69 / 238
本編
第66話 死にたくなければ動け
しおりを挟む
「アゼリア」
名を呼ばれた直後、飛び起きた彼に抱きつかれた。はしたないと思いながら、婚約者だから許されると自分に言い聞かせ、彼の背に手を回す。ぎゅっと強く抱いたイヴリースから若いハーブの匂いがした。すっきりした香りを、目をとじて吸い込む。
どん! 激しい衝撃音がして、あちこちで何かが壊れる音がした。木々を爆風が押し倒し、動物達が逃げ惑う。意味が分からなくて、ただ怖くてしがみ付いた。
「もう大丈夫だ。そなたは余が守るゆえ」
とんとんと落ち着かせるように背を叩くイヴリースの声に目を開くと、景色は一変していた。
美しい絵画のような平和でのどかな風景はなく、緑の草原は黒く焼け焦げ木々は悲鳴を上げて燃える。生きたまま焼かれる木々と、動物達の感情が一気に押し寄せた。
なぜ? くるしい、なにを。やめて、こわい。こないで……ひがあつい。
言葉より鮮明に押し寄せる大量の感情を処理できず、アゼリアは頭を抱え込んだ。感受性の強い獣人は、他者の痛みに敏感だ。通常は押さえ込んでいる鋭敏な感覚能力が、今は解放されていた。
目を見開いて涙を流す婚約者の、苦痛を和らげるために結界を張る。すでに第三形態まで見せているイヴリースに躊躇いは少なかった。魔力を解放する第二形態で翼を使って彼女を抱き込む。
「我が君!」
「っ! 貴様、我が娘になにを」
転移したメフィストと、無理やり同行したアウグストの声が聞こえた。抱き込んだ婚約者の温もりを名残惜しく思いながら、父親であるアウグストへ渡す。引き留めるアゼリアの指は、なかなか解けなかった。
「侵入者だ、余が排除する。アウグスト殿、我が愛しのアゼリアを預ける。カサンドラ殿の助けが必要だ」
端的に最低限の要件を告げて、イヴリースは牙を見せつけるように口元を歪めた。苛立ちと怒りが彼の身を貫く。
どのような理由があれ、愛しの番を怯えさせ、魔王に喧嘩を売ったのだ。千々に裂いてばら撒いてくれる。ばさりと翼をはためかせ浮いたイヴリースの黒瞳が、森の方角を見据えた。敵の位置を探るまでもなく、強い魔力反応が出ている。
「先に行くぞ、メフィスト」
「お待ちください、ゴエティアを……」
誰かを呼んで同行させなくては……と叫ぶ間に、イヴリースの姿は消えた。遅れて衝撃波が大気を揺らす。がくりと肩を落としたメフィストは、主君の後始末を始めた。
「何が……?」
「閣下には、いくつか命令を出していただきます。まず砦にいる騎士や兵士をすべて屋敷に下がらせてください。それから民も屋敷より後ろで保護すること。屋敷の前に陛下が結界を張っていますので、それより後ろに下がってください」
「だが」
「死なせたくなければ動けっ!」
口調も声量も豹変したメフィストの叱咤に、ようやくアウグストの頭が動き出した。まず民を逃して守り、戦力を後ろに引かせて防衛ラインを引く。娘は妻に預けるしかあるまい。陣頭指揮を執る息子に合流する必要があった。
やることが見えて覚悟が決まると、アウグストの表情が引き締まる。震える娘を抱き寄せる父を、屋敷へ転送したメフィストは肩を竦めた。
「さて、私も参りましょうか」
名を呼ばれた直後、飛び起きた彼に抱きつかれた。はしたないと思いながら、婚約者だから許されると自分に言い聞かせ、彼の背に手を回す。ぎゅっと強く抱いたイヴリースから若いハーブの匂いがした。すっきりした香りを、目をとじて吸い込む。
どん! 激しい衝撃音がして、あちこちで何かが壊れる音がした。木々を爆風が押し倒し、動物達が逃げ惑う。意味が分からなくて、ただ怖くてしがみ付いた。
「もう大丈夫だ。そなたは余が守るゆえ」
とんとんと落ち着かせるように背を叩くイヴリースの声に目を開くと、景色は一変していた。
美しい絵画のような平和でのどかな風景はなく、緑の草原は黒く焼け焦げ木々は悲鳴を上げて燃える。生きたまま焼かれる木々と、動物達の感情が一気に押し寄せた。
なぜ? くるしい、なにを。やめて、こわい。こないで……ひがあつい。
言葉より鮮明に押し寄せる大量の感情を処理できず、アゼリアは頭を抱え込んだ。感受性の強い獣人は、他者の痛みに敏感だ。通常は押さえ込んでいる鋭敏な感覚能力が、今は解放されていた。
目を見開いて涙を流す婚約者の、苦痛を和らげるために結界を張る。すでに第三形態まで見せているイヴリースに躊躇いは少なかった。魔力を解放する第二形態で翼を使って彼女を抱き込む。
「我が君!」
「っ! 貴様、我が娘になにを」
転移したメフィストと、無理やり同行したアウグストの声が聞こえた。抱き込んだ婚約者の温もりを名残惜しく思いながら、父親であるアウグストへ渡す。引き留めるアゼリアの指は、なかなか解けなかった。
「侵入者だ、余が排除する。アウグスト殿、我が愛しのアゼリアを預ける。カサンドラ殿の助けが必要だ」
端的に最低限の要件を告げて、イヴリースは牙を見せつけるように口元を歪めた。苛立ちと怒りが彼の身を貫く。
どのような理由があれ、愛しの番を怯えさせ、魔王に喧嘩を売ったのだ。千々に裂いてばら撒いてくれる。ばさりと翼をはためかせ浮いたイヴリースの黒瞳が、森の方角を見据えた。敵の位置を探るまでもなく、強い魔力反応が出ている。
「先に行くぞ、メフィスト」
「お待ちください、ゴエティアを……」
誰かを呼んで同行させなくては……と叫ぶ間に、イヴリースの姿は消えた。遅れて衝撃波が大気を揺らす。がくりと肩を落としたメフィストは、主君の後始末を始めた。
「何が……?」
「閣下には、いくつか命令を出していただきます。まず砦にいる騎士や兵士をすべて屋敷に下がらせてください。それから民も屋敷より後ろで保護すること。屋敷の前に陛下が結界を張っていますので、それより後ろに下がってください」
「だが」
「死なせたくなければ動けっ!」
口調も声量も豹変したメフィストの叱咤に、ようやくアウグストの頭が動き出した。まず民を逃して守り、戦力を後ろに引かせて防衛ラインを引く。娘は妻に預けるしかあるまい。陣頭指揮を執る息子に合流する必要があった。
やることが見えて覚悟が決まると、アウグストの表情が引き締まる。震える娘を抱き寄せる父を、屋敷へ転送したメフィストは肩を竦めた。
「さて、私も参りましょうか」
23
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
処刑された王女は隣国に転生して聖女となる
空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる
生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。
しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。
同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。
「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」
しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。
「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」
これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています
木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。
少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが……
陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。
どちらからお読み頂いても話は通じます。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど
睦月はむ
恋愛
剣と魔法の国オルランディア王国。坂下莉愛は知らぬ間に神薙として転移し、一方的にその使命を知らされた。
そこは東西南北4つの大陸からなる世界。各大陸には一人ずつ聖女がいるものの、リアが降りた東大陸だけは諸事情あって聖女がおらず、代わりに神薙がいた。
予期せぬ転移にショックを受けるリア。神薙はその職務上の理由から一妻多夫を認められており、王国は大々的にリアの夫を募集する。しかし一人だけ選ぶつもりのリアと、多くの夫を持たせたい王との思惑は初めからすれ違っていた。
リアが真実の愛を見つける異世界恋愛ファンタジー。
基本まったり時々シリアスな超長編です。複数のパースペクティブで書いています。
気に入って頂けましたら、お気に入り登録etc.で応援を頂けますと幸いです。
連載中のサイトは下記4か所です
・note(メンバー限定先読み他)
・アルファポリス
・カクヨム
・小説家になろう
※最新の更新情報などは下記のサイトで発信しています。
https://note.com/mutsukihamu
※表紙などで使われている画像は、特に記載がない場合PixAIにて作成しています
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる