけられたら」
そう答えて酒器に口をつける。
「ひさしぶりだな」
「ってわぁぁぁぁぁ!」
腰が抜けるかと思った。入り口の引き戸が、いつのまにか手のひらひとつ分開いている。その隙間から蝶のような派手な仮面をつけた男が、そっとのぞいていた。
「入るぞ」
「どうやって扉を開けたんです、錠はしておいたはず」
「なに、開ける方法ならいくらでもある」
「東宮がコソ泥みたいなことしないでください」
「塞ぎ込んでいるようだな」
「人の言葉を無視しないでください」
相変わらず、素晴らしく魅力的な低音の声をしているが、おかしな仮面のせいで台無しだ。
「この仮面か? これはな、西洋で流行っているという仮面舞踏会で用いられるもので。本来は……」
「聞いてませんし興味もないです」
「そうか」
いったい何をしにきたんだこの男は。
護衛もつけずにこんなところまで。
皇城内は混乱している。
皇帝の側近が妃の暗殺をし、上級妃である鏡花に罪をなすりつけた。その上大麻の入手に関しては、調べを進めるうち上級官吏でも関わったものがいるらしい。
あれから蒼徳は正気を取り戻しつつあると聞くが、本当だろうか。
そしてそんな混乱の渦中に、東宮がこの荒屋へ足を運ぶ理由とは。
まさか遊びにきたんじゃないでしょうね、と疑いを表情に出せば、雲嵐が口を開く。
「父上がお呼びだ」
「父上……主上がですか?」
「お前に与える褒美の件だ」
「褒美……あっ!」
そうだ、志部。あまりにいろんなことがありすぎて、すっかり頭から抜けていた。
だが雲嵐ではなく、皇帝からお呼びがかかるとはどういうことだろう。
「わ、私一人で主上のもとに?」
「安心しろ、俺も一緒だ。なにやら俺にも話があるらしい」
「雲嵐にも?」
羅刹は首を傾げる。ふたりそろって話をされるというのは、どういうことだろう。
褒美が楽しみではあるが、なんだか胸騒ぎがする。
とりあえず羅刹は、慌てて身支度を始めた。
羅刹にはめずらしく、酒を買って帰ってきた。普段はほとんど飲まないが、あの日のことを思い出すと、どうしても酒が飲みたくなる。
あれからもう三週間が経つ。
蔡華が犯した罪は、隠されることなく明らかにされた。そして彼の一族が何をしていたかも、皆の知るところとなった。
刑を受ける前に亡くなった蔡華の遺骸は、皇城内の廟の一画に埋葬されたらしい。罪人にはすぎた処置だが、これまでの功労に応える形で、帝がそうするように指示したようだ。
「自分を見て欲しい、か」
彼は帝による死罪を願った。それによって蒼徳の脳裏に、自分のことを焼き付けておきたかったのか。一度でいいから自分のことを、愛した相手に真っ直ぐに見つめてもらいたかったのか。
「想像しても仕方ないことだよね、はぁ」
親に縋るこどものような蔡華の最期の表情が忘れられない。
親も親類もなく、孤独に生きてきた人だ。彼は少しでも幸せと感じる時があったのであろうか。
生い立ちが似通っているせいか、自分と重ねてしまう。きっと雲嵐もそうに違いない。
ちびちびと飲み進めるうち、すっかり酒がからになった。もう少し大事に飲むべきだったと後悔する。
悪霊事件の真実はさらされ、鏡花妃も無罪放免された。自分の役割は終わったはずなのに、なぜかもやもやする。
「浮かない顔をしているな」
「そりゃしますよ。あんな最期を見せつけられたら」
そう答えて酒器に口をつける。
「ひさしぶりだな」
「ってわぁぁぁぁぁ!」
腰が抜けるかと思った。入り口の引き戸が、いつのまにか手のひらひとつ分開いている。その隙間から蝶のような派手な仮面をつけた男が、そっとのぞいていた。
「入るぞ」
「どうやって扉を開けたんです、錠はしておいたはず」
「なに、開ける方法ならいくらでもある」
「東宮がコソ泥みたいなことしないでください」
「塞ぎ込んでいるようだな」
「人の言葉を無視しないでください」
相変わらず、素晴らしく魅力的な低音の声をしているが、おかしな仮面のせいで台無しだ。
「この仮面か? これはな、西洋で流行っているという仮面舞踏会で用いられるもので。本来は……」
「聞いてませんし興味もないです」
「そうか」
いったい何をしにきたんだこの男は。
護衛もつけずにこんなところまで。
皇城内は混乱している。
皇帝の側近が妃の暗殺をし、上級妃である鏡花に罪をなすりつけた。その上大麻の入手に関しては、調べを進めるうち上級官吏でも関わったものがいるらしい。
あれから蒼徳は正気を取り戻しつつあると聞くが、本当だろうか。
そしてそんな混乱の渦中に、東宮がこの荒屋へ足を運ぶ理由とは。
まさか遊びにきたんじゃないでしょうね、と疑いを表情に出せば、雲嵐が口を開く。
「父上がお呼びだ」
「父上……主上がですか?」
「お前に与える褒美の件だ」
「褒美……あっ!」
そうだ、志部。あまりにいろんなことがありすぎて、すっかり頭から抜けていた。
だが雲嵐ではなく、皇帝からお呼びがかかるとはどういうことだろう。
「わ、私一人で主上のもとに?」
「安心しろ、俺も一緒だ。なにやら俺にも話があるらしい」
「雲嵐にも?」
羅刹は首を傾げる。ふたりそろって話をされるというのは、どういうことだろう。
褒美が楽しみではあるが、なんだか胸騒ぎがする。
とりあえず羅刹は、慌てて身支度を始めた。
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