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本編
第167話 我が家を舐めるんじゃないわよ!?
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泥だらけの姿で、彼女は途方に暮れていた。目が覚めたら見たことのない天井と、質素な壁の部屋にいた。周囲に家具らしい家具はなく、窓を見つけて外を見たら目のくらむ高さだ。高所恐怖症なので、ひとまず窓から離れる。
やたら刺繍の多い重い服を着こんでいた。この季節には暑すぎるんじゃないかしら? そう考えたものの、侍女もいないので着替えの場所もわからない。困惑しながらベッドの上に座った。
「寝心地は悪くなかったわ」
誘拐されてぞんざいな扱いをされた感じでもない。肩や腰が痛くないクッションの心地よさと、シーツの上質さは普段から肌になじんだ……まさか!?
青ざめた彼女はくらりと眩暈に襲われてベッドに倒れ伏した。嫌な想像が膨らんで口をつく。
「私、捨てられた……の?」
高所恐怖症だと知っているのは夫だけ。なのに木造の質素な塔に私を寝かせた。服やベッドは地位にふさわしいものだけれど、部屋は生活必需品すらない。目が覚めた私が髪や毛皮の手入れをするブラシもないなんて。
愛されていると思ってたのだけれど、勘違いだったのかしら。泣きそうな気持ちで扉に手をかけると、予想外にも開いてしまった。塔なので廊下はなく、その先は螺旋階段だ。下を覗くと背筋がぞっとした。怖い、けれどこのままも嫌。正直、トイレも行きたい。
切実な問題として、この部屋は風呂どころかトイレもなかった。いずれお腹も空くだろう。それに関しては運んでもらえばいいが、トイレは困る。毎回下まで降りて扉をたたくのかしら。
国内最高位の女性に対して、なんと失礼な対応でしょう。怒りが沸き起こり、彼女の尻尾がぷりぷりと左右に揺れた。長い獣耳と愛らしい丸い尻尾彼女は兎系獣人だ。毛皮が黒いのが特徴で、黒に近い紺の髪は艶があって自慢だった。
今は毛皮も髪もぼさぼさしている。そういえばすっきりしてるわね。
階段の中央部分を見ないよう、壁に両手を当ててそろりと一歩ずつ降りる。時間はかかるが危険は少ないし、怖さも軽減された。石壁じゃなく木造なので冷たくはなかった。
数日前に熱を出して寝込んだのだけれど、ずいぶんと体が軽くなった。熱が下がった証拠だろう。にしても、高熱に苦しむ妻の意識がないのをいいことに、こんな塔に閉じ込めるなんて……帰ったら、ぎたんぎたんに叩きのめしてやるわ。
アンヌンツィアータ公爵家の血筋を舐めるんじゃないわよ!?
怒りのおかげで無事階段を降り切った彼女は、手櫛で身だしなみを整える。どんな状況に置かれようと、私はこの国の王妃なのだから。ひとつ深呼吸をして扉をノックした。返事がない。仕方なく自ら扉を押すと、軋みも抵抗もなく開いた。
「あの人、馬鹿なの? いえ、馬鹿だったわね」
呟くと実家に向かうべく、王妃は野原に駆け出した。そこは森が迫る王城の裏手、実家であるアンヌンツィアータ公爵家の屋敷までさほど遠くない。馬鹿な夫で苦労したけれど、おかげで助かったと高笑いしながら彼女は走り出した。
それから数十分後、塔は静かに炎に包まれていく。火柱を王妃が確認したのは、実家の高い塀を飛び越えて庭に着地した頃だった。
やたら刺繍の多い重い服を着こんでいた。この季節には暑すぎるんじゃないかしら? そう考えたものの、侍女もいないので着替えの場所もわからない。困惑しながらベッドの上に座った。
「寝心地は悪くなかったわ」
誘拐されてぞんざいな扱いをされた感じでもない。肩や腰が痛くないクッションの心地よさと、シーツの上質さは普段から肌になじんだ……まさか!?
青ざめた彼女はくらりと眩暈に襲われてベッドに倒れ伏した。嫌な想像が膨らんで口をつく。
「私、捨てられた……の?」
高所恐怖症だと知っているのは夫だけ。なのに木造の質素な塔に私を寝かせた。服やベッドは地位にふさわしいものだけれど、部屋は生活必需品すらない。目が覚めた私が髪や毛皮の手入れをするブラシもないなんて。
愛されていると思ってたのだけれど、勘違いだったのかしら。泣きそうな気持ちで扉に手をかけると、予想外にも開いてしまった。塔なので廊下はなく、その先は螺旋階段だ。下を覗くと背筋がぞっとした。怖い、けれどこのままも嫌。正直、トイレも行きたい。
切実な問題として、この部屋は風呂どころかトイレもなかった。いずれお腹も空くだろう。それに関しては運んでもらえばいいが、トイレは困る。毎回下まで降りて扉をたたくのかしら。
国内最高位の女性に対して、なんと失礼な対応でしょう。怒りが沸き起こり、彼女の尻尾がぷりぷりと左右に揺れた。長い獣耳と愛らしい丸い尻尾彼女は兎系獣人だ。毛皮が黒いのが特徴で、黒に近い紺の髪は艶があって自慢だった。
今は毛皮も髪もぼさぼさしている。そういえばすっきりしてるわね。
階段の中央部分を見ないよう、壁に両手を当ててそろりと一歩ずつ降りる。時間はかかるが危険は少ないし、怖さも軽減された。石壁じゃなく木造なので冷たくはなかった。
数日前に熱を出して寝込んだのだけれど、ずいぶんと体が軽くなった。熱が下がった証拠だろう。にしても、高熱に苦しむ妻の意識がないのをいいことに、こんな塔に閉じ込めるなんて……帰ったら、ぎたんぎたんに叩きのめしてやるわ。
アンヌンツィアータ公爵家の血筋を舐めるんじゃないわよ!?
怒りのおかげで無事階段を降り切った彼女は、手櫛で身だしなみを整える。どんな状況に置かれようと、私はこの国の王妃なのだから。ひとつ深呼吸をして扉をノックした。返事がない。仕方なく自ら扉を押すと、軋みも抵抗もなく開いた。
「あの人、馬鹿なの? いえ、馬鹿だったわね」
呟くと実家に向かうべく、王妃は野原に駆け出した。そこは森が迫る王城の裏手、実家であるアンヌンツィアータ公爵家の屋敷までさほど遠くない。馬鹿な夫で苦労したけれど、おかげで助かったと高笑いしながら彼女は走り出した。
それから数十分後、塔は静かに炎に包まれていく。火柱を王妃が確認したのは、実家の高い塀を飛び越えて庭に着地した頃だった。
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