【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

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本編

第92話 お前だけが感情を揺さぶる

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 渾々と眠るアゼリアを抱き上げる。顔色は不健康に青白く、透き通ったように気配が薄かった。依代の気配が濃くなるほど、アゼリアの生気は奪われる。

 こうして本物を目の前にすれば、あの依代になぜ心傾けたのか。不思議になるほど違いが鮮明になった。どんなに精巧に作ろうと、偽物は本物になれない。それなのに、依代に感じた感情は……結界の影響だった。アゼリアに似た紛い物と理解しながら、彼女の一部を持つだけで守ろうとする。無意識だった。

 本物を置いて離れるなど、あり得ないのに。彼女以上に大切な存在はない。頬擦りすれば、体温が下がった彼女の肌が荒れているのに気づく。かつての弾力ある柔らかさが奪われ、かさかさと乾燥した肌は年老いた印象を与えた。

 獣人と人間の子であるアゼリアの寿命は、魔王であるイヴリースより短い。夏の蝶とまで言わぬが、半分以下だろう。ルベウス王家の血を色濃く継ぐアゼリアの晩年は短く、年老いたら数年で死ぬことも理屈では知っている。若さをぎりぎりまで保つ彼女の体質も理解した。

 最後まで彼女を愛する確信を得た――この姿を見てもアゼリアを愛しいと思う気持ちは消えない。ただ、隣で笑ってくれれば満足だった。だから彼女を奪い変質させる行為は許さない。

 足元に魔法陣を描いたイヴリースは、転移で薄れる視界にカサンドラとアウグストの姿を見た。手を胸の前に組んで祈る母、娘を奪う男に敵意を示した父は無言で見据える。あれが、親か。子供のためになるなら、己の感情も利害関係もすべて放棄する強さを感じた。己の親がどうであったか、もう覚えていないイヴリースは目を伏せる。

 次に目を開けたのは、地下牢へ続く廊下だった。少し先に依代を入れた部屋がある。響く足音に重なるのは、控えめな足音だ。そこに何かを引きずる重い音が混じる。

「陛下、お待たせせずに済んで安心いたしました」

 廊下の向こうから来た側近は血塗れだった。手足が無事なところを見ると、返り血だろう。メフィストを害して手足を千切れる強者は、イヴリースを入れても片手で数えるほど。心配は無用だった。

「それは?」

「儀式に必要な供物です」

 にっこり笑って、頬に飛んだ血を拭う。メフィストの足元に転がるのは、両手両足を切り落とされた胴体と首だ。赤く染まった肌に暗い色の髪が張り付く男は、見覚えがあった。

「では参りましょう」

 兄アベルだと認識しても、感情は揺れない。自分の感情が揺さぶるのは、アゼリアのみと再認識した。抱き上げた軽すぎる身体を、温めるように両腕で包み込む。かさついた唇を舐めて潤し、ゆっくりと重ねた。

「……ん、イヴ……?」

 掠れた声に「そうだ」と返してやり、メフィストが開いた牢の中に踏み入る。檻が閉まると上下左右見渡す限りの魔法陣に包まれた。

「依代と母体はそれぞれに……ああ、離れるのは難しいかぁ」

 イヴリースがアゼリアを離そうとしないので、少し迷ってバラムが別の形を提案した。

「そこに敷物を用意して、彼女を横たえる。手を握ってていいから、少し距離を開けて」

 敷物を用意しようが、アゼリアを牢に寝かせることが気に入らない。しかしこの僅かな時間を堪えれば、彼女は戻れるのだ。イヴリースは我慢を自分に言い聞かせた。巨大な獅子を狩った際に得た毛皮を敷き詰め、クッションを積んで柔らかな寝床へアゼリアを横たえる。

「メフィスト、呪術師はイヴリースの近く……よし、これで足りないものはないかな」

 指折り数えたバラムが満足そうに頷いた。
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