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本編
第90話 狂えない囚人は哄笑する
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アベルが弟イヴリースを疎んでいるのは、見れば理解できた。我が侭を言って父母から愛情を受け取ろうと試みる。愚かで哀れな兄の振る舞いを、イヴリースは冷めた目で見ていた。あの時点で2人の素質は明らかに別物だ。
感情豊かで愛情を乞うことに貪欲な兄、何もかも己の思うままに叶える力を持つが故に冷淡な弟――魔王がまだ健在ならば、何も起きずに終わっただろう。世界が望んだのか、それまで強健であった魔王が突如、崩御した。暗殺ではなく、病死でもない。自殺だった。
最愛の番を喪った痛みに己を滅した魔王の崩御は、魔国に阿鼻叫喚の悲劇を巻き起こす。後を追う側近達、空席になった地位を狙う魔族、強者は己こそが魔王にふさわしいと親族を排除しはじめ、血で血を洗う騒動が魔国を揺るがした。
成人前のイヴリースにも、大量の刺客が向けられた。彼の強さと魔力量の多さは有名で、次の魔王候補として名が挙げられたのだ。この時点で第三形態までしか解放していなかったイヴリースが、第四形態を得たのはこの時だ。
抗うのも面倒とばかりに、攻撃を仕掛けた兄に背を向ける。強者ゆえの傲り……そして予想外に背後から仕掛けられた魔術に膝を着き掛けた。激しい怒りと傷つけられた誇り、苛立ちに本能が咆哮をあげる。アベルを叩きのめし、それでも収まらぬイヴリースの怒りは、周囲の村落をいくつも消滅させた。
圧倒的な強さを前に、父母は状況を悟った。己の息子が魔王になる。竜と化したイヴリースに抵抗せず殺された両親、自らの身を誇らしげに切り刻んだ姉、そしてアベルは逃げ出した。追いかける竜が嬲るように、圧倒的な力で角を折り羽を破く。体の中央に爪が突き刺さる直前、側近となるメフィストが止める。
禁呪に気づかずアベルを殺せば、魔王となる最強の魔族を道連れにできる。そう考えて施した呪術は途中で堰き止められた。
「あの方と繋がるなど……八つ裂きにしても足りません。だから、生かしてあげましょう」
死んで楽にさせない。イヴリースを道連れにする権利など与えるものか。
残酷に宣言したメフィストの目は、笑みを浮かべる顔と正反対に妬みや憎悪の光を放っていた。魔王イヴリースと繋がっているから、殺さない。同時に、生きてさえいれば何をしてもいい。そう考えたメフィストは、アベルを幽閉の塔へ閉じ込めた。
決して死なせてはならない囚人を入れる箱だ。自殺も他殺も許されない。狂うことも出来ない最悪の場所で、アベルは数十年を過ごした。精神はとうに摩耗して、望みひとつが残る。
――イヴリースを破滅させたい。
ようやく手が届く位置まで来た。地下牢の薄汚い壁に背を預け、微笑んで手を伸ばす。助けを求める仕草ではなかった。劇の俳優が行うような、己への称賛を求める動きでこてりと首をかしげる。
「殺す……俺を? エリゴス、それは無理だ」
この牢から連れ出し、修復が効かなくなった身体が動かなくなることはあっても、この淀んだ魂は殺せない。狂人になり損ねたために捻じ曲がった心を抱き、後手に回った彼らをアベルは哄笑した。
感情豊かで愛情を乞うことに貪欲な兄、何もかも己の思うままに叶える力を持つが故に冷淡な弟――魔王がまだ健在ならば、何も起きずに終わっただろう。世界が望んだのか、それまで強健であった魔王が突如、崩御した。暗殺ではなく、病死でもない。自殺だった。
最愛の番を喪った痛みに己を滅した魔王の崩御は、魔国に阿鼻叫喚の悲劇を巻き起こす。後を追う側近達、空席になった地位を狙う魔族、強者は己こそが魔王にふさわしいと親族を排除しはじめ、血で血を洗う騒動が魔国を揺るがした。
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圧倒的な強さを前に、父母は状況を悟った。己の息子が魔王になる。竜と化したイヴリースに抵抗せず殺された両親、自らの身を誇らしげに切り刻んだ姉、そしてアベルは逃げ出した。追いかける竜が嬲るように、圧倒的な力で角を折り羽を破く。体の中央に爪が突き刺さる直前、側近となるメフィストが止める。
禁呪に気づかずアベルを殺せば、魔王となる最強の魔族を道連れにできる。そう考えて施した呪術は途中で堰き止められた。
「あの方と繋がるなど……八つ裂きにしても足りません。だから、生かしてあげましょう」
死んで楽にさせない。イヴリースを道連れにする権利など与えるものか。
残酷に宣言したメフィストの目は、笑みを浮かべる顔と正反対に妬みや憎悪の光を放っていた。魔王イヴリースと繋がっているから、殺さない。同時に、生きてさえいれば何をしてもいい。そう考えたメフィストは、アベルを幽閉の塔へ閉じ込めた。
決して死なせてはならない囚人を入れる箱だ。自殺も他殺も許されない。狂うことも出来ない最悪の場所で、アベルは数十年を過ごした。精神はとうに摩耗して、望みひとつが残る。
――イヴリースを破滅させたい。
ようやく手が届く位置まで来た。地下牢の薄汚い壁に背を預け、微笑んで手を伸ばす。助けを求める仕草ではなかった。劇の俳優が行うような、己への称賛を求める動きでこてりと首をかしげる。
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