78 / 222
本編
77.仕事を終えたら逢瀬の時間
しおりを挟む
宮殿と神殿はさほど離れていない。馬車ではぐるりと回り込むけれど、それでも読書を楽しむには短い距離だった。向かいのクラウスは、事情を聞いて護衛も追加で手配する。神殿はそんなに危険ではないわ。少なくとも今は……叔父様の管理下ですもの。
「ヴィクトーリア様の御身は、この国にとって重要です。私にとっては、己の命以上に……」
「ありがとう、クラウス。あなたの気持ちは素直に嬉しいわ」
叔父様のもとへ向かう私達を、数人の神官の目が追う。以前の騒動を知っているみたいね。視線が咎める色をしていた。悪役の扱いなんて、随分と光栄だわ。神々は私達に自衛を禁じていない。ましてや私に与えられた加護は剥奪されていなかった。それこそが神々の御意志なのに。
理解しないなら、神官の適性がないわ。クラウスは私の視線を追って、口元を緩めた。ご実家で、ひと騒動起きそうよ? 私に敵対すれば、この帝国の情報を一手に握る男を敵に回す。その程度の危機感もないなら、滅ぼされても害はなさそう。
「ヴィクトーリア姫様、ようこそお越しくださいました」
柔らかな微笑みで迎える叔父様は、丁寧な神官としての顔を崩さない。扉を閉めてソファーに腰掛けた。今日はお茶を淹れる神官を置いていないのね。叔父様がお茶を用意した。私の好きな白花茶ね。
「アディソン王国の話、すでに耳になさった?」
「それどころか、神殿経由で面白い話がある。あの阿呆、地方の小神殿に逃げ込んだぞ」
「あらまあ……」
まだエック兄様も知らない情報ね。王宮から逃げて、地方の小神殿へ。各国「神殿」と呼称するのは、一つだけだった。王都や帝都に存在する大神殿を指す。けれど、狭い都市内ならともかく、領土が広い国で神殿が一つでは不便だった。
小神殿は祈りを捧げる場所として、神殿が管理する出張所のような場所だ。当然、神官が派遣されている。そこへ逃げ込んだなら、神官はアディソン王を支持する貴族の子息なのね。
「侯爵家の三男らしい。愚かなことだ……神々はすべてご存じだというのに」
叔父様はにやりと笑った。神々が、ではなく……叔父様が、でしょう? 小神殿には見習いを含め、数人の神職者がいる。情報は一瞬で神殿へ上がる仕組みなの。アディソン王国の神殿を現在取りまとめる神官は、大神官の座を狙う私達の手駒だった。
情報は素早く送られたはず。
「他の王族方もご一緒かしら」
「前王妃殿下は別だな。別居して実家に戻っているから、関係ないだろう。同行したとすれば、王姉と子供達か」
アディソンの王子は二人、王妃の子が一人、妾の子が一人。妾の子を引き取ってすぐ、王妃は亡くなっている。国王、王子二人、嫁ぎ先から返された王姉。王族で逃げたのは、この四人みたい。異母弟モーリスは、帝国の砦で畑を耕しているでしょうし。
「すぐ動くべきではないわね。どこに逃げ込むか、泳がせてみたいわ」
「トリアなら、そう答えると思った。害虫は殲滅が基本だからね」
「あら、叔父様ったら物騒なのね」
おほほと笑い、今後の予定を決めて別れた。新しい情報をまとめ、エック兄様へ封書を届けさせる。今日の仕事はここまでよ!
「クラウス、付き合ってくれてありがとう。仕事は終わり……わかるでしょう?」
「姫様の仰せのままに。私も楽しみにしておりました」
仕事の話を切り上げ、腕を組んで馬車に乗り込む。叔父様は笑顔で手を振ってくれた。見送られて向かうのは、予定していた公園よ。
途中で馬車を止め、上着と靴を交換する。装飾品を付け替え、きっちり編んだ髪の一部を解いてハーフアップにした。髪留めはクラウスからの贈り物を使う。
「私のためにこのような……感激で言葉がありません。美しく煌びやかで……私はなんと幸運な男でしょうか」
賞賛の声はいくつあってもいい。でも今は、クラウスの言葉だけで満足できた。さあ、楽しみましょうね。
「ヴィクトーリア様の御身は、この国にとって重要です。私にとっては、己の命以上に……」
「ありがとう、クラウス。あなたの気持ちは素直に嬉しいわ」
叔父様のもとへ向かう私達を、数人の神官の目が追う。以前の騒動を知っているみたいね。視線が咎める色をしていた。悪役の扱いなんて、随分と光栄だわ。神々は私達に自衛を禁じていない。ましてや私に与えられた加護は剥奪されていなかった。それこそが神々の御意志なのに。
理解しないなら、神官の適性がないわ。クラウスは私の視線を追って、口元を緩めた。ご実家で、ひと騒動起きそうよ? 私に敵対すれば、この帝国の情報を一手に握る男を敵に回す。その程度の危機感もないなら、滅ぼされても害はなさそう。
「ヴィクトーリア姫様、ようこそお越しくださいました」
柔らかな微笑みで迎える叔父様は、丁寧な神官としての顔を崩さない。扉を閉めてソファーに腰掛けた。今日はお茶を淹れる神官を置いていないのね。叔父様がお茶を用意した。私の好きな白花茶ね。
「アディソン王国の話、すでに耳になさった?」
「それどころか、神殿経由で面白い話がある。あの阿呆、地方の小神殿に逃げ込んだぞ」
「あらまあ……」
まだエック兄様も知らない情報ね。王宮から逃げて、地方の小神殿へ。各国「神殿」と呼称するのは、一つだけだった。王都や帝都に存在する大神殿を指す。けれど、狭い都市内ならともかく、領土が広い国で神殿が一つでは不便だった。
小神殿は祈りを捧げる場所として、神殿が管理する出張所のような場所だ。当然、神官が派遣されている。そこへ逃げ込んだなら、神官はアディソン王を支持する貴族の子息なのね。
「侯爵家の三男らしい。愚かなことだ……神々はすべてご存じだというのに」
叔父様はにやりと笑った。神々が、ではなく……叔父様が、でしょう? 小神殿には見習いを含め、数人の神職者がいる。情報は一瞬で神殿へ上がる仕組みなの。アディソン王国の神殿を現在取りまとめる神官は、大神官の座を狙う私達の手駒だった。
情報は素早く送られたはず。
「他の王族方もご一緒かしら」
「前王妃殿下は別だな。別居して実家に戻っているから、関係ないだろう。同行したとすれば、王姉と子供達か」
アディソンの王子は二人、王妃の子が一人、妾の子が一人。妾の子を引き取ってすぐ、王妃は亡くなっている。国王、王子二人、嫁ぎ先から返された王姉。王族で逃げたのは、この四人みたい。異母弟モーリスは、帝国の砦で畑を耕しているでしょうし。
「すぐ動くべきではないわね。どこに逃げ込むか、泳がせてみたいわ」
「トリアなら、そう答えると思った。害虫は殲滅が基本だからね」
「あら、叔父様ったら物騒なのね」
おほほと笑い、今後の予定を決めて別れた。新しい情報をまとめ、エック兄様へ封書を届けさせる。今日の仕事はここまでよ!
「クラウス、付き合ってくれてありがとう。仕事は終わり……わかるでしょう?」
「姫様の仰せのままに。私も楽しみにしておりました」
仕事の話を切り上げ、腕を組んで馬車に乗り込む。叔父様は笑顔で手を振ってくれた。見送られて向かうのは、予定していた公園よ。
途中で馬車を止め、上着と靴を交換する。装飾品を付け替え、きっちり編んだ髪の一部を解いてハーフアップにした。髪留めはクラウスからの贈り物を使う。
「私のためにこのような……感激で言葉がありません。美しく煌びやかで……私はなんと幸運な男でしょうか」
賞賛の声はいくつあってもいい。でも今は、クラウスの言葉だけで満足できた。さあ、楽しみましょうね。
1,364
あなたにおすすめの小説
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
婚約破棄されたので公爵令嬢やめます〜私を見下した殿下と元婚約者が膝をつく頃、愛を囁くのは冷酷公爵でした〜
nacat
恋愛
婚約者に裏切られ、蔑まれ、全てを失った公爵令嬢リリアナ。
「あなたのような女、誰が愛すると?」そう言い放った王太子と元友人に嘲られても、彼女は涙を見せなかった。
だが、冷たく美しい隣国の公爵セドリックと出会った瞬間、運命は静かに動き出す。
冷酷と噂された男の腕のなかで、彼女は再び自分を取り戻していく。
そして――彼女を捨てた者たちは、彼女の眩い幸福の前に膝をつく。
「これは、ざまぁを通り越して愛された令嬢の物語。」
手放してみたら、けっこう平気でした。
朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。
そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。
だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
あの子を好きな旦那様
はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」
目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。
※小説家になろうサイト様に掲載してあります。
見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい
水空 葵
恋愛
一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。
それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。
リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。
そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。
でも、次に目を覚ました時。
どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。
二度目の人生。
今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。
一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。
そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか?
※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。
7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる