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本編
第68話 待っている人がいるのよ
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激しい音と振動、噴き上がる炎、地面に生える氷柱……超常現象に怯える民を、ベルンハルトは必死に宥める。あれは味方の魔王軍が、攻め込んだ敵を倒しているのだと――徐々に民が落ち着いた頃、父アウグストが顔を見せた。
常に領民を第一にしてきた父が遅れたことに、嫌な予感がした。近づいたベルンハルトに、アウグストは力なく呟く。
「アゼリアが……っ」
言葉を詰まらせた父に「あとを頼みます」と言い残し、屋敷の奥庭へ向かう。そこに母カサンドラと一緒にアゼリアがいるはずだ。可愛い妹に何があったのか、魔王イヴリースが守ってくれるのではなかったか? 何をしているのだ!
苛立ちが滲む足音はいつもより音高く響く。廊下を抜けて屋敷から飛び出した。色とりどりの花が咲き乱れる庭園で、アゼリアは眠っている。意識がないためか、別の理由があるのか。赤毛から薄茶の耳が覗いていた。膨らんだワンピースの中に尻尾があるのだろう。
唇に指を当てて「しー」と静かにするよう示す母の仕草に、頭に上った血が下がる。足音どころか呼吸音まで忍ばせて近づいた。外壁の向こうから響く戦いの音があるので、そこまでしなくても聞こえなかっただろう。用心深く近づいた兄は、妹の頬に残る涙の跡に眉を寄せる。
何があったのか――問いたい気持ちを抑えて、拳を握り込んだ。あの魔族を信じた自分が悪いのか? 妹を愛していると言ったくせに、こうして泣かせたのなら許さない。たとえ敵わずとも一太刀浴びせてやろう。ぺたりと座った息子に、母は静かに首を横にふった。
顔色や表情から、ある程度考えていることを読んだのだ。それは勘違いだと否定し、母は愛しい娘の赤毛をそっと梳く。それから顔を上げて、息子に隣に座るよう告げた。
「ここにおいでなさい」
「アゼリアが起きてしまいます」
小声で返すと、首を横に振って否定したカサンドラが結い上げた髪が解れた一房を耳にかける。もう一度座るよう示し、迷ったがベルンハルトは尻を落とした。ここで言い争っても仕方ない。それくらいなら、父と一緒に向こうに残った方が良かったのだから。
「さっき、アウグストが連れてきたの。この子ったら、獣人の特性を色濃く受け継いだのね。先祖返りよ。獣化するだけの能力があるのだから、注意してあげればよかったの」
後悔している母の言葉は、少し掠れていた。泣きそうな顔でアゼリアの額に滲んだ汗を拭う。償いに似た仕草の上に、溜め息が重ねられた。
「外の敵が最初に放った攻撃で、森が焼けたわ。獣人は森と共に生まれ、死ぬ――そう言われるほど、森と親和力が高いのよ。傷ついた森や動物の悲鳴をまともに受けてしまった」
感受性が高いと置き換え、ベルンハルトは妹の状態に気づいた。彼女が受け止められる器を超える衝撃に、限界を迎えて倒れたのだ。処理できない量の書類を抱えて、助けを求められない状態を思い浮かべて納得する。頷いた息子に、カサンドラは微笑んだ。
「この子は私がついている。だから民を守りなさい、あなたの民なのよ。最優先で守ってこそ、アゼリアもあなたを誇ってくれるわ」
国王とは、誰より民のためを思って行動する。国という器ではなく、中を満たす民こそが財産――子供の頃から言い聞かせた言葉を実践するときだ。そう告げる母に頷き「アゼリアをお願いします、母上」と残して踵を返した。
振り向かない息子の背に、いつの間にここまで成長したのかと目を瞠り、娘の頬を優しく撫でた。ゆっくり休ませてやりたい気持ちは母親としての感情、しかし女王や王妃なら別の感情を優先する。
「あなたも……待っている人がいるのよ。早く目を覚まして支えなくてはね」
常に領民を第一にしてきた父が遅れたことに、嫌な予感がした。近づいたベルンハルトに、アウグストは力なく呟く。
「アゼリアが……っ」
言葉を詰まらせた父に「あとを頼みます」と言い残し、屋敷の奥庭へ向かう。そこに母カサンドラと一緒にアゼリアがいるはずだ。可愛い妹に何があったのか、魔王イヴリースが守ってくれるのではなかったか? 何をしているのだ!
苛立ちが滲む足音はいつもより音高く響く。廊下を抜けて屋敷から飛び出した。色とりどりの花が咲き乱れる庭園で、アゼリアは眠っている。意識がないためか、別の理由があるのか。赤毛から薄茶の耳が覗いていた。膨らんだワンピースの中に尻尾があるのだろう。
唇に指を当てて「しー」と静かにするよう示す母の仕草に、頭に上った血が下がる。足音どころか呼吸音まで忍ばせて近づいた。外壁の向こうから響く戦いの音があるので、そこまでしなくても聞こえなかっただろう。用心深く近づいた兄は、妹の頬に残る涙の跡に眉を寄せる。
何があったのか――問いたい気持ちを抑えて、拳を握り込んだ。あの魔族を信じた自分が悪いのか? 妹を愛していると言ったくせに、こうして泣かせたのなら許さない。たとえ敵わずとも一太刀浴びせてやろう。ぺたりと座った息子に、母は静かに首を横にふった。
顔色や表情から、ある程度考えていることを読んだのだ。それは勘違いだと否定し、母は愛しい娘の赤毛をそっと梳く。それから顔を上げて、息子に隣に座るよう告げた。
「ここにおいでなさい」
「アゼリアが起きてしまいます」
小声で返すと、首を横に振って否定したカサンドラが結い上げた髪が解れた一房を耳にかける。もう一度座るよう示し、迷ったがベルンハルトは尻を落とした。ここで言い争っても仕方ない。それくらいなら、父と一緒に向こうに残った方が良かったのだから。
「さっき、アウグストが連れてきたの。この子ったら、獣人の特性を色濃く受け継いだのね。先祖返りよ。獣化するだけの能力があるのだから、注意してあげればよかったの」
後悔している母の言葉は、少し掠れていた。泣きそうな顔でアゼリアの額に滲んだ汗を拭う。償いに似た仕草の上に、溜め息が重ねられた。
「外の敵が最初に放った攻撃で、森が焼けたわ。獣人は森と共に生まれ、死ぬ――そう言われるほど、森と親和力が高いのよ。傷ついた森や動物の悲鳴をまともに受けてしまった」
感受性が高いと置き換え、ベルンハルトは妹の状態に気づいた。彼女が受け止められる器を超える衝撃に、限界を迎えて倒れたのだ。処理できない量の書類を抱えて、助けを求められない状態を思い浮かべて納得する。頷いた息子に、カサンドラは微笑んだ。
「この子は私がついている。だから民を守りなさい、あなたの民なのよ。最優先で守ってこそ、アゼリアもあなたを誇ってくれるわ」
国王とは、誰より民のためを思って行動する。国という器ではなく、中を満たす民こそが財産――子供の頃から言い聞かせた言葉を実践するときだ。そう告げる母に頷き「アゼリアをお願いします、母上」と残して踵を返した。
振り向かない息子の背に、いつの間にここまで成長したのかと目を瞠り、娘の頬を優しく撫でた。ゆっくり休ませてやりたい気持ちは母親としての感情、しかし女王や王妃なら別の感情を優先する。
「あなたも……待っている人がいるのよ。早く目を覚まして支えなくてはね」
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