【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

文字の大きさ
146 / 238
本編

第143話 兎のぬいぐるみを抱えた兎

しおりを挟む
「すごく不安ね」

「胃が、きりきりと痛む」

 カサンドラが心配しているのは、外壁外の戦場ではない。そちらは魔王軍の加勢があったので、ほぼ片付いていた。

 夫で竜殺しの英雄であるアウグストが、アルブレヒト侯爵やヘルマン伯爵を率いて戦えば、援軍は要らなかったわね。

 内心で辛辣な感想を呟いたカサンドラ王太后だが、さすがに口に出すほど愚かではなかった。胃のあたりを押さえて、青い顔をした息子に聞かせる話でもない。

「大丈夫ですか? あ、よく効く胃薬を持ってますわ」

 何を詰めたのか尋ねようと思っていた大きな布袋から、毛布がこぼれ落ちた。慌てて押し込む彼女の後ろから、今度は下着が落ちる。慌てて見なかったフリで目を逸らす間に、彼女は目当ての兎のぬいぐるみを見つけた。

 薬?

 母子で同じことを思うが、自前の兎耳を揺らしながら、ヴィルヘルミーナは兎の腹に指を突っ込んだ。ぬいぐるみとはいえ、絵的に怖い。中にポケットでもあったのか、指先に小さな紙包を摘んで引っ張り出した。

「これですわ」

「ありがとう……ヴィルヘルミーナ嬢の優しさに感謝するよ」

 毒味もせず薬を飲む息子に、苦笑いする母だが止めようとしない。ヴィルヘルミーナが毒を盛らないと信じているのが半分、これで死ぬようなら私の教育が悪かったのねと諦め半分だった。

「ミーナとお呼びください」

「では俺もベルと」

 家族はそう呼ぶのです。互いに愛称を呼ぶよう話すベルンハルトの表情は明るい。薬が効いたのだろう。紙包の方ではなく、婚約者という薬だ。特効薬だったようで、胃を押さえる手は緩んでいた。

「ベル、お前は戦場に戻らなくていいの?」

「何もすることがありません」

「それでも砦に姿を見せるくらいは……あら」

 義務でしょうと続ける母の声が途切れた。凱旋の喜びに沸く人々の声が街から届く。長い耳のヴェルヘルミーナはもちろん、狐耳も音に敏感だった。ぴくりと揺れた後、拾った音から内容を判断していく。

「お前がのんびりしているから、アウグストがすべて片付けてしまったわ」

 呆れたと笑う母に、息子は「それは重畳です」と言い返した。魔王軍の精鋭は一騎当千、イヴリースが戦場を離れても圧倒的な火力があった。それに加え、複数の英雄率いるヘーファーマイアー家直属の兵士や騎士が外壁を守る。隙はなかった。

「国王なのに、凱旋の場にいないなんて」

 くすっと笑う母の嫌味に、国王となった息子は肩をすくめる。さりげなく婚約者の腰を抱き寄せた。

「国王がいなくても勝つのは、王の威厳を示したことになりませんか」

「口ばっかり達者ね」

 それでも満足そうに扇を口元に当てたカサンドラは立ち上がる。夫や英雄達を労い、出迎えるのは王族の務めだった。

「一緒に行こう、ミーナ」

「……っ、でも私は耳が……」

 兎耳を隠すのは苦手だと尻込みする美しい令嬢に、ベルンハルトは膝をついて願い出る。

「母や妹も獣人だ。あなたを貶める民などいない。俺の隣で笑って、父を出迎えよう」

 もし獣人を貶す者がいれば、それはクリスタ国の王族を否定する者だ。そう言い切ったベルンハルトの声に、ヴィルヘルミーナは覚悟を決めた。

 カサンドラにも促され、ヴィルヘルミーナは屋敷の外へ向かって歩く。隣に立つ婚約者ベルンハルトと腕を絡めて、背を伸ばし、口元に優雅な笑みを貼り付けて。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。

ラディ
恋愛
 一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。  家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。  劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。  一人の男が現れる。  彼女の人生は彼の登場により一変する。  この機を逃さぬよう、彼女は。  幸せになることに、決めた。 ■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です! ■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました! ■感想や御要望などお気軽にどうぞ! ■エールやいいねも励みになります! ■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。 ※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸
恋愛
社畜女子だったユイは、気づけば異世界に召喚されていた。 慣れない魔法の世界と貴族社会の中で右往左往しながらも、なんとか穏やかに暮らし始めたある日。 なぜか王立魔道士団の団長カイルが、やたらと家に顔を出すようになる。 氷のように冷静で、美しく、周囲の誰もが一目置く男。 そんな彼が、ある日突然ユイの前で言い放った。 「……俺にかけた魅了魔法を解け」 私、そんな魔法かけてないんですけど!? 穏やかなはずの日々に彼の存在が、ユイの心を少しずつ波立たせていく。 まったりとした日常の中に、時折起こる小さな事件。 人との絆、魔法の力、そして胸の奥に芽生え始めた“想い” 異世界で、ユイは少しずつ——この世界で生きる力と、誰かを想う心を知っていく。 ※タイトルのシーンは7話辺りからになります。 ゆったりと話が進みますが、よろしければお付き合いください。 ※カクヨム様にも投稿しています。

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ
恋愛
 剣と魔法の国オルランディア王国。坂下莉愛は知らぬ間に神薙として転移し、一方的にその使命を知らされた。  そこは東西南北4つの大陸からなる世界。各大陸には一人ずつ聖女がいるものの、リアが降りた東大陸だけは諸事情あって聖女がおらず、代わりに神薙がいた。  予期せぬ転移にショックを受けるリア。神薙はその職務上の理由から一妻多夫を認められており、王国は大々的にリアの夫を募集する。しかし一人だけ選ぶつもりのリアと、多くの夫を持たせたい王との思惑は初めからすれ違っていた。  リアが真実の愛を見つける異世界恋愛ファンタジー。 基本まったり時々シリアスな超長編です。複数のパースペクティブで書いています。 気に入って頂けましたら、お気に入り登録etc.で応援を頂けますと幸いです。 連載中のサイトは下記4か所です ・note(メンバー限定先読み他) ・アルファポリス ・カクヨム ・小説家になろう ※最新の更新情報などは下記のサイトで発信しています。  https://note.com/mutsukihamu ※表紙などで使われている画像は、特に記載がない場合PixAIにて作成しています

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

処理中です...