105 / 238
本編
第102話 余に抱えられるのは嫌か
しおりを挟む
「クリスタ国にいくぞ!」
そう言い放った魔王への返答は「何をおっしゃるやら」と呆れた宰相の叱咤だった。国の頂点である王の署名を必要とする書類が溜まっている。このままでは魔国サフィロスの運営に関わると、切々と語られたらイヴリースも無視できない。あれこれ言い訳したが最後は折れ、書類を片付けた後で出掛ける話にまとまった。
大量に積まれた書類を驚くべき速さで片づけるイヴリースの膝の上で、アゼリアに出来るのは応援くらいだ。だが声をかけると邪魔になる気がして、大人しく彼にしがみついていた。メフィストも認めているし、問題ないのよね。
機嫌よく書類を捌く上司を横目に、メフィストは手早く書類を分類した。本当に読んでいるのか不安になる速さで、次々と項目別の箱に書類を投げ入れる。その束を魔法で引き寄せ、イヴリースは斜めに読んだと思ったら署名した。
「お手伝いできなくて申し訳ないわ」
「簡単なことでよろしければ、こちらを」
メフィストは立ち上がり近づくが、一定の距離で止まった。署名の手を休めたイヴリースが、睨みつけるように威嚇する。ここが限界の距離らしいが、説明するには遠すぎた。
「陛下、お仕事をなさってください。アゼリア姫にご説明するだけですから」
きちんと話せば唸りながらも諦めたのか、またペンを走らせる。その間に朱肉と印章を差し出した。手が触れないぎりぎりの距離で、書類を1枚翳して下部の空欄を指差す。
「ここにその印章を押してください。上下がありますので……その窪みが上部です。多少斜めでも問題ありませんので、お願いいたしますね」
渡された書類は数十枚なので、彼らの処理する枚数に比べたら少ない。だが任されたことが嬉しくて、アゼリアは大きく頷いた。
「わかったわ、内容は確認しなくていいの?」
「確認後の書類をお渡ししますので、押していただくだけで結構です」
イヴリースの膝から降りようとしたら、全力で拒否された。仕事をしないと駄々を捏ねる彼に苦笑いし、座る位置をずらして机に向かう。気を遣ったイヴリースが机の端を開けてくれた。そこで1枚ずつ丁寧に押印していく。
任された数十枚が終わる頃、思ったより体力が落ちていた事実を突きつけられ、アゼリアは反省した。確かに両手で持つ印章は重いが、以前なら何てことはない作業だったはず。
明らかに体力不足だ。疲れるなんておかしい。それに……見下ろした身体は弛んでいる気がした。鍛えていないのだから、筋肉が落ちたのかも。だらしない身体になる前に、もう一度鍛えなくちゃ。
ぐっと拳を握って決意するアゼリアを、イヴリースは抱き寄せた。額や頬に口づけ、抱いて立ち上がろうとする。
「まって! イヴリース、私歩くわ」
「……余に抱えられるのは嫌か?」
なんで泣きそうな声なの。思わず首を横に振りそうになり、絆されてはいけないと気を引き締める。この甘い声に流された結果が、身体の弛みに繋がるの! 自分に言い聞かせ、アゼリアは笑顔で婚約者の説得を始めた。
「私の身体が鈍ってしまうわ。歩けなくなるだけならまだしも、腰や胸が弛んだら嫌なの……あなたの前では、いつまでも美しくいたいから」
お願い。両手を合わせて願えば、息を飲んだ後ほわりと表情を和らげる。説得はうまく行ったらしい。靴が必要だろうと用意してくれ、膝をついて履かせてくれたのはやり過ぎだと思うけど。メフィストは何も言わなかった。諦めたのかしら。
「溜まった書類は片付けた。今度こそ出掛ける。止め立ては許さん」
昨日の申し出を蹴飛ばした側近に、イヴリースが宣言する。今度こそ文句はあるまい。傲慢に顎を逸らした彼に、山羊の角を持つ宰相はゆったりと一礼した。
「留守をお預かりいたします。気をつけていってらっしゃいませ」
そう言い放った魔王への返答は「何をおっしゃるやら」と呆れた宰相の叱咤だった。国の頂点である王の署名を必要とする書類が溜まっている。このままでは魔国サフィロスの運営に関わると、切々と語られたらイヴリースも無視できない。あれこれ言い訳したが最後は折れ、書類を片付けた後で出掛ける話にまとまった。
大量に積まれた書類を驚くべき速さで片づけるイヴリースの膝の上で、アゼリアに出来るのは応援くらいだ。だが声をかけると邪魔になる気がして、大人しく彼にしがみついていた。メフィストも認めているし、問題ないのよね。
機嫌よく書類を捌く上司を横目に、メフィストは手早く書類を分類した。本当に読んでいるのか不安になる速さで、次々と項目別の箱に書類を投げ入れる。その束を魔法で引き寄せ、イヴリースは斜めに読んだと思ったら署名した。
「お手伝いできなくて申し訳ないわ」
「簡単なことでよろしければ、こちらを」
メフィストは立ち上がり近づくが、一定の距離で止まった。署名の手を休めたイヴリースが、睨みつけるように威嚇する。ここが限界の距離らしいが、説明するには遠すぎた。
「陛下、お仕事をなさってください。アゼリア姫にご説明するだけですから」
きちんと話せば唸りながらも諦めたのか、またペンを走らせる。その間に朱肉と印章を差し出した。手が触れないぎりぎりの距離で、書類を1枚翳して下部の空欄を指差す。
「ここにその印章を押してください。上下がありますので……その窪みが上部です。多少斜めでも問題ありませんので、お願いいたしますね」
渡された書類は数十枚なので、彼らの処理する枚数に比べたら少ない。だが任されたことが嬉しくて、アゼリアは大きく頷いた。
「わかったわ、内容は確認しなくていいの?」
「確認後の書類をお渡ししますので、押していただくだけで結構です」
イヴリースの膝から降りようとしたら、全力で拒否された。仕事をしないと駄々を捏ねる彼に苦笑いし、座る位置をずらして机に向かう。気を遣ったイヴリースが机の端を開けてくれた。そこで1枚ずつ丁寧に押印していく。
任された数十枚が終わる頃、思ったより体力が落ちていた事実を突きつけられ、アゼリアは反省した。確かに両手で持つ印章は重いが、以前なら何てことはない作業だったはず。
明らかに体力不足だ。疲れるなんておかしい。それに……見下ろした身体は弛んでいる気がした。鍛えていないのだから、筋肉が落ちたのかも。だらしない身体になる前に、もう一度鍛えなくちゃ。
ぐっと拳を握って決意するアゼリアを、イヴリースは抱き寄せた。額や頬に口づけ、抱いて立ち上がろうとする。
「まって! イヴリース、私歩くわ」
「……余に抱えられるのは嫌か?」
なんで泣きそうな声なの。思わず首を横に振りそうになり、絆されてはいけないと気を引き締める。この甘い声に流された結果が、身体の弛みに繋がるの! 自分に言い聞かせ、アゼリアは笑顔で婚約者の説得を始めた。
「私の身体が鈍ってしまうわ。歩けなくなるだけならまだしも、腰や胸が弛んだら嫌なの……あなたの前では、いつまでも美しくいたいから」
お願い。両手を合わせて願えば、息を飲んだ後ほわりと表情を和らげる。説得はうまく行ったらしい。靴が必要だろうと用意してくれ、膝をついて履かせてくれたのはやり過ぎだと思うけど。メフィストは何も言わなかった。諦めたのかしら。
「溜まった書類は片付けた。今度こそ出掛ける。止め立ては許さん」
昨日の申し出を蹴飛ばした側近に、イヴリースが宣言する。今度こそ文句はあるまい。傲慢に顎を逸らした彼に、山羊の角を持つ宰相はゆったりと一礼した。
「留守をお預かりいたします。気をつけていってらっしゃいませ」
12
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
処刑された王女は隣国に転生して聖女となる
空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる
生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。
しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。
同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。
「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」
しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。
「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」
これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。
虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。
ラディ
恋愛
一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。
家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。
劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。
一人の男が現れる。
彼女の人生は彼の登場により一変する。
この機を逃さぬよう、彼女は。
幸せになることに、決めた。
■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です!
■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました!
■感想や御要望などお気軽にどうぞ!
■エールやいいねも励みになります!
■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。
※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど
睦月はむ
恋愛
剣と魔法の国オルランディア王国。坂下莉愛は知らぬ間に神薙として転移し、一方的にその使命を知らされた。
そこは東西南北4つの大陸からなる世界。各大陸には一人ずつ聖女がいるものの、リアが降りた東大陸だけは諸事情あって聖女がおらず、代わりに神薙がいた。
予期せぬ転移にショックを受けるリア。神薙はその職務上の理由から一妻多夫を認められており、王国は大々的にリアの夫を募集する。しかし一人だけ選ぶつもりのリアと、多くの夫を持たせたい王との思惑は初めからすれ違っていた。
リアが真実の愛を見つける異世界恋愛ファンタジー。
基本まったり時々シリアスな超長編です。複数のパースペクティブで書いています。
気に入って頂けましたら、お気に入り登録etc.で応援を頂けますと幸いです。
連載中のサイトは下記4か所です
・note(メンバー限定先読み他)
・アルファポリス
・カクヨム
・小説家になろう
※最新の更新情報などは下記のサイトで発信しています。
https://note.com/mutsukihamu
※表紙などで使われている画像は、特に記載がない場合PixAIにて作成しています
喪女なのに狼さんたちに溺愛されています
和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です!
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。
ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。
森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ?
ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる