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本編
第103話 出立ぎりぎりでした
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数日ぶりなのに、久しぶりな気がした。屋敷の庭に転移するが、誰も見当たらない。首をかしげたアゼリアは走り出そうとして、イヴリースに止められた。
「アゼリアの身体は弱っている。以前のように無理はできぬぞ」
「っ、気をつけるわ」
奪われた全ては取り返した。魔力、容姿、影、生命力……そして優しい婚約者も。しかし大病で寝込んだ後と同じで、身体は鈍い。痛みや怠さではなく、筋力不足に似ていた。昔風邪で寝込んだ後にこんな感じだったと思い出す。
走るのを諦め、歩いて屋敷内に足を踏み入れた。やはり人の気配が薄い。あまりいないのなら、どこかへ出かけたのかしら。
見慣れた屋敷の様子を窺うアゼリアの耳に、門の方で騒ぐ人の声が届いた。ぱっと顔を上げたアゼリアを後ろから抱き寄せ、耳元に口を寄せてイヴリースが囁く。
「以前より耳が良くなったのではないか?」
「そ、そうかしら」
声が上擦った。擽ったいし、恥ずかしい。耳どころか首まで赤くなった彼女の反応に満足し、イヴリースはさりげなく腕を組んで促す。顔を見られないよう逸らして歩く婚約者に、イヴリースは気づかれないように笑った。
失わなくてよかった。改めてそう感じながら、屋敷の中を抜けて門まで歩く。以前ならなんということはなかった距離で、アゼリアは疲れを感じた。やっぱり体力不足は深刻だわ。鍛えなくちゃ。そう決意して顔を上げると、何かの集会らしい。
屋敷の門前はロータリーが作られ、中央は小型の噴水と花壇がある。何か災害があった時の避難場所としても使えるよう、大きく作られた広場に、人々が集まっていた。
「あ! 姫様だ!」
「本当だわ! 戻られたのね」
口々に自分を指差して騒ぐ領民に、アゼリアは不思議そうな顔をする。左前方にある台から飛び降りた兄ベルンハルトが駆け寄った。組んでいた腕を外し、兄と抱擁を交わす。嫌そうな顔をしたものの、イヴリースは「挨拶だ、挨拶」と自分に言い聞かせて我慢した。
駆け寄ったのは兄だけではなく、よろめきながら涙を流して抱きついた母や、叫びながら興奮した様子で全員を抱きしめようとする父も同様だった。雪崩を打ったように人が集まり、あっという間に囲まれる。
「ご無事で何より」
「アゼリア、顔を見せて頂戴」
アルブレヒト辺境伯の安堵の表情、続いて母の涙に濡れた頬に視線を移した。知らない間に大騒ぎになっているけれど、どうしたのかしら。事情が理解できないアゼリアは、斜め後ろで溜め息をつくイヴリースを振り返った。
「もしかして、連絡……してなかったの?」
「そのようだな」
しれっと言い放った男は、これでも魔王位に就く最強魔族だ。部下に一言命じれば事足りる。心配しているのは知ってたくせに……独占欲だろう。数日間、腕の中に隠しておきたかった。整った顔が浮かべる本音を読み取り、アゼリアは唇を尖らせた。
「アゼリア、そのように愛らしい表情を見せたら……害虫が寄ってくるであろう」
心配そうに呟く様子に事情を察したアウグストが「次はないぞ」と低い声で威嚇し「当然だ、アゼリアは余の妻となるのだ」と受けて立つイヴリースが切り返す。譲らない男の戦いをよそに、領民達は出立式を、祝いの宴へと変更すべく動き出した。
数時間後には、建国記念を兼ねた盛大なお祭りが始まり――人間の逞しさが遺憾なく発揮された形となった。
「アゼリアの身体は弱っている。以前のように無理はできぬぞ」
「っ、気をつけるわ」
奪われた全ては取り返した。魔力、容姿、影、生命力……そして優しい婚約者も。しかし大病で寝込んだ後と同じで、身体は鈍い。痛みや怠さではなく、筋力不足に似ていた。昔風邪で寝込んだ後にこんな感じだったと思い出す。
走るのを諦め、歩いて屋敷内に足を踏み入れた。やはり人の気配が薄い。あまりいないのなら、どこかへ出かけたのかしら。
見慣れた屋敷の様子を窺うアゼリアの耳に、門の方で騒ぐ人の声が届いた。ぱっと顔を上げたアゼリアを後ろから抱き寄せ、耳元に口を寄せてイヴリースが囁く。
「以前より耳が良くなったのではないか?」
「そ、そうかしら」
声が上擦った。擽ったいし、恥ずかしい。耳どころか首まで赤くなった彼女の反応に満足し、イヴリースはさりげなく腕を組んで促す。顔を見られないよう逸らして歩く婚約者に、イヴリースは気づかれないように笑った。
失わなくてよかった。改めてそう感じながら、屋敷の中を抜けて門まで歩く。以前ならなんということはなかった距離で、アゼリアは疲れを感じた。やっぱり体力不足は深刻だわ。鍛えなくちゃ。そう決意して顔を上げると、何かの集会らしい。
屋敷の門前はロータリーが作られ、中央は小型の噴水と花壇がある。何か災害があった時の避難場所としても使えるよう、大きく作られた広場に、人々が集まっていた。
「あ! 姫様だ!」
「本当だわ! 戻られたのね」
口々に自分を指差して騒ぐ領民に、アゼリアは不思議そうな顔をする。左前方にある台から飛び降りた兄ベルンハルトが駆け寄った。組んでいた腕を外し、兄と抱擁を交わす。嫌そうな顔をしたものの、イヴリースは「挨拶だ、挨拶」と自分に言い聞かせて我慢した。
駆け寄ったのは兄だけではなく、よろめきながら涙を流して抱きついた母や、叫びながら興奮した様子で全員を抱きしめようとする父も同様だった。雪崩を打ったように人が集まり、あっという間に囲まれる。
「ご無事で何より」
「アゼリア、顔を見せて頂戴」
アルブレヒト辺境伯の安堵の表情、続いて母の涙に濡れた頬に視線を移した。知らない間に大騒ぎになっているけれど、どうしたのかしら。事情が理解できないアゼリアは、斜め後ろで溜め息をつくイヴリースを振り返った。
「もしかして、連絡……してなかったの?」
「そのようだな」
しれっと言い放った男は、これでも魔王位に就く最強魔族だ。部下に一言命じれば事足りる。心配しているのは知ってたくせに……独占欲だろう。数日間、腕の中に隠しておきたかった。整った顔が浮かべる本音を読み取り、アゼリアは唇を尖らせた。
「アゼリア、そのように愛らしい表情を見せたら……害虫が寄ってくるであろう」
心配そうに呟く様子に事情を察したアウグストが「次はないぞ」と低い声で威嚇し「当然だ、アゼリアは余の妻となるのだ」と受けて立つイヴリースが切り返す。譲らない男の戦いをよそに、領民達は出立式を、祝いの宴へと変更すべく動き出した。
数時間後には、建国記念を兼ねた盛大なお祭りが始まり――人間の逞しさが遺憾なく発揮された形となった。
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