【完結】妻ではなく他人ですわ【書籍化決定】

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

文字の大きさ
118 / 222
本編

117.試すなんて二度目は許さない

しおりを挟む
 軍馬を奪えば、一番最初に必要なのが水よ。なぜなら、そう訓練されているから。戻れない状況になれば、水場みずばを目指そうとする。昏倒させて運ぶのでなければ、川か井戸のある場所にいるでしょう。馬の生存を確保する意味で、水場を探すよう教え込まれていた。

 侍従が運び込まれた民家のある位置を地図で確認し、一番近い水場を探した。少し離れるけれど、川があるわね。本流から分かれた支流は、農業用に引き込まれていた。真っすぐに水を目指すなら、このくらいかしら? 手にしたペンで印をつけた。

「フォルト兄様がいたらよかったけれど」

 こういう荒事はフォルト兄様が得意なのに、今は離れていて呼びつけるわけにもいかない。首都防衛に残った帝国軍の中から選びましょうか。

「エーデルシュタイン大公閣下ほどではありませんが、よい騎士がおります。ティム・リールではいかがですか?」

 クラウスが口にした名は、聞き覚えがあった。フォルト兄様が褒めていたので、記憶に残ったの。確か直属の部下にならないかと誘って、断られたのよ。目の不自由な妹君がいて、首都から離れたくないと聞いたわ。

「彼は家族のために首都を離れないはずよ」

「ご存じでしたね。日帰りなら行かせられます」

 自信ありげに請け合うので、理由を尋ねた。返ってきたのは意外な答えで「彼は私の幼馴染みでして、泊りがけの任務の時は我が家で妹を預かるのです」

 家族とぼかしたのに、妹と言い当てた。どうやら本当に知り合いみたいね。でも、未婚の令嬢を屋敷で預かっていたの? 騎士階級で貴族ではないけれど、結婚できないわけではない。もやっとして深呼吸した。個人的な感情は後回しにしなくては……。

「ちなみに、ティムの妹はドーリスと言いまして……私の弟の婚約者です」

「……え?」

 驚きで目を見開く。だが、すぐに表情を取り繕った。遅かったけれど……。

「ご心配なく、私がトリア様以外の女性に興味を持つことはありません」

 っ、この男! 私を試したのね!?

 腹が立つと同時に、羞恥で赤くなりそうな顔を必死で誤魔化す。深呼吸し、感情を落ち着けて何もなかった振りをしようとして……やっぱり無理だった。

「どういう、つもり?」

「申し訳ございません、トリア様のお気持ちを知りたくて……無礼をいたしました」

 素直に謝罪する男の言い訳に、可愛いと思うなんて。私もたいがい壊れているわね。ガブリエラ様がお父様を可愛いと表現したときは、あの狸が? と思ったけれど。確かに自分だけに懐く男は可愛いわ。それが何らかの実力を持っているなら、なおさら。

 お兄様達に抱く感情とは、全く違う。不思議な感覚だった。支配する満足とも違うし、騙された怒りや悔しさでもない。

「二度目は許さないわ」

「はい」

 平然と返すクラウスは、二度目もやりそう。でも怒ったとしても、私は次も許すでしょうね。嫌な予感が生まれ、口角を持ち上げた。

「それで、ティムは使えるのね?」

「はい。準備させます」

 命令を出して、ふと気づいた。エック兄様が静かだわ。一言も口を挟まなかった。顔を上げれば、エック兄様は淡々と書類に署名をしている。私達の会話が終わったタイミングで手を止めた。

「決まりましたか? ならば、お任せします」

 エック兄様らしくないわ。そう思ったけれど、顔も首も耳も……真っ赤じゃないの。もしかして、私達の会話を「痴話喧嘩」か「いちゃつき」と思っている? 慌てて違うと否定するのも変だわ。誤解を解くのも難しそうなので、私は溜め息一つで諦めた。

「馬の確保はクラウスに任せます。指揮官をティム、十名の騎士をつけてあげて。私はジルヴィアと部屋に戻りますわ」

 承諾の声を聞きながら、書棚の前にあるベビーベッドに近づく。移動式のベッドは、カートのように押して歩けるよう工夫されていた。エリーゼと並んで廊下に出ると、彼女に指摘される。

「お嬢様、顔が赤いようですが」

「自覚はあるわ。熱はないから安心してね」

 察して黙るエリーゼの代わりに、ジルヴィアが「あぶぅ」と声を上げた。しばらく部屋に閉じ籠りたい気分よ。無理だけれど。
しおりを挟む
感想 146

あなたにおすすめの小説

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

婚約破棄されたので公爵令嬢やめます〜私を見下した殿下と元婚約者が膝をつく頃、愛を囁くのは冷酷公爵でした〜

nacat
恋愛
婚約者に裏切られ、蔑まれ、全てを失った公爵令嬢リリアナ。 「あなたのような女、誰が愛すると?」そう言い放った王太子と元友人に嘲られても、彼女は涙を見せなかった。 だが、冷たく美しい隣国の公爵セドリックと出会った瞬間、運命は静かに動き出す。 冷酷と噂された男の腕のなかで、彼女は再び自分を取り戻していく。 そして――彼女を捨てた者たちは、彼女の眩い幸福の前に膝をつく。 「これは、ざまぁを通り越して愛された令嬢の物語。」

手放してみたら、けっこう平気でした。

朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。 そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。 だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。

地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい

水空 葵
恋愛
 一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。  それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。  リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。  そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。  でも、次に目を覚ました時。  どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。    二度目の人生。  今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。  一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。  そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか? ※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。  7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m

処理中です...