【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

文字の大きさ
83 / 238
本編

第80話 薄れる影に忍び寄る闇

しおりを挟む
 人間なら影は肉体に対して発生する。だから死んだ後でも薄れたりしない。しかし魔族や獣人は違った。彼らの肉体は仮初の物、本体は魔力であり魂と呼ぶ内面にある。価値の持ちようが根本的に異なる種族なのだ。

 魔族や獣人は死が近づくと影が薄くなる。アゼリアは人間の血を引く獣人だった。獣人の血を引く人間ではない。種族は獣人であり、肉体より内面が重視された。

 つまり、彼女の寿命が何らかの理由で減ったという意味だ。

「魔王、陛下……そんな、私の娘がっ!」

 指摘された意味を理解するのは、カサンドラだけだった。獣人王家の姫だった美女は、血の気が引いたのか崩れ落ちる。

「っ、母上? 何が」

 駆け寄ったベルンハルトが、カサンドラを受け止めた。しかし腰が立たない彼女はぐったりと身を預け、頬を涙で濡らす。可愛い娘が幸せを掴んだと思ったら、目の前に死が近づいていると突きつけられた。

 代われるなら私が……そう思うのは、母親なら当然の心境だ。震えるカサンドラから事情を聞くのを諦めたベルンハルトは、抱き上げた母をソファに下ろした。青白い顔をしているが、意識ははっきりしている。

 ほっと息をついて振り返れば、眠る妹アゼリアを抱き締める魔王の震えに気付いた。強大な蛇やヒュドラを前にしても、怯む姿など見せたことがない。自信たっぷりで、傲岸不遜な物言いが似合う男が、母を見失った迷子のように肩を震わせた。

「余は許さぬ、そのような……メフィスト! すぐに参れ」

 ぶつぶつ呟いた直後、配下を呼び出す。宰相としての仕事があると魔国サフィロスへ戻った彼は、呼び出す主君の声に転移を使った。膝をついて頭を下げ、次の命令を待つ。

「アゼリアを苦しめる原因はまだわからぬか!? 影が薄れておる。急げ!」

「……影が? 失礼いたします」

 立ち上がらずに距離を詰めたメフィストが、足元に視線を落とす。釣られてベルンハルトも床を眺めた。明るい日差しは、誰の足元にも公平に影を作る。それが家具や窓の桟であっても関係なかった。アゼリアや魔王にも影がある。

「薄い? 足りない?」

 ベルンハルトが違和感に気づく。薄いと表現されれば正しいのだが、足りないと本能が囁いた。足りないのだ、何かが決定的に欠けている。

「足りない、と申したか?!」

 魔王イヴリースの剣幕に、驚きながらもベルンハルトの首が縦に動く。理由も理屈も分からないが、足りないと思ったのは事実だった。その単語を聞くなり、メフィストが眼鏡の縁を指でなぞった。

「陛下、いますこしお時間を。心当たりができました」

「早くいたせ! 間に合わねば……世界ごと滅ぼしてくれる」

「かしこまりまして」

 灰色の髪が床につくほど深く伏せたメフィストが消える。魔国に戻ったのだと思うが、ベルンハルトは得体の知れない恐怖に寒さを覚えた。それが放たれた魔力による威圧の影響だと知らず、数歩下がる。

「アゼリア……我が愛しの運命、残して行くな」

 壊れそうな声と呟きをこぼした魔王の顔は、長い黒髪に隠れて見えなかった。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

処刑された王女は隣国に転生して聖女となる

空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる 生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。 しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。 同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。 「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」 しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。 「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」 これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。

虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。

ラディ
恋愛
 一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。  家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。  劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。  一人の男が現れる。  彼女の人生は彼の登場により一変する。  この機を逃さぬよう、彼女は。  幸せになることに、決めた。 ■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です! ■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました! ■感想や御要望などお気軽にどうぞ! ■エールやいいねも励みになります! ■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。 ※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸
恋愛
社畜女子だったユイは、気づけば異世界に召喚されていた。 慣れない魔法の世界と貴族社会の中で右往左往しながらも、なんとか穏やかに暮らし始めたある日。 なぜか王立魔道士団の団長カイルが、やたらと家に顔を出すようになる。 氷のように冷静で、美しく、周囲の誰もが一目置く男。 そんな彼が、ある日突然ユイの前で言い放った。 「……俺にかけた魅了魔法を解け」 私、そんな魔法かけてないんですけど!? 穏やかなはずの日々に彼の存在が、ユイの心を少しずつ波立たせていく。 まったりとした日常の中に、時折起こる小さな事件。 人との絆、魔法の力、そして胸の奥に芽生え始めた“想い” 異世界で、ユイは少しずつ——この世界で生きる力と、誰かを想う心を知っていく。 ※タイトルのシーンは7話辺りからになります。 ゆったりと話が進みますが、よろしければお付き合いください。 ※カクヨム様にも投稿しています。

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

処理中です...