【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

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86.神託の黒い雨(SIDEセティ)

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*****SIDE セティ



 生命を脅かされ、今も不快な眼差しを向けられたと言うのに……イシスの清らかさに呆れる。この子ほど、人間が思う神に近い存在はいないだろう。

 人を恨むことも、妬むことも知らない。悪意を向けられても怖がるだけで、報復など思いつきもしない。罰するより離れようとする精神は幼く、それ故に神々の目に眩しく映った。

 他の神がこの子を識ったら、誰もが欲しがって手を伸ばす。握り返されなかったとしても、その手を下げようとしないだろう。

 もう帰って寝よう――魅力的な提案だが、それでは何も解決しない。イシスを狙う輩を減らせなかった。神殿はオレを操る気でいる。主神と同格の最上位を持つ破壊神を、他の小さき神々と同等に扱ってきた。放置したのがオレだとしても、罪を軽減する理由にはなるまい。

「神殿は不要だ」

「ん? 王侯貴族とやらはいいのか」

「今回は見逃そう」

 気づかなかったことにしてやる。そう告げたオレの足元で、一人の青年が膝を突いて頭を地面に擦り付けた。この国の王子だ。神罰の神鳴りが王宮に落ちたことで、主神殿へ駆けつけたのだろう。破壊神の降臨に加え、話を聞いて事情を察したはずだ。

「そこの……王家の者よ」

 額を地に押し付けたまま、若者は右手のひらを上向きに差し出した。神殿ですら失われた懐かしい作法だ。利き腕を差し出すことで、己の方が格下だと示す。その上で、相手に判断を委ねる作法を見たのは数十年ぶりだった。

 本来は神殿の者こそ、作法に則りオレに頭を下げるべきだというのに。言い訳から反論まで投げつける始末だ。どれだけ増長しているか、嫌でも違いが目についた。

「懐かしくも心地よい作法を知る者よ。この国の我が神殿は現時点をもって、我の庇護から排除する。わかるな?」

 神の威光を笠に着て、好き勝手に振る舞った神官の処分を委ねた。神自身が庇護と威光を否定したなら、神殿に価値はない。解体しようが、処罰しようが自由だ。これは神託だった。小さな悲鳴が神官達の口から溢れる。

「ありがとうございます」

 震える声で礼を紡ぎ、王子は肩を震わせた。ゲリュオンの調査を見るまでもなく、王族は神殿の意向に振り回されている。神託と言われれば払い退けることは難しく、王族の地位は貶められた。婚姻や王位継承権にまで口出しされ、民からお布施と称して金を巻き上げる。それを処罰する手段がなかった。

 献金の額で神殿の言葉は揺れ、金のある貴族の意向が優先される。このまま国が崩壊するなら、破壊神の名の下に国を解体した方が……そんな意見すら出ていた中で、タイフォン降臨は彼らにとって救いだろう。

 オレも手を汚さずに済むし。腕の中できょとんとした顔の子供に微笑みかける。子猫のトムはイシスの首筋に顔を埋め、そのまま眠る体勢だった。温かい子猫を大切に抱き寄せ、イシスは嬉しそうに歯を見せる。

「騒動を片付けよ。二度と我が伴侶に手出しをさせるな。これは神託だ」

「畏まりまして、確かに承りました」

 人間の騒動は人間同士で片を付けるのが道理。後は王族が始末するだろう。神の名を己の私利私欲に使った神官を睥睨し、オレはイシスのために背を向けた。

「何かあれば、一度だけ祈りを聞いてやろう」

 それは面倒ごとを放置したことへの詫びのつもりで、オレの気まぐれだった。驚いたように顔を上げた王子は、すぐに目を伏せる。

 ぽつりと雨粒が落ちる。晴れていた空はいつの間にか雲に覆われ、雷に焼かれた神殿が濡れ始めた。イシスが風邪を引く。慌ててオレは転移を使った。置いていかれそうになったゲリュオンが飛び込み、同時に姿を消す。

 その後雨は、2日間かけて街を黒く濡らし続けた。
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