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本編
第48話 不公平な隠し事
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イヴリースが嫌がるから、アゼリアはそう言って屋敷まで下がった。彼の近くにいたら、きっと見たくなってしまう。衝動が襲ってもすぐに駆け付けられない距離なら、さすがに諦められるわ。
そう考えて母カサンドラが刺繍をする部屋で待機を決めた。
「もう! 落ち着かないから、歩き回らないで頂戴」
カサンドラに叱られ、アゼリアはしょんぼりと椅子に座った。それでも砦の塔が見える窓の前は離れない。
右へ左へ窓の前を行き来する姿は、檻の中の獣ね。呆れ顔の母が刺繍を施したハンカチを机に置き、酷使した目元を指先で摘まんだ。もみほぐしながら娘の様子を窺う。
「そんなに気になるの?」
「だって宰相閣下の狼姿も素敵だったし、きっとイヴリースはもっとカッコいいわ。それに秘密を持たれるのは嫌なの」
尻尾が5本もある狼なんて、初めて見た。前足から鬣にかけて黒く硬そうな毛が覆う灰色の狼は、角も含めて魔族らしい強さを感じさせる。魔王であるイヴリースは、当然メフィストより強かった。
どんな獣か。ドラゴンになる魔族もいるというけれど、イヴリースも鱗があるのかしら。翼や角はどんな形だろう。どんな姿であれ、誰より力強くカッコいいに決まっている。約束だから屋敷で我慢するけれど、本当は兄ベルンハルトと交代したかった。
「直接、魔王陛下にそう申し上げれば良かったじゃないの」
呆れたと滲ませた母の声に、アゼリアは複雑な思いを蘇らせる。本当は見たい、絶対に嫌いになったりしないから――そう告げてついて行きたかった。
「イヴリース、本心から嫌がってた」
誰に教わるでもなく、そう気付いてしまった。獣人は魔族と同じで強さを尊ぶ傾向にある。そのため魔王という最強の称号を持つ存在を、嫌うわけがないのだ。しかし見せたくないと拒まれたのは、きっとそれだけ愛されているから。
ベルンハルトは立会人として連れて行くのに、婚約者に見ないよう言い含めた。そこに滲むイヴリースの嫌悪感に気付いてしまったら、我が侭を振りかざすのは気が引ける。
説明を聞いた母カサンドラは、からりと笑って机の上のポットからハーブティを注いだ。娘の分に蜂蜜を垂らし、自らはそのまま口に運ぶ。一口飲んでから、溜め息混じりに肩の力を抜いた。
「アゼリアは狐の姿で駆けつけたけれど、獣化した自分を見せるのは怖くなかったのかしら」
「……考える前に着いてしまったわ。でも、冷静だったら怖かったと思う」
イヴリース達が傷ついた可能性に怯えて、自分の姿が獣であることも忘れていた。そうでなければ、あんな醜い姿を婚約者に見せられない。呟いたアゼリアへ、カサンドラはカップに残ったお茶を飲み干して言い放った。
「同じよ。魔族の最終形態は全て獣やドラゴンのような恐ろしい外見をしていると聞くわ。きっとあなたを怖がらせたくないのね。嫌われたくないと思うのは、アゼリアも魔王陛下も同じ。それにあなたは見られたのに、見せてもらえないのは不公平ではなくて?」
ぱちくりと目を瞬かせ、アゼリアは窓枠に頬杖をついた。視線の先は、砦の塔が日差しの中に聳え立つ見慣れた風景だ。まだ何も動きのない砦を見ながら、アゼリアはぽつりと呟いた。
「いつか……見せて欲しいわ」
やっぱり隠し事は嫌だもの。
そう考えて母カサンドラが刺繍をする部屋で待機を決めた。
「もう! 落ち着かないから、歩き回らないで頂戴」
カサンドラに叱られ、アゼリアはしょんぼりと椅子に座った。それでも砦の塔が見える窓の前は離れない。
右へ左へ窓の前を行き来する姿は、檻の中の獣ね。呆れ顔の母が刺繍を施したハンカチを机に置き、酷使した目元を指先で摘まんだ。もみほぐしながら娘の様子を窺う。
「そんなに気になるの?」
「だって宰相閣下の狼姿も素敵だったし、きっとイヴリースはもっとカッコいいわ。それに秘密を持たれるのは嫌なの」
尻尾が5本もある狼なんて、初めて見た。前足から鬣にかけて黒く硬そうな毛が覆う灰色の狼は、角も含めて魔族らしい強さを感じさせる。魔王であるイヴリースは、当然メフィストより強かった。
どんな獣か。ドラゴンになる魔族もいるというけれど、イヴリースも鱗があるのかしら。翼や角はどんな形だろう。どんな姿であれ、誰より力強くカッコいいに決まっている。約束だから屋敷で我慢するけれど、本当は兄ベルンハルトと交代したかった。
「直接、魔王陛下にそう申し上げれば良かったじゃないの」
呆れたと滲ませた母の声に、アゼリアは複雑な思いを蘇らせる。本当は見たい、絶対に嫌いになったりしないから――そう告げてついて行きたかった。
「イヴリース、本心から嫌がってた」
誰に教わるでもなく、そう気付いてしまった。獣人は魔族と同じで強さを尊ぶ傾向にある。そのため魔王という最強の称号を持つ存在を、嫌うわけがないのだ。しかし見せたくないと拒まれたのは、きっとそれだけ愛されているから。
ベルンハルトは立会人として連れて行くのに、婚約者に見ないよう言い含めた。そこに滲むイヴリースの嫌悪感に気付いてしまったら、我が侭を振りかざすのは気が引ける。
説明を聞いた母カサンドラは、からりと笑って机の上のポットからハーブティを注いだ。娘の分に蜂蜜を垂らし、自らはそのまま口に運ぶ。一口飲んでから、溜め息混じりに肩の力を抜いた。
「アゼリアは狐の姿で駆けつけたけれど、獣化した自分を見せるのは怖くなかったのかしら」
「……考える前に着いてしまったわ。でも、冷静だったら怖かったと思う」
イヴリース達が傷ついた可能性に怯えて、自分の姿が獣であることも忘れていた。そうでなければ、あんな醜い姿を婚約者に見せられない。呟いたアゼリアへ、カサンドラはカップに残ったお茶を飲み干して言い放った。
「同じよ。魔族の最終形態は全て獣やドラゴンのような恐ろしい外見をしていると聞くわ。きっとあなたを怖がらせたくないのね。嫌われたくないと思うのは、アゼリアも魔王陛下も同じ。それにあなたは見られたのに、見せてもらえないのは不公平ではなくて?」
ぱちくりと目を瞬かせ、アゼリアは窓枠に頬杖をついた。視線の先は、砦の塔が日差しの中に聳え立つ見慣れた風景だ。まだ何も動きのない砦を見ながら、アゼリアはぽつりと呟いた。
「いつか……見せて欲しいわ」
やっぱり隠し事は嫌だもの。
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