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本編
10.まだ情報が足りないわ
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神殿からの報告は数日かかるだろう。他国の神殿へ関与することは問題なくとも、物理的な距離が邪魔をする。急いで馬を飛ばしたとて、即日の返事は不可能だった。事前にアディソン王国の神殿でも「婚姻届が出ていない」と匂わせたので、調べている頃かしらね。
叔父様から連絡が入る頃には、アディソン王国の大神官も調査結果を手にしているはずだった。説明を聞いたエック兄様は満足そうに頷く。可愛いイングリットが眠る子供部屋で、お茶を飲みながらソファーに身を預けた。
「さすがはトリアだ」
「ありがとう、エック兄様」
一を聞いて十を察するエック兄様は、優雅な仕草でお茶のカップを傾けた。花茶ではなく、緑茶を楽しむ。花茶は大量に飲むと、お腹が緩くなるのよ。嗜好品として楽しむ程度で、日常的に飲むには向かない。
神殿は質素倹約を旨としていて、一日に一度のお茶以外は水で過ごすわ。だから花茶が好まれるのね。叔父様へ高い白花茶を差し入れしようかしら。
「フォルトが面白い情報を拾ってきました」
特徴的な三人の中で、一番辛辣なのがエック兄様だ。残酷なのはフォルト兄様でしょうね。戦場に立つ彼の感覚は、平穏な貴族とは大きくズレていた。
「あら、素敵なお話?」
「滑稽な部類でしょうね。許可なく国境を越えようとした男を捕らえたそうですよ。暴れたので、二、三本の矢を打ち込んだと聞いています」
他人事のように話しているが、間違いなくスチュアート公爵のことだ。そうでなければ、エック兄様が私に聞かせるはずはないもの。愛用の扇をゆったりと広げて、顔の下半分を隠す。思わず浮かんだ笑みも、そっと覆った。
「随分と野生的な侵入者でしたのね」
「野蛮と言い換えても構わないでしょう。アディソン王国との国境は現在、臨時検問中です。突破するには、騎士団長一人の力では到底……おっと、口が滑りました」
わざと口にしたのに、誤魔化すなら……興味深い理由が隠されていそう。扇をひらりと動かし、緩んだ口元を引き締めた。
「お一人でしたの?」
「そのようです」
軍を引き連れていない。騎士団も置いてきた。単独での行動は、どんな意味を持つのか。現在、私が叔父様に頼んで調べているのは、婚姻届を秘匿した人物だった。スチュアート公爵、先代王妃、アディソン国王……それ以外にも可能性がある。
誰が私の名誉を傷つけたか、国の体面を潰したのか。その報いをどこまで受けさせるべきか判断するには、まだ情報が足りなかった。
うぁああぅ……ぅ。私の気を引くように、イングリットが大きな声を上げる。扇を畳んで立ち上がり、ベビーベッドを覗き込んだ。人払いでアンナやエリーゼは隣室に控えている。
「どうしたの、イングリット」
あうぁ! 伸ばした私の指先を、赤子特有の吸い付くような柔肌が包み、きゅっと掴んだ。イングリットは丸い目を瞬いた。本当に愛おしい。この子は私の救いね。
「君を心配しているのではないか? 赤子は敏感らしいからね」
エック兄様の声に「そうかしら」と返しながら、腕を入れて抱き上げた。にこりと笑った気がする。まだ反射でしかない顔の動きも、可愛くて仕方がなかった。
「フォルト兄様はどちらに?」
「大喜びで国境へ馬を走らせた、と報告がありましたよ」
苦笑いする次兄の元へ連れて行ったイングリットは、ご機嫌で手を伸ばす。エック兄様の服の飾り紐を掴んで離さず、近い距離で打ち合わせた。情報が揃ってから手を打っても、遅いんですもの。
叔父様から連絡が入る頃には、アディソン王国の大神官も調査結果を手にしているはずだった。説明を聞いたエック兄様は満足そうに頷く。可愛いイングリットが眠る子供部屋で、お茶を飲みながらソファーに身を預けた。
「さすがはトリアだ」
「ありがとう、エック兄様」
一を聞いて十を察するエック兄様は、優雅な仕草でお茶のカップを傾けた。花茶ではなく、緑茶を楽しむ。花茶は大量に飲むと、お腹が緩くなるのよ。嗜好品として楽しむ程度で、日常的に飲むには向かない。
神殿は質素倹約を旨としていて、一日に一度のお茶以外は水で過ごすわ。だから花茶が好まれるのね。叔父様へ高い白花茶を差し入れしようかしら。
「フォルトが面白い情報を拾ってきました」
特徴的な三人の中で、一番辛辣なのがエック兄様だ。残酷なのはフォルト兄様でしょうね。戦場に立つ彼の感覚は、平穏な貴族とは大きくズレていた。
「あら、素敵なお話?」
「滑稽な部類でしょうね。許可なく国境を越えようとした男を捕らえたそうですよ。暴れたので、二、三本の矢を打ち込んだと聞いています」
他人事のように話しているが、間違いなくスチュアート公爵のことだ。そうでなければ、エック兄様が私に聞かせるはずはないもの。愛用の扇をゆったりと広げて、顔の下半分を隠す。思わず浮かんだ笑みも、そっと覆った。
「随分と野生的な侵入者でしたのね」
「野蛮と言い換えても構わないでしょう。アディソン王国との国境は現在、臨時検問中です。突破するには、騎士団長一人の力では到底……おっと、口が滑りました」
わざと口にしたのに、誤魔化すなら……興味深い理由が隠されていそう。扇をひらりと動かし、緩んだ口元を引き締めた。
「お一人でしたの?」
「そのようです」
軍を引き連れていない。騎士団も置いてきた。単独での行動は、どんな意味を持つのか。現在、私が叔父様に頼んで調べているのは、婚姻届を秘匿した人物だった。スチュアート公爵、先代王妃、アディソン国王……それ以外にも可能性がある。
誰が私の名誉を傷つけたか、国の体面を潰したのか。その報いをどこまで受けさせるべきか判断するには、まだ情報が足りなかった。
うぁああぅ……ぅ。私の気を引くように、イングリットが大きな声を上げる。扇を畳んで立ち上がり、ベビーベッドを覗き込んだ。人払いでアンナやエリーゼは隣室に控えている。
「どうしたの、イングリット」
あうぁ! 伸ばした私の指先を、赤子特有の吸い付くような柔肌が包み、きゅっと掴んだ。イングリットは丸い目を瞬いた。本当に愛おしい。この子は私の救いね。
「君を心配しているのではないか? 赤子は敏感らしいからね」
エック兄様の声に「そうかしら」と返しながら、腕を入れて抱き上げた。にこりと笑った気がする。まだ反射でしかない顔の動きも、可愛くて仕方がなかった。
「フォルト兄様はどちらに?」
「大喜びで国境へ馬を走らせた、と報告がありましたよ」
苦笑いする次兄の元へ連れて行ったイングリットは、ご機嫌で手を伸ばす。エック兄様の服の飾り紐を掴んで離さず、近い距離で打ち合わせた。情報が揃ってから手を打っても、遅いんですもの。
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