92 / 222
本編
91.頭痛で頭が痛くなるほどの書類
しおりを挟む
いざとなれば全部押し付けるつもりだった。モーリスはどこへ行った! アディソン王が最期に叫んだ言葉が、報告書に並ぶ。利用できるから異母弟に便宜を図った。その話も、王城に勤めた者から漏れた。
先代王妃により、血の繋がりが途絶えていたことが公表されると、王家への怒りが爆発した。すでに王と王姉が処刑されていたことは、当人達にとって幸いだ。そうでなければ、長引かせた残忍な処刑の可能性もあったはず。
元王家が所有した財産は、一時的に神殿預かりとなった。リヒター帝国が接収した、王国貴族の財産は分配が決まる。民はアディソン領として、リヒター帝国への併合を望んだ。
お父様が手続きや調整を進める中、フォルト兄様は現場で走り回っているらしい。逃げる貴族を追い回して投獄し、統治者のいない土地が荒れぬよう兵士を派遣する。副官のハイノには、特別手当を支給しましょう。
エック兄様と打ち合わせ、細々としたサポートを始めた。約束していたクラウスも合流し、三人で問題点を洗い出す。伏兵の懸念から始まり、新たな領地の管理に係る費用の算出、今後見込める収益の計算……。頭が頭痛で痛くなりそうなほど、膨大な書類が積み上がっていく。
「問題が起きてから対処していてたら、間に合わないわ」
アディソン領は、周辺国に比べると土地は小さい。だが、地図ではわかりにくい問題を孕んでいた。人口密度が高いのだ。平地にあり、山脈は国境にしかない。半島のように両側が海と接しており、ほとんど高低差のない領地だった。
これで草原や穀倉地帯なら問題ないけれど、ほとんどが人の住む街で埋め尽くされた。街道沿いの街としての価値しかなく、食糧の自給自足は到底無理な土地よ。なぜ農地を潰して家を建てたの? 計画性が無さすぎるわ。
かつての無能な王族を罵りながら、食糧計画と同時に、住民の調整を書き殴った。農民として働く気があれば、周辺国に移住させるしかない。人が減れば、空いた土地に麦を蒔いて牛馬を飼うこともできるでしょう。
「戦後処理が一番大変と聞くけれど……戦ってないのに、不条理だわ」
なぜ戦後処理レベルで、大変な事務仕事が発生するの! 量が多過ぎて、食事すら片手間に済ませる状況だった。この数日、忙し過ぎて……愛娘ジルヴィアの顔を見るのも夜中なのよ。
ぼやきながらも、手は止めない。書類を全部投げ飛ばしたい気持ちを、ぐっと呑んだ。やったらスッキリするけれど、片付ける時間が惜しいわ。
「神殿より封書が届きました」
「そこへ置いて頂戴」
先に署名を終わらせる。処理済みの箱に入れて、ペンを置いた。未処理の箱に入った封筒を拾い上げる。紙ばかり触っているから、指先が荒れたわね。乾燥した気がする指で、ペーパーナイフを手に取った。さっと滑らせて、封蝋を破る。
取り出した書類は、お願いした許可書だった。アディソン領の新しい大神官を指名するために、必要な書類よ。それぞれの大神官が推薦状を提出する。今回は緊急事態であることに加え、アディソン領が国から格下げになったため、叔父様の許可書で任命が可能だった。
民を誘導した神官の名が入った許可書を、くるりと巻いて筒に入れた。伝令に持たせる時は、筒のほうが便利なの。蓋をして上から紙のテープで封印する。アディソン領行きと記して、処理済みへ積んだ。
「ヴィクトーリア様、人気店の新作をお持ちしました。ともに味わう栄誉をいただけますか?」
ノックして入室したクラウスが、笑みを浮かべて促す。時間をよこせと直接言わないところが、彼らしいわ。ペン先を洗ってインク瓶を閉じた。今日は終わりにしましょう。目元を指で解し、彼の手を借りて立ち上がった。
扉の陰から窺う侍女エリーゼが、ぐっと拳を握る。相当心配させたようね。声をかけにくかったみたい。
「ふんだんに苺を飾ったチーズのタルトです、お好きでしょう?」
「まあ。いつ調べたのかしら? でも、好きよ」
二つの意味を込めて返し、にっこりと笑った。
先代王妃により、血の繋がりが途絶えていたことが公表されると、王家への怒りが爆発した。すでに王と王姉が処刑されていたことは、当人達にとって幸いだ。そうでなければ、長引かせた残忍な処刑の可能性もあったはず。
元王家が所有した財産は、一時的に神殿預かりとなった。リヒター帝国が接収した、王国貴族の財産は分配が決まる。民はアディソン領として、リヒター帝国への併合を望んだ。
お父様が手続きや調整を進める中、フォルト兄様は現場で走り回っているらしい。逃げる貴族を追い回して投獄し、統治者のいない土地が荒れぬよう兵士を派遣する。副官のハイノには、特別手当を支給しましょう。
エック兄様と打ち合わせ、細々としたサポートを始めた。約束していたクラウスも合流し、三人で問題点を洗い出す。伏兵の懸念から始まり、新たな領地の管理に係る費用の算出、今後見込める収益の計算……。頭が頭痛で痛くなりそうなほど、膨大な書類が積み上がっていく。
「問題が起きてから対処していてたら、間に合わないわ」
アディソン領は、周辺国に比べると土地は小さい。だが、地図ではわかりにくい問題を孕んでいた。人口密度が高いのだ。平地にあり、山脈は国境にしかない。半島のように両側が海と接しており、ほとんど高低差のない領地だった。
これで草原や穀倉地帯なら問題ないけれど、ほとんどが人の住む街で埋め尽くされた。街道沿いの街としての価値しかなく、食糧の自給自足は到底無理な土地よ。なぜ農地を潰して家を建てたの? 計画性が無さすぎるわ。
かつての無能な王族を罵りながら、食糧計画と同時に、住民の調整を書き殴った。農民として働く気があれば、周辺国に移住させるしかない。人が減れば、空いた土地に麦を蒔いて牛馬を飼うこともできるでしょう。
「戦後処理が一番大変と聞くけれど……戦ってないのに、不条理だわ」
なぜ戦後処理レベルで、大変な事務仕事が発生するの! 量が多過ぎて、食事すら片手間に済ませる状況だった。この数日、忙し過ぎて……愛娘ジルヴィアの顔を見るのも夜中なのよ。
ぼやきながらも、手は止めない。書類を全部投げ飛ばしたい気持ちを、ぐっと呑んだ。やったらスッキリするけれど、片付ける時間が惜しいわ。
「神殿より封書が届きました」
「そこへ置いて頂戴」
先に署名を終わらせる。処理済みの箱に入れて、ペンを置いた。未処理の箱に入った封筒を拾い上げる。紙ばかり触っているから、指先が荒れたわね。乾燥した気がする指で、ペーパーナイフを手に取った。さっと滑らせて、封蝋を破る。
取り出した書類は、お願いした許可書だった。アディソン領の新しい大神官を指名するために、必要な書類よ。それぞれの大神官が推薦状を提出する。今回は緊急事態であることに加え、アディソン領が国から格下げになったため、叔父様の許可書で任命が可能だった。
民を誘導した神官の名が入った許可書を、くるりと巻いて筒に入れた。伝令に持たせる時は、筒のほうが便利なの。蓋をして上から紙のテープで封印する。アディソン領行きと記して、処理済みへ積んだ。
「ヴィクトーリア様、人気店の新作をお持ちしました。ともに味わう栄誉をいただけますか?」
ノックして入室したクラウスが、笑みを浮かべて促す。時間をよこせと直接言わないところが、彼らしいわ。ペン先を洗ってインク瓶を閉じた。今日は終わりにしましょう。目元を指で解し、彼の手を借りて立ち上がった。
扉の陰から窺う侍女エリーゼが、ぐっと拳を握る。相当心配させたようね。声をかけにくかったみたい。
「ふんだんに苺を飾ったチーズのタルトです、お好きでしょう?」
「まあ。いつ調べたのかしら? でも、好きよ」
二つの意味を込めて返し、にっこりと笑った。
1,138
あなたにおすすめの小説
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
婚約破棄されたので公爵令嬢やめます〜私を見下した殿下と元婚約者が膝をつく頃、愛を囁くのは冷酷公爵でした〜
nacat
恋愛
婚約者に裏切られ、蔑まれ、全てを失った公爵令嬢リリアナ。
「あなたのような女、誰が愛すると?」そう言い放った王太子と元友人に嘲られても、彼女は涙を見せなかった。
だが、冷たく美しい隣国の公爵セドリックと出会った瞬間、運命は静かに動き出す。
冷酷と噂された男の腕のなかで、彼女は再び自分を取り戻していく。
そして――彼女を捨てた者たちは、彼女の眩い幸福の前に膝をつく。
「これは、ざまぁを通り越して愛された令嬢の物語。」
手放してみたら、けっこう平気でした。
朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。
そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。
だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
あの子を好きな旦那様
はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」
目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。
※小説家になろうサイト様に掲載してあります。
見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい
水空 葵
恋愛
一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。
それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。
リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。
そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。
でも、次に目を覚ました時。
どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。
二度目の人生。
今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。
一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。
そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか?
※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。
7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる