【完結】帝国滅亡の『大災厄』、飼い始めました

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

文字の大きさ
6 / 386
第二章 アスターレン

第6話 幼子は衝動で動く

しおりを挟む
 乱入した魔物に追っ手を押し付け、目立たぬように転移を使った。

 転移魔法は便利だが、ひどく危険を伴う。始点は現在地で構わないが、終点の指定が難しかった。

 まず自分が知っている場所であること、そこに障害物が存在しないこと。特に後者が重視される。なぜなら何か物や人の上に出現すればケガをする。

 もっと最悪の事態を想定するなら、岩や壁の中に出現してしまい絶命する可能性があった。

 つまり転移が使える魔術師は、事前に出現先となる終点を透視や遠見で確認しなければならない。そのため、自室へ戻る際に使う程度の汎用性しかなかった。便利なようで不便なのだ。

 足が床に埋まるという初歩的なミスをする可能性もあり、使い方が難しい上級魔法に分類される。

 だが、ジルは躊躇いなく終点を指定した。



 ―――アスターレンの首都ジリアン。

 海がある南は生活にさほど不自由がないため、魔法はあまり重視されてこなかった。北の氷の大地に近づくほど国の抱える魔術師は数が増え、強力な魔力をもつ者ほど北の国々を目指す傾向がある。

 その中央、東西南北すべての国の中央に位置するアスターレンは、交通の要所として繁栄し続けていた。首都ともなれば、その賑わいは他都市とは別格だ。

 ジリアンの裏路地に現れたルリアージェは、久々の転移による眩暈に座り込んだ。自分の魔力で飛べば平気なのだが、他人の魔力に酔う。『あてられた』という表現が近いだろうか。

 眩暈が治まるのを待って顔を上げれば、そこにジルの姿はなかった。

「ジル?」

 名を呼んでも答えはない。見回してもいないので、ルリアージェは少し考え……すぐに切り替えた。

 いないものはいない。なにか理由があるのだろう。まあ、彼が自分から離れてくれるなら、それはそれで望ましいではないか。

 ジルが聞いたら項垂れてしまいそうな考えに至った美女は、浮かれた足取りで裏通りを後にした。



 好みの屋台で買い食いをして、宿を決める。

 順調に旅を楽しむ美女は、自分が目立つ自覚はまったくなかった。後ろをぞろぞろついてくる連中に気付かぬまま、ご機嫌で大通りを進んでいく。

 気持ちが明るくなっているせいか、顔を隠すフードを外していた。珍しい銀髪が陽の光を弾いて輝く。

 商業と交通の要所であるアスターレンの首都は、すべての道がレンガ敷きだった。いわゆる舗装なのだが、他の都市で裏路地まで舗装されることはない。

 赤茶色のレンガに合わせたのか、屋根も同じ赤茶で統一され壁はすべて白。街の建物の色が揃っているため、とても美しい町並みが形成された。

 この街の風景自体が観光資源なのだ。



「ママ?」

 突然ローブの裾を掴まれて足を止める。下を見れば、レンガより明るい赤茶髪の少女が泣きそうな顔をしていた。母親を求める言葉とこの表情、間違いなく迷子だろう。

 すぐに屈んで膝をつき、幼い少女と目線を合わせた。

「お母さんは黒い服を着ていたのか?」

 子供の高さで周囲を見回しながら尋ねれば、彼女は小さく頷く。

 確かにこの高さで見えるのは、大人の膝や腿だけ。大人の顔など見えない状況だから、手が離れてしまえば親の着ていた服を頼りに探すしかなかった。

「ならば、一緒に探すか?」

 ジルがいれば即反対されただろう。彼はルリアージェが他人と関わることを嫌う。というより、自分以外にルリアージェの意識が向くと嫉妬した猫のように機嫌が悪くなった。

 だが幸いにして、今はルリアージェ一人なので問題はない。

 少女はすこし戸惑ったようだが、すぐに手を伸ばした。


「私はリアだ」

 先に名乗って待てば、小さな声で「シルビア」と答えがある。

 明るい茶色の髪を撫でてからそっと抱き上げた。小さな子供は猫みたいにぐにゃぐにゃ柔らかく、不思議な抱き心地だ。

「シルビアのお母さんはどんな人かな?」

 抱き上げられた少女は慌ててルリアージェの首に手を回し、きょろきょろと周囲を見回している。急に視界が開けたこと、高い視点に驚いているのだろう。

 微笑ましい気分で、シルビアと名乗った少女の髪を撫でた。頬が赤く染まった少女から甘い匂いがする。

「おねえちゃんみたいなふくで、おなじいろなの」

 少女は自分の赤茶色の髪を指差した。

 慣れてきたのか、少しずつ話をしてくれる。そのたびに吐息が首筋にかかってくすぐったいのだが、不安らしくしがみ付く少女を引き剥がそうとは思わなかった。

「同じ色か……」

 見回す人の流れに茶髪はいるが、この子に近い赤茶の髪は見当たらない。

 陽に梳けるとオレンジ色に見える髪は珍しい色だった。他者と間違える心配がないのはいいが、見つからないのは困る。

 母親も子供を捜しているだろうと考え、あわただしい動きをしている人間を探すが……それでも該当者はなかった。

 もしかしたら、少し離れた場所から来たのだろうか。迷っている間に、意外な長距離を歩いている可能性もあった。

 子供は疲れや時間の感覚が鈍い。本人は「さっき」と表現しても、ずいぶん長く迷子になっていることもあり得た。

 シルビアにどう尋ねたものか。

 こういった事例はジルが強い。もちろん彼が協力してくれるとは限らないが、人との関わりはジルのほうが秀でていた。

 不向きな自覚はあるが、ないもの強請りしても仕方ない。

「今日は何を買いに出掛けたか、わかるか?」

 固い口調だが、シルビアは気にした様子なく口元に手を当てて考えている。思い出したのか、突然顔を上げた。表情がどこか嬉しそうだ。

「あのね! シルビアのおようふく!」

「服?」

「かわいいふく」

 つまり洋服を探す母親がちょっと目と手を離した隙に、何かに気を取られた子供がはぐれてしまった。

 この周辺は食べ物を売る屋台が並んでおり、日用品や洋服を売る店はない。たいていの都市は通りごとに同業者が集まって商売をしているのが通例だった。

「では服を売っている通りに行こう」


 屋台で飴を買ってやり、ついでに服を扱う店舗が並ぶ場所を確認する。気のいい屋台のおじさんは、子供が迷子だと知って飴をひとつおまけしてくれた。

 嬉しそうにお礼をいって口に放り込むシルビアを抱いたまま、ルリアージェは左側のわき道へ入る。左側2本目の通りに服屋が集まる場所があると言う。

 寂れた脇道は薄暗く、じめじめした湿気を帯びた空気が漂っていた。

 食器など日用品を扱う通りを渡り、その先の通りへ足を進める。


 路地から出た先は明るかった。メインの大通りなのだろう、今までの通りより広い道にたくさんの露店が犇く。子供服を扱う店は一箇所にまとまっており、そちらへ向けて歩き出した。

 大通りの中央は馬車が通れるように開けられている。数台の馬車が行き来する真ん中を避け、両側に店が並び、その前に客が群がっていた。活気がある。

 抱き上げられたシルビアは飴に夢中になっている。

 突然彼女が「あ、ママ!」と叫んで一箇所を指差す。母親を見つけたらしい。

 ほっとしたルリアージェの目に映るのは、通りの反対側にいる白い服の女性だった。赤茶色の髪は確かにシルビアとそっくりだ。上に白いブラウスを着ているが、きっとスカートは黒かそれに近い色だろう。

 母親の姿を見た少女は、ルリアージェの腕の中で暴れ始めた。下りて駆け寄りたいのだ。

 身を乗り出す子供を落とさないようゆっくり下ろした途端、シルビアは走り出した。

 大通りの中央は馬車が通っており、母親とおぼしき女性がいる反対側へ渡る必要がある。

「待て! シルビア」

 叫んだルリアージェの注意より早く、少女は人々の足元を抜けて通りへ飛び出した。

 馬車が往来する通りに駆け出したシルビアが、馬の嘶きに怯えて足を止める。一際大きな馬車が走っていく先には、立ち竦んだ少女がいた。

「シルビア!!」

「危ない! どけ」

 通りの反対側にいる母親らしき女性の悲鳴。必死に叫ぶ御者の声。


 時間がゆっくり動く気がした。

 1秒を数十倍に刻んでいるような、不思議な感覚だ。スローモーションで動く人を掻き分けて走っても間に合わないと判断したルリアージェの唇が、呪文を刻む。

『縮地転移』

 途中の詠唱は出来ない。そんな時間はなかった。

 見える場所に転移するための魔法陣が、ルリアージェの足元に一瞬刻まれて消える。青白い光を放ったルリアージェの身体が消え、次の瞬間、馬車の前に放り出された。

 詠唱を破棄して発動したため、終点の座標が不安定なのだ。

 目の前のシルビアを抱き込んで、一気に床を蹴った。

 馬の足が持ち上がり、ゆるやかな時間の流れの中で落ちてくる。己の速さが上がったわけではなく、ルリアージェ自身もゆるやかな刻に取り込まれていた。

 舌打ちしたいほど遅い回避行動を取るが、おそらく間に合わないだろう。

 馬の蹄がかすめるかも知れない。

 痛みを覚悟して少女を腕の中に強く抱きしめた。

 少なくとも彼女だけは無事に母親に渡したいと強く願う。

「…ジル」

 小声で名を呼んだ。

 まだ数ヶ月の付き合いしかないが、隣で守ってくれる存在として認識し始めているのか。いない者を呼んでも仕方ないのに……唇を噛んで痛みに備える。

 左肩に焼けるような痛みが走り、身体がレンガの路面に叩きつけられる記憶を最後に、ルリアージェは意識を失った。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

【完結】剣聖と聖女の娘はのんびりと(?)後宮暮らしを楽しむ

O.T.I
ファンタジー
かつて王国騎士団にその人ありと言われた剣聖ジスタルは、とある事件をきっかけに引退して辺境の地に引き籠もってしまった。 それから時が過ぎ……彼の娘エステルは、かつての剣聖ジスタルをも超える剣の腕を持つ美少女だと、辺境の村々で噂になっていた。 ある時、その噂を聞きつけた辺境伯領主に呼び出されたエステル。 彼女の実力を目の当たりにした領主は、彼女に王国の騎士にならないか?と誘いかける。 剣術一筋だった彼女は、まだ見ぬ強者との出会いを夢見てそれを了承するのだった。 そして彼女は王都に向かい、騎士となるための試験を受けるはずだったのだが……

処理中です...