123 / 222
本編
122.軍馬奪還の任務を受諾 ***SIDEティム
しおりを挟む
リヒター帝国は最強国家だ。エーデルシュタイン元帥閣下率いる帝国軍の強さは、他国に引けを取らなかった。イエンチュ王国のような武人の多い国もあるが、帝国とは同盟関係を結んでいる。政はラウエンシュタイン宰相閣下がまとめ、皇帝陛下の治世は安定していた。
末の妹姫が戻られ、皇族の結束は強まっている。周辺国との争いが始まるも、兵士や民の消耗なく進められた。民の中には、他国と揉めた事実すら知らない者もいるほどだ。上が有能だと、下は楽ができる。そう考えていた矢先、思わぬ命令を受けた。
「馬泥棒、ですか?」
「そうです。皇帝陛下はかなりお怒りでして、確実に仕留めるよう命じられました」
生かして捕らえる必要はない。殺せと伝えるのに、随分と回りくどい。貴き方々のお言葉ならば、侯爵の地位を持つクラウスが慎重になるのもわかる。
「承知しました」
「いつも通り、ドーリス殿はお預かりします。ちょうどいいので、ドレスの試着をお願いしましょう」
ローヴァイン侯爵を継いだクラウスは、幼馴染みだった。騎士階級は貴族の末端だが、平民より少し上程度の地位だ。貴族の豪華な生活や優雅さは縁がない。それでもクラウスは僕に名を呼ぶ権利を与えた。それも敬称なしで……友人だからと笑いながら、あっさりと。
彼の信頼は、思わぬ形で実を結んだ。目の不自由な妹ドーリスが、クラウスの弟と恋仲になったのだ。独立して子爵の地位を得る予定だと聞いて、正直安心した。子爵夫人になれば、生活の苦労をしなくても済む。働きに出て夫を支える暮らしは出来ないため、ずっと支援するつもりだった。
騎士の給与をつぎ込めば、ドーリスの生活水準が維持できる。そんな決意を、クラウスは崩してしまった。贅沢はできないが、領地収入で十分食べていける。上位貴族に嫁げるほど礼儀作法を学んでいないドーリスも、子爵家ならば務まるだろう。
「言っておきますが……」
「もちろん、宿泊は離れです。婚姻前に妙な噂を立てられるのは、弟にとっても不名誉ですからね」
にっこり笑って先回りするクラウスに、肩の力を抜いた。いつもの侍女にドーリスを預けたら、すぐ出発だ。生かして捕らえなくて構わないなら、二泊ぐらいか。頭の中で算段をつけ、連れていく部下の数を確認する。
「十人?」
「ええ、トリア様は迅速な処置を希望されています」
皇帝陛下のご命令という形だったが、実際は姫様のご希望らしい。そういえば、クラウスは姫様と婚約すると聞いた。愛称を呼ばせていただく栄誉と信頼も得たようで、ほっとした。
「遅れましたが、婚約おめでとうございます。クラウス、幸せになってください」
「ありがとう、ティム。馬泥棒の件、よろしくお願いしますね」
ドーリスに事情を説明し、泊りの準備をさせる。嬉しそうに口元が緩んでいるのが、兄としては複雑だ。侯爵家からの迎えの到着を待って、騎士団本部へ向かった。待機する騎士は同僚ばかり、気心の知れた連中で連携も取りやすいだろう。
クラウスの手配か? 本当に気の利くやつだ。軍馬に跨り、街を出て走らせる。渡された地図は範囲が絞られていた。街道から離れた集落、川沿いの一角だ。夕方の出発で暗い街道を抜け、途中から山のほうへ入っていく。
朝が来るまでに発見できればいいが……最悪は野営して朝から動くことになる。足を止めた軍馬が鼻を鳴らした。二回連続は、何かがいる合図だ。
ぽんぽんと首筋を叩いて了承を伝え、馬の報告を労う。同僚達が無言で剣を抜いた。当然、僕も手に剣を握る。ぎらりと刃が光った。
「突撃!」
大声を張り上げる必要はない。仲間に伝わる程度の指示を出し、後はいつも通りの連携で川へ駆け下った。川の手前が低い崖になっており、馬の姿が確認しづらい。だが、慣れた軍馬は斜面を気にせず全力で走った。
「対象、発見」
「障害を排除する」
最低限の会話で動きが決まる。軍馬の発見を叫んだ騎士にもう一人がつき、確保に向かう。残りは障害となる敵の排除だ。隣で叫んだ相棒がにやりと笑い、表情以上に獰猛な所作で斬りかかった。素人ではないのか、二人の男が反撃してくる。
複数人を相手に戦うことを前提に訓練を受けるのが、騎士だ。護衛対象を囲みながら、何日も持ち堪える戦いを教え込まれる。奪われた軍馬を背に庇い、正面に敵を睨んだら……もう勝利は確定していた。
末の妹姫が戻られ、皇族の結束は強まっている。周辺国との争いが始まるも、兵士や民の消耗なく進められた。民の中には、他国と揉めた事実すら知らない者もいるほどだ。上が有能だと、下は楽ができる。そう考えていた矢先、思わぬ命令を受けた。
「馬泥棒、ですか?」
「そうです。皇帝陛下はかなりお怒りでして、確実に仕留めるよう命じられました」
生かして捕らえる必要はない。殺せと伝えるのに、随分と回りくどい。貴き方々のお言葉ならば、侯爵の地位を持つクラウスが慎重になるのもわかる。
「承知しました」
「いつも通り、ドーリス殿はお預かりします。ちょうどいいので、ドレスの試着をお願いしましょう」
ローヴァイン侯爵を継いだクラウスは、幼馴染みだった。騎士階級は貴族の末端だが、平民より少し上程度の地位だ。貴族の豪華な生活や優雅さは縁がない。それでもクラウスは僕に名を呼ぶ権利を与えた。それも敬称なしで……友人だからと笑いながら、あっさりと。
彼の信頼は、思わぬ形で実を結んだ。目の不自由な妹ドーリスが、クラウスの弟と恋仲になったのだ。独立して子爵の地位を得る予定だと聞いて、正直安心した。子爵夫人になれば、生活の苦労をしなくても済む。働きに出て夫を支える暮らしは出来ないため、ずっと支援するつもりだった。
騎士の給与をつぎ込めば、ドーリスの生活水準が維持できる。そんな決意を、クラウスは崩してしまった。贅沢はできないが、領地収入で十分食べていける。上位貴族に嫁げるほど礼儀作法を学んでいないドーリスも、子爵家ならば務まるだろう。
「言っておきますが……」
「もちろん、宿泊は離れです。婚姻前に妙な噂を立てられるのは、弟にとっても不名誉ですからね」
にっこり笑って先回りするクラウスに、肩の力を抜いた。いつもの侍女にドーリスを預けたら、すぐ出発だ。生かして捕らえなくて構わないなら、二泊ぐらいか。頭の中で算段をつけ、連れていく部下の数を確認する。
「十人?」
「ええ、トリア様は迅速な処置を希望されています」
皇帝陛下のご命令という形だったが、実際は姫様のご希望らしい。そういえば、クラウスは姫様と婚約すると聞いた。愛称を呼ばせていただく栄誉と信頼も得たようで、ほっとした。
「遅れましたが、婚約おめでとうございます。クラウス、幸せになってください」
「ありがとう、ティム。馬泥棒の件、よろしくお願いしますね」
ドーリスに事情を説明し、泊りの準備をさせる。嬉しそうに口元が緩んでいるのが、兄としては複雑だ。侯爵家からの迎えの到着を待って、騎士団本部へ向かった。待機する騎士は同僚ばかり、気心の知れた連中で連携も取りやすいだろう。
クラウスの手配か? 本当に気の利くやつだ。軍馬に跨り、街を出て走らせる。渡された地図は範囲が絞られていた。街道から離れた集落、川沿いの一角だ。夕方の出発で暗い街道を抜け、途中から山のほうへ入っていく。
朝が来るまでに発見できればいいが……最悪は野営して朝から動くことになる。足を止めた軍馬が鼻を鳴らした。二回連続は、何かがいる合図だ。
ぽんぽんと首筋を叩いて了承を伝え、馬の報告を労う。同僚達が無言で剣を抜いた。当然、僕も手に剣を握る。ぎらりと刃が光った。
「突撃!」
大声を張り上げる必要はない。仲間に伝わる程度の指示を出し、後はいつも通りの連携で川へ駆け下った。川の手前が低い崖になっており、馬の姿が確認しづらい。だが、慣れた軍馬は斜面を気にせず全力で走った。
「対象、発見」
「障害を排除する」
最低限の会話で動きが決まる。軍馬の発見を叫んだ騎士にもう一人がつき、確保に向かう。残りは障害となる敵の排除だ。隣で叫んだ相棒がにやりと笑い、表情以上に獰猛な所作で斬りかかった。素人ではないのか、二人の男が反撃してくる。
複数人を相手に戦うことを前提に訓練を受けるのが、騎士だ。護衛対象を囲みながら、何日も持ち堪える戦いを教え込まれる。奪われた軍馬を背に庇い、正面に敵を睨んだら……もう勝利は確定していた。
750
あなたにおすすめの小説
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
婚約破棄されたので公爵令嬢やめます〜私を見下した殿下と元婚約者が膝をつく頃、愛を囁くのは冷酷公爵でした〜
nacat
恋愛
婚約者に裏切られ、蔑まれ、全てを失った公爵令嬢リリアナ。
「あなたのような女、誰が愛すると?」そう言い放った王太子と元友人に嘲られても、彼女は涙を見せなかった。
だが、冷たく美しい隣国の公爵セドリックと出会った瞬間、運命は静かに動き出す。
冷酷と噂された男の腕のなかで、彼女は再び自分を取り戻していく。
そして――彼女を捨てた者たちは、彼女の眩い幸福の前に膝をつく。
「これは、ざまぁを通り越して愛された令嬢の物語。」
手放してみたら、けっこう平気でした。
朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。
そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。
だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
あの子を好きな旦那様
はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」
目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。
※小説家になろうサイト様に掲載してあります。
見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい
水空 葵
恋愛
一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。
それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。
リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。
そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。
でも、次に目を覚ました時。
どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。
二度目の人生。
今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。
一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。
そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか?
※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。
7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる