177 / 222
本編
176.初めてのお祭りを楽しみたいわ
しおりを挟む
子供が夢中になる弓当て遊びを体験した。的の中央付近に当たると景品がもらえるの。でもなかなか当たらなくて、二回やって全滅。近くで見学していた子が「僕のが上手だ」と胸を張るのでやらせてみたら、本当に二等を取ったわ。
景品はその子に持たせる。すると走って、待っていた妹に渡した。お兄ちゃんと呼んでいるし、顔もそっくりだわ。嬉しそうに手を振って景品の人形を抱きしめる妹の隣で、兄はぺこりと頭を下げる。兄のほうはもう神殿の教室に通っている年齢だった。
こういった行儀作法も最低限教える教室は、親達にも歓迎されている。最初に導入したときの苦労話を思い出し、ふふっと笑った。
「どうなさいました?」
「お祖父様の日記を思い出したの。教室を作ったばかりの頃、子供の親に怒られたそうよ。働き手を奪うのか、って。だから教室に参加すればパンを持たせた。しばらくして子供が計算や文字を覚え、良い仕事に就くと……噂になったのね。誰も文句を言わなくなったと書いてあったわ」
大改革をいくつも推し進めた祖父は、敵が多かった。苦労したと思うわ。でもその改革が実を結び、今では帝国の子供は誰もが教室へ通う。代替わりして親の世代になった当時の子供達は、自分が受けたのと同じ恩恵を我が子に望んだ。
教室を宰相の権限で進めなかったのも、神殿との間にいい関係を築いた。先見の明がある祖父の功績を何度も読み返す私に、日記を渡したのはお父様だったわ。読んでみろと。功績ばかり連ねた本と違い、失敗や葛藤がたくさん記されていた。懐かしいわ。
「私は帝国に生まれて幸せだと、いつも思うのです」
治める領地の民が学んで文字を読み、計算が出来る。それは不要な知識を与えると考える他国から見れば、信じられない光景だろう。だが通達を張り紙しても、民に情報が行き渡る。他国から来た商人に騙される自国民が少ない。どれだけ治世が楽か。
難しい話をしながら歩く私は、輪投げに目を奪われた。
「あれをやりたいわ!」
「年齢制限があります」
指さして示された先に、教室へ通う前の年齢までと記されていた。
「景品は要らないから、一回だけ」
普段は諦めるけれど、今日は特別よ。だって収穫祭を内側から楽しむのは初めてなの。今までは馬車の中や皇族が挨拶する台の上からだった。体験してみたいと訴える私の袖を、つんつんと引っ張る子が現れた。まだ幼い女の子で、赤いリボンで髪を結んでいる。お祭りのお洒落だろう。
「っ、触れては……」
止めようとした騎士に首を横に振る。屈んで「どうしたの」と尋ねた。
「輪投げ、あたちの代わりにいいよ。お菓子、とって!」
クラウスが店主に近づき、何かを話す。と、こっそり金貨を握らせた。こういうところ、本当に貴族よね。それだけあったら、数十回投げられると思うわ。
女の子が持っていた輪は三つ。全部託されたので、絶対に外せないわ。
「頑張るわ!」
一つ目は全然飛ばない。麦藁を編んだロープ輪は、的をかすりもしなかった。すると、後ろに立ったクラウスが私の手に触れる。
「失礼。こうして、こう……力を抜いて」
言われるまま動かすと、的にかかった。最後は一人で投げたけれど、こちらも的に当たって綺麗にかかる。
「やった!」
叫んだ女の子と手を触れ合わせて喜び、お菓子を受け取って渡した。すると一つだけ引っ張りだし、私に差し出す。
「全部あなたのよ?」
「いいの!」
微笑ましいと言わんばかりの笑顔で見守るクラウスと騎士に、恥ずかしいようなムズムズする思いで受け取った。
「ありがとう、頂くわ」
じゃあねと手を振って走り去る女の子を見送り、貰ったお菓子を見つめる。これ、何かしら? 初めて見るお菓子だわ。
「あっ、それ酸っぱいですよ」
クラウスに種明かしされたときは齧った後で、うっと顔をしかめる。でもいい思い出になったわ。
景品はその子に持たせる。すると走って、待っていた妹に渡した。お兄ちゃんと呼んでいるし、顔もそっくりだわ。嬉しそうに手を振って景品の人形を抱きしめる妹の隣で、兄はぺこりと頭を下げる。兄のほうはもう神殿の教室に通っている年齢だった。
こういった行儀作法も最低限教える教室は、親達にも歓迎されている。最初に導入したときの苦労話を思い出し、ふふっと笑った。
「どうなさいました?」
「お祖父様の日記を思い出したの。教室を作ったばかりの頃、子供の親に怒られたそうよ。働き手を奪うのか、って。だから教室に参加すればパンを持たせた。しばらくして子供が計算や文字を覚え、良い仕事に就くと……噂になったのね。誰も文句を言わなくなったと書いてあったわ」
大改革をいくつも推し進めた祖父は、敵が多かった。苦労したと思うわ。でもその改革が実を結び、今では帝国の子供は誰もが教室へ通う。代替わりして親の世代になった当時の子供達は、自分が受けたのと同じ恩恵を我が子に望んだ。
教室を宰相の権限で進めなかったのも、神殿との間にいい関係を築いた。先見の明がある祖父の功績を何度も読み返す私に、日記を渡したのはお父様だったわ。読んでみろと。功績ばかり連ねた本と違い、失敗や葛藤がたくさん記されていた。懐かしいわ。
「私は帝国に生まれて幸せだと、いつも思うのです」
治める領地の民が学んで文字を読み、計算が出来る。それは不要な知識を与えると考える他国から見れば、信じられない光景だろう。だが通達を張り紙しても、民に情報が行き渡る。他国から来た商人に騙される自国民が少ない。どれだけ治世が楽か。
難しい話をしながら歩く私は、輪投げに目を奪われた。
「あれをやりたいわ!」
「年齢制限があります」
指さして示された先に、教室へ通う前の年齢までと記されていた。
「景品は要らないから、一回だけ」
普段は諦めるけれど、今日は特別よ。だって収穫祭を内側から楽しむのは初めてなの。今までは馬車の中や皇族が挨拶する台の上からだった。体験してみたいと訴える私の袖を、つんつんと引っ張る子が現れた。まだ幼い女の子で、赤いリボンで髪を結んでいる。お祭りのお洒落だろう。
「っ、触れては……」
止めようとした騎士に首を横に振る。屈んで「どうしたの」と尋ねた。
「輪投げ、あたちの代わりにいいよ。お菓子、とって!」
クラウスが店主に近づき、何かを話す。と、こっそり金貨を握らせた。こういうところ、本当に貴族よね。それだけあったら、数十回投げられると思うわ。
女の子が持っていた輪は三つ。全部託されたので、絶対に外せないわ。
「頑張るわ!」
一つ目は全然飛ばない。麦藁を編んだロープ輪は、的をかすりもしなかった。すると、後ろに立ったクラウスが私の手に触れる。
「失礼。こうして、こう……力を抜いて」
言われるまま動かすと、的にかかった。最後は一人で投げたけれど、こちらも的に当たって綺麗にかかる。
「やった!」
叫んだ女の子と手を触れ合わせて喜び、お菓子を受け取って渡した。すると一つだけ引っ張りだし、私に差し出す。
「全部あなたのよ?」
「いいの!」
微笑ましいと言わんばかりの笑顔で見守るクラウスと騎士に、恥ずかしいようなムズムズする思いで受け取った。
「ありがとう、頂くわ」
じゃあねと手を振って走り去る女の子を見送り、貰ったお菓子を見つめる。これ、何かしら? 初めて見るお菓子だわ。
「あっ、それ酸っぱいですよ」
クラウスに種明かしされたときは齧った後で、うっと顔をしかめる。でもいい思い出になったわ。
545
あなたにおすすめの小説
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
婚約破棄されたので公爵令嬢やめます〜私を見下した殿下と元婚約者が膝をつく頃、愛を囁くのは冷酷公爵でした〜
nacat
恋愛
婚約者に裏切られ、蔑まれ、全てを失った公爵令嬢リリアナ。
「あなたのような女、誰が愛すると?」そう言い放った王太子と元友人に嘲られても、彼女は涙を見せなかった。
だが、冷たく美しい隣国の公爵セドリックと出会った瞬間、運命は静かに動き出す。
冷酷と噂された男の腕のなかで、彼女は再び自分を取り戻していく。
そして――彼女を捨てた者たちは、彼女の眩い幸福の前に膝をつく。
「これは、ざまぁを通り越して愛された令嬢の物語。」
手放してみたら、けっこう平気でした。
朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。
そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。
だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
あの子を好きな旦那様
はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」
目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。
※小説家になろうサイト様に掲載してあります。
見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい
水空 葵
恋愛
一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。
それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。
リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。
そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。
でも、次に目を覚ました時。
どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。
二度目の人生。
今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。
一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。
そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか?
※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。
7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる