【完結】妻ではなく他人ですわ【書籍化決定】

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

文字の大きさ
124 / 222
本編

123.外交問題に発展するでしょうね

しおりを挟む
 軍馬を回収した騎士団は、思わぬ土産も持ち帰った。馬泥棒の死体よ。打ち捨ててもよかったのだけれど、念のために……と気を利かせたらしい。

「やっぱりイエンチュ王国の民ね」

 転がされた死体を前に、私は眉根を寄せた。イエンチュ王国の男は、腕に墨を入れる。大きな敵を倒したり、武功を上げたり、強さの象徴として刻んできた。その墨が、しっかりと体に残されていた。太い腕の肘から上は、びっしりと文様がある。

「それなりの実力者だったようですね」

 墨の多さに、クラウスも驚いたようだ。運んできた騎士は四人、うち一人がティムみたいね。クラウスが話しかけていた。短く刈り上げた赤毛の青年は、丁寧な言葉遣いで報告を始める。騎士達に大きなケガはなく、かすり傷程度と聞いて安心した。

「ご苦労でした。ケガがなくてよかったわ」

「皇妹殿下のお役に立てるとあらば、命を賭して戦う所存です。ご心配頂きましたこと、感謝申し上げます」

 近衛騎士でも通りそうな礼儀正しさだわ。騎士階級と聞いたけれど、ルヴィ兄様の下につけても大丈夫そう。頷きながら彼らの功績を労い、クラウスに向き直った。

「軍馬の回収が目的だったけれど……この墨は問題ね」

「はい、有力者の子弟だった場合は外交問題になるかもしれません」

 懸念を伝える口ぶりながら、クラウスの口元には薄ら笑いが浮かんでいた。視線の先にあるイエンチュ王国の死体を前に、何か考えている様子。この件は外交問題になるから、ガブリエラ様にお願いしようかしら?

「ティム、今夜は屋敷に泊ってくれ」

「……承知いたしました」

 一礼して下がるティムという騎士を見送る。クラウスとは幼馴染みと聞いていた。いまの何気ない会話は、この後何らかの仕事を任せる、の意味でしょう。

「何をするの?」

「簡単です。外交で有利になるよう、少しばかり細工を……」

「今回は不要よ。イエンチュ王国は独特でしょう? ガブリエラ様にお願いして、イエンチュ流で対応してもらうわ」

 強さで蹴散らせば、問題にならない。イエンチュの戦士にとって、敗者になることは屈辱だった。その部分で食いつこうとしても、フォルト兄様やガブリエラ様が対応すれば叩きのめせる。馬泥棒の罪が確定した死人の名誉は、回復されない。

「砦に向かう支度をお願い。先ほどの騎士達を護衛にしましょう。手配してくださる?」

「承知いたしました。トリア様の護衛は、最高の栄誉ですね」

 にこにこと承諾するクラウスは、足元の死体を一瞥した。

「これはどうしますか?」

「……ガブリエラ様に見せたいけれど、腐ってしまうわよね?」

 死体になってからここまで一日、砦に出発して一日。天気もいいし、臭う死体と旅をするのも……。

「ご安心ください。これから運ばせれば、腐る前に届くと思います」

 請け負うクラウスに任せ、私は外出の準備のため私室へ向かう。途中で表宮に立ち寄り、エック兄様に外出予定を連絡した。中の宮で旅支度の命令を出し……ジルヴィアの顔を見に行く。扉の外で警護させていたが、今は室内に待機させている。お父様のように窓から侵入される危険性があるもの。

「ジルヴィア、いい子でいてね。出かけてくるわ」

 声を掛けて、抱っこしてあやす。娘が眠くなるまで抱いて過ごし、アンナに託した。仕事に復帰したアンナは、以前にも増して献身的にジルヴィアの面倒を見てくれる。眠り草による後遺症もなく、本当によかったわ。

 専属侍女のエリーゼが服や小物を箱に詰め、封印を施していく。文房具や書類など、他人任せにできない部分を整理してバッグに纏めた。そう言えば、クラウスに同行するよう命じるのを忘れたわ。今夜、屋敷でティムを交えて話があるようだし、事前に伝えておかなくちゃね。
しおりを挟む
感想 146

あなたにおすすめの小説

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

婚約破棄されたので公爵令嬢やめます〜私を見下した殿下と元婚約者が膝をつく頃、愛を囁くのは冷酷公爵でした〜

nacat
恋愛
婚約者に裏切られ、蔑まれ、全てを失った公爵令嬢リリアナ。 「あなたのような女、誰が愛すると?」そう言い放った王太子と元友人に嘲られても、彼女は涙を見せなかった。 だが、冷たく美しい隣国の公爵セドリックと出会った瞬間、運命は静かに動き出す。 冷酷と噂された男の腕のなかで、彼女は再び自分を取り戻していく。 そして――彼女を捨てた者たちは、彼女の眩い幸福の前に膝をつく。 「これは、ざまぁを通り越して愛された令嬢の物語。」

手放してみたら、けっこう平気でした。

朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。 そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。 だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。

地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい

水空 葵
恋愛
 一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。  それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。  リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。  そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。  でも、次に目を覚ました時。  どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。    二度目の人生。  今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。  一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。  そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか? ※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。  7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m

処理中です...