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本編
第26話 暴かれる騎士の仮面
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人間が住む領域の中で、へーファーマイアー公爵領はもっとも北に位置した。それは、人以外の種族が治める土地にもっとも近いという意味だ。他種族の侵略に備え、危険な土地に一番力を持つ貴族家を配置したように言われてきたが、実際は逆だった。
いざというときに実家の援助を得て、この土地を守るために母カサンドラが望んだ領地だ。領地替えの際に貴族達は反対しなかった。前ヘーファーマイアー公爵領は肥沃な農地が広がる海沿いの土地で、この辺境の地との交換を彼らは大喜びで受け入れたのだ。
今になれば、人間の土地の端にいる利点ばかりが目につく。ヘーファーマイアー公爵家が復興させた枯れ地は、かつて治めた土地に匹敵する収穫量を誇った。公爵家の手腕による豊かさを知る民は、領主一家と共に辺境に移り住んだ。開墾に尽力した彼らの結束は固い。
頭の中で情報を整理しながら、凡庸を装う青年の脇に控える。多種多様な種族がひしめく魔国サフィロスの名宰相として辣腕を振るうメフィストから見て、ベルンハルトは特徴がなかった。上位貴族ゆえに顔立ちは整っているが、特筆すべき部分がない。
妹アゼリアのように鮮やかな赤毛ではなく、少しくすんだ金髪は父親と同じだった。明るいブラウンと言っても通じそうな髪色に、同じ色の瞳。優しそうで穏やかな口調と表情を作り、誰にでも当たり障りのない態度で微笑みを浮かべる。
機嫌を顔に出しやすい主君イヴリースとは真逆の存在に思えた。しかし当初の印象は当てにならない、とメフィストは眼鏡越しに観察を続ける。視線の意味に気づいているくせに、ベルンハルトは何も言わなかった。
「妹が失礼した。この砦で働きたいと希望したが、それはブルーノ殿個人の相談か?」
言外にあの聖女を野放しにされては困ると匂わせる。ベルンハルトは穏やかに口元に微笑みを湛えたまま、ブルーノの反応を窺った。少し困った顔で、ブルーノが切り出す。
「彼女は私ではなく、贅沢をさせてくれる男を欲したようです。働きたいのは私だけです」
「なるほど」
もっといい男を見つけた聖女エルザに振られたとも取れる言い分だ。しかしベルンハルトは金茶の瞳を細め、笑みを深めた。
「髪飾りを買い与えた隙に置いて逃げたのでは?」
「っ! 知って……」
自領に招き入れて、そのまま放置するには危険すぎた。妹アゼリアが人前で婚約破棄などという辱めを受ける原因となった聖女を自称するエルザも、その愚かな女に惑わされた英雄の息子も、監視を付けない理由がなかった。
ノックして入室した老執事スヴェンが小さな紙片を差し出す。さっと目を通し、ベルンハルトは口角を持ち上げた。舞い込んだ情報は彼にとって都合がいい内容だ。
ヘーファーマイアー公爵家自慢の優秀な使用人達は、命じなくても彼らの監視と追跡を行った。その結果は逐一知らされ、最新の情報は手元にある。
「エルザは聖女ではない。そして聖女を騙った女の末路は悲惨です」
これが最後の判断材料だ。ベルンハルトの手腕に満足そうに頷くメフィストは、眼鏡の奥で深赤の瞳を細めた。この一族ならば魔族の強者と渡り合う実力をもつ。魔王妃の後ろ盾として十分だと――値踏みする眼差しを隠すように、眼鏡のブリッジを指で押し上げるフリで緩んだ表情を覆った。
いざというときに実家の援助を得て、この土地を守るために母カサンドラが望んだ領地だ。領地替えの際に貴族達は反対しなかった。前ヘーファーマイアー公爵領は肥沃な農地が広がる海沿いの土地で、この辺境の地との交換を彼らは大喜びで受け入れたのだ。
今になれば、人間の土地の端にいる利点ばかりが目につく。ヘーファーマイアー公爵家が復興させた枯れ地は、かつて治めた土地に匹敵する収穫量を誇った。公爵家の手腕による豊かさを知る民は、領主一家と共に辺境に移り住んだ。開墾に尽力した彼らの結束は固い。
頭の中で情報を整理しながら、凡庸を装う青年の脇に控える。多種多様な種族がひしめく魔国サフィロスの名宰相として辣腕を振るうメフィストから見て、ベルンハルトは特徴がなかった。上位貴族ゆえに顔立ちは整っているが、特筆すべき部分がない。
妹アゼリアのように鮮やかな赤毛ではなく、少しくすんだ金髪は父親と同じだった。明るいブラウンと言っても通じそうな髪色に、同じ色の瞳。優しそうで穏やかな口調と表情を作り、誰にでも当たり障りのない態度で微笑みを浮かべる。
機嫌を顔に出しやすい主君イヴリースとは真逆の存在に思えた。しかし当初の印象は当てにならない、とメフィストは眼鏡越しに観察を続ける。視線の意味に気づいているくせに、ベルンハルトは何も言わなかった。
「妹が失礼した。この砦で働きたいと希望したが、それはブルーノ殿個人の相談か?」
言外にあの聖女を野放しにされては困ると匂わせる。ベルンハルトは穏やかに口元に微笑みを湛えたまま、ブルーノの反応を窺った。少し困った顔で、ブルーノが切り出す。
「彼女は私ではなく、贅沢をさせてくれる男を欲したようです。働きたいのは私だけです」
「なるほど」
もっといい男を見つけた聖女エルザに振られたとも取れる言い分だ。しかしベルンハルトは金茶の瞳を細め、笑みを深めた。
「髪飾りを買い与えた隙に置いて逃げたのでは?」
「っ! 知って……」
自領に招き入れて、そのまま放置するには危険すぎた。妹アゼリアが人前で婚約破棄などという辱めを受ける原因となった聖女を自称するエルザも、その愚かな女に惑わされた英雄の息子も、監視を付けない理由がなかった。
ノックして入室した老執事スヴェンが小さな紙片を差し出す。さっと目を通し、ベルンハルトは口角を持ち上げた。舞い込んだ情報は彼にとって都合がいい内容だ。
ヘーファーマイアー公爵家自慢の優秀な使用人達は、命じなくても彼らの監視と追跡を行った。その結果は逐一知らされ、最新の情報は手元にある。
「エルザは聖女ではない。そして聖女を騙った女の末路は悲惨です」
これが最後の判断材料だ。ベルンハルトの手腕に満足そうに頷くメフィストは、眼鏡の奥で深赤の瞳を細めた。この一族ならば魔族の強者と渡り合う実力をもつ。魔王妃の後ろ盾として十分だと――値踏みする眼差しを隠すように、眼鏡のブリッジを指で押し上げるフリで緩んだ表情を覆った。
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