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7.契約してしまいました
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朝、小鳥の声で目が覚めるのは贅沢だと思う。ゆっくり開いた目に映るのは、馬車の中の景色だった。奥様はいなくて、なぜかがっかりしてしまう。大量のクッションに埋もれた状態から起き上がり、大きく伸びをした。小さい体は天井に届くこともない。
ちらっと窓の外を見たら、馬が草を食んでいた。どうやら昨夜はたちの悪い夢を見たらしい。あれは全部夢で、奥様もアランさんも獣じゃないはず。馬鹿なことを聞いて呆れられないようにしないと。
馬車の扉は座っていても開けられるよう、内側のレバー位置が低い。お陰で届いたレバーを押し下げ、ぐっと押した。馬車って中が狭いから、必ず外へ開くよね。
「おはよう、サラちゃん」
微笑む奥様は、出会った昨日と同じ美しさで眩しい。隣でお茶を手渡すアランさんも普通だった。同じ黒服で、ホテルマンみたいにピシッとしてる。馬車は外からだと高いので、飛び降りるのも幼女には勇気のいる高さだった。
「せーの」
勢いをつけて飛び降りるが、途中でアランさんに抱き止められた。
「ケガをしますよ。こういう時は、従者である僕に任せてください」
「ありがとうございます」
お礼を言って笑ったら、にっこりと笑顔を返された。手を繋いで奥様の隣まで歩き、奥様はぷくっと頬を膨らませて私を抱き上げる。
「私のサラちゃんなのに、取るなんて酷いわ」
よく分からない理屈で子どもみたいに我が侭を言う奥様は、私を膝に乗せた。頭の後ろにふくよかなお胸が当たり、何とも幸せな感じ。アランさんは呆れた顔をして、鍋からスープを入れた器を差し出す。
「ハーブを足したので、味に深みが出ました。どうぞ、熱いから気をつけてくださいね」
「ありが……と」
受け取った器の中を見て、昨夜の記憶が蘇る。人肉は早いとか、物騒な会話が脳裏に浮かんだ。昨日と同じ鶏ガラのスープは、緑のハーブが彩りを添える。そっと口を付けてスープを味わうと、確かに味が違った。
でも肉は同じだし、恐る恐る周囲を見回す。景色も同じかも? 狐火で風景を見たのは一瞬だし、混乱してたから覚えてない。あれは現実だった? それとも夢……。
考え込んで食べる手が止まった私に、奥様がスプーンで「あーん」と差し出す。意識が考え事に向いているので、口元を突かれるとぱくっと開ける。流れ込んだスープは美味しかった。
「美味しい」
「それはよかったです」
アランさんがお代わりを用意してくれ、機嫌のいい奥様が食べさせる。背中ならぬ後頭部は幸せな温もりと柔らかさに包まれ、昨夜の記憶はどうでも良くなった。
「早く帰りましょう。そうね、馬車は遅いし、走って帰る?」
「奥様、おやめください。万が一にも振り落としたらどうするのですか」
「わかったわ、ちゃんと我慢するわよ」
奥様とアランさんの話に、びくりと肩が揺れた。走って帰る、って?! まさか狐と黒豹みたいなので? 何もなかったようにアランさんは火の始末をして、その間に奥様は馬車に乗り込んだ。馬を繋いだ馬車は、ごとごとと荒れた道を走る。
――私、この先で食べられたりしないよね?
「サラちゃん、これに同意して欲しいの」
奥様が示す指先に光る文字が現れた。きらきらしている。ネオン管みたい。じっと見つめていたら、何となく意味が流れ込んできた。たぶん、ずっと一緒にいる契約書みたい。
「うちの子になって欲しいのよ。私の娘という形になるけど、いいかしら」
食事も宿も風呂も提供してもらった。ケガの治療や服も。状況が理解できていない私に断る理由はないけど、化け狐だったらと躊躇った。
「ダメ?」
そこで奥様が悲しそうな顔になる。途端に、盗賊が出た時の気持ちが蘇った。奥様を逃すために盾になろうとしたじゃない。覚悟を決めて手を伸ばした。触れた光文字が指先から私の体に吸い込まれる。
『契約は成った』
初めて聞く声が成立を告げ、私は急激に流れ込んだ情報に頭を抱えた。何これ、整理できない。頭痛に顔を顰めた私を、奥様の腕が優しく抱いた。
ちらっと窓の外を見たら、馬が草を食んでいた。どうやら昨夜はたちの悪い夢を見たらしい。あれは全部夢で、奥様もアランさんも獣じゃないはず。馬鹿なことを聞いて呆れられないようにしないと。
馬車の扉は座っていても開けられるよう、内側のレバー位置が低い。お陰で届いたレバーを押し下げ、ぐっと押した。馬車って中が狭いから、必ず外へ開くよね。
「おはよう、サラちゃん」
微笑む奥様は、出会った昨日と同じ美しさで眩しい。隣でお茶を手渡すアランさんも普通だった。同じ黒服で、ホテルマンみたいにピシッとしてる。馬車は外からだと高いので、飛び降りるのも幼女には勇気のいる高さだった。
「せーの」
勢いをつけて飛び降りるが、途中でアランさんに抱き止められた。
「ケガをしますよ。こういう時は、従者である僕に任せてください」
「ありがとうございます」
お礼を言って笑ったら、にっこりと笑顔を返された。手を繋いで奥様の隣まで歩き、奥様はぷくっと頬を膨らませて私を抱き上げる。
「私のサラちゃんなのに、取るなんて酷いわ」
よく分からない理屈で子どもみたいに我が侭を言う奥様は、私を膝に乗せた。頭の後ろにふくよかなお胸が当たり、何とも幸せな感じ。アランさんは呆れた顔をして、鍋からスープを入れた器を差し出す。
「ハーブを足したので、味に深みが出ました。どうぞ、熱いから気をつけてくださいね」
「ありが……と」
受け取った器の中を見て、昨夜の記憶が蘇る。人肉は早いとか、物騒な会話が脳裏に浮かんだ。昨日と同じ鶏ガラのスープは、緑のハーブが彩りを添える。そっと口を付けてスープを味わうと、確かに味が違った。
でも肉は同じだし、恐る恐る周囲を見回す。景色も同じかも? 狐火で風景を見たのは一瞬だし、混乱してたから覚えてない。あれは現実だった? それとも夢……。
考え込んで食べる手が止まった私に、奥様がスプーンで「あーん」と差し出す。意識が考え事に向いているので、口元を突かれるとぱくっと開ける。流れ込んだスープは美味しかった。
「美味しい」
「それはよかったです」
アランさんがお代わりを用意してくれ、機嫌のいい奥様が食べさせる。背中ならぬ後頭部は幸せな温もりと柔らかさに包まれ、昨夜の記憶はどうでも良くなった。
「早く帰りましょう。そうね、馬車は遅いし、走って帰る?」
「奥様、おやめください。万が一にも振り落としたらどうするのですか」
「わかったわ、ちゃんと我慢するわよ」
奥様とアランさんの話に、びくりと肩が揺れた。走って帰る、って?! まさか狐と黒豹みたいなので? 何もなかったようにアランさんは火の始末をして、その間に奥様は馬車に乗り込んだ。馬を繋いだ馬車は、ごとごとと荒れた道を走る。
――私、この先で食べられたりしないよね?
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奥様が示す指先に光る文字が現れた。きらきらしている。ネオン管みたい。じっと見つめていたら、何となく意味が流れ込んできた。たぶん、ずっと一緒にいる契約書みたい。
「うちの子になって欲しいのよ。私の娘という形になるけど、いいかしら」
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「ダメ?」
そこで奥様が悲しそうな顔になる。途端に、盗賊が出た時の気持ちが蘇った。奥様を逃すために盾になろうとしたじゃない。覚悟を決めて手を伸ばした。触れた光文字が指先から私の体に吸い込まれる。
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