45 / 222
本編
44.伏した獅子は目覚めた ***SIDEルートヴィッヒ
しおりを挟む
下の弟エッケハルトは、年齢も近い。神童と称えられるほど物覚えがよく、あっという間に人々の信頼を勝ち取った。人付き合いの苦手な一面もあるが、真面目さの裏返しだろう。父によく似た顔立ちも合わせ、古参の貴族には人気が高い。
少し歳の離れた弟フォルクハルトも、一芸に秀でていた。剣術、弓術、格闘技……乗馬に関しても彼に敵わない。体を動かすことにかけては長けているが、頭を使うのは苦手なようだ。
ここまでなら、周囲もさほど騒がなかっただろう。母上のカリスマ性と顔立ちをそっくり受け継いだ私は、人たらしと揶揄されてきた。穏やかに話しかけ、少しすると大人が私に傾倒するのだ。当初は自覚がなかったが、この能力は高く評価された。
三者三様、けれど協力はしない。そんな私達の関係を大きく変えたのが、最後に生まれた妹だった。ただ一人の姫だ。勝利を意味するヴィクトーリアと名付けられ、彼女は愛の女神の加護を得てすくすくと育った。愛らしい顔立ち、皇女の地位、生まれながらにして幸福を約束された存在――。
「ルヴィお兄様は、なぜご自分に自信がないの? エック兄様は頭がいいけれど、それなら私も同じよ。フォルク兄様は強いけれど、私だって負けないわ。でも……ルヴィ兄様の真似は私にはできないもの」
思わぬ指摘に、驚いて動きが止まった。初めて参加するお茶会のため、相手役を務めた時だったか。聡明だと知っていたが、ここまで大人びた言葉を聞くなんて。あの日から、すべてが変わった。
父上や母上が皇太子の地位を私に定めた。長兄だからか、そう問うた無礼に、母上は平手で応じる。叩かれていないのに同じ左頬を手で覆い、痛そうに顔を顰めた父上は……今思えば、母上に叩かれた経験があるのだろう。
「先に生まれたから、皇妃の息子だから、そのような理由で選んでおっては国が滅びるわ! もしトリアが望んだなら、あの子を後継にした」
母上の発言に目を丸くする。が、納得した。なるほど、あの子が進言したのか。トリアは程よく才能を発揮した。勉強もできるし頭も回る。けれど格闘戦もこなし馬を操った。文武両道、整った美しい姿と先を見通す聡明さ。彼女が頂点に立つなら、それがいい。
「なぜトリアを選ばないのですか」
「……断られたのだ。それに我らの策も見破りおった」
母上は舌打ちして大きく息を吐き出した。顔の前で扇を広げる。どきっとしたが、扇の柄は青い小花だった。椿でなくてよかった。心から安堵しながら、先を促す。
「名前に仕掛けがあったのは、気づいておるか?」
父上によれば、これは母上と相談して決めたらしい。かつてリヒテンシュタット帝国では、皇太子に「ヴィ」の称号を与えた。皇位争いにより国が疲弊することを防ぐためだ。ここまでは、授業で習っていた。
「ルートヴィッヒ、エッケハルト、フォルクハルト……気づくことはないか?」
響きか。弟二人の響きは似ている。だが私だけ明らかに違う系統の名だった。ヴィの響きも含んでいる。
「側妃を迎える時に決めた。彼女らに男児が生まれても、皇位は継がせない。トリアに関しては、女児ゆえ問題ないと判断したが……」
先祖の伝説には、嘘か本当か迷うものが存在した。称号により能力が変化する話や、神々の加護で実際に魔法のような力を振るう者がいたと。
「トリアは……」
「先祖がえりであろうよ」
ヴィクトーリアの名前は、滅びた帝国の称号が含まれる。言霊信仰が残る大陸で、古い血に含まれる称号が影響を与えたのか。稀な逸材が揃った当代で、一番の要はトリアだった。
「よいか、お前はトリアを守る盾だ。玉座に就かぬ影の女帝を、皇帝という肩書きで守れ。あの血を絶やしてはならぬ」
母上は言い切ると、満足げに扇を畳んだ。あの日、私の運命は確定したのだ。トリアが望むように取り計らい、いつか彼女の子孫を一族に戻す。
そのチャンスは、突然訪れた。嫁いだ彼女が帰ってくる。そっくりな娘を連れて。母上の言霊が紡いだ縁だろう。
「血を残すための妻は、もう必要ない」
親族婚で古い血を持つプロイス王国の姫を求めたが、もう不要だった。トリアの娘イングリットが一族に戻る。ならば、無駄な嫉妬などしない賢妃を探そう。婚約解消の公文書に署名し、私は椅子に寄りかかった。
伏して目を閉じた獅子が、ようやく目覚める。身を起こし、不相応な夢を抱いた獲物を食い殺すために。
少し歳の離れた弟フォルクハルトも、一芸に秀でていた。剣術、弓術、格闘技……乗馬に関しても彼に敵わない。体を動かすことにかけては長けているが、頭を使うのは苦手なようだ。
ここまでなら、周囲もさほど騒がなかっただろう。母上のカリスマ性と顔立ちをそっくり受け継いだ私は、人たらしと揶揄されてきた。穏やかに話しかけ、少しすると大人が私に傾倒するのだ。当初は自覚がなかったが、この能力は高く評価された。
三者三様、けれど協力はしない。そんな私達の関係を大きく変えたのが、最後に生まれた妹だった。ただ一人の姫だ。勝利を意味するヴィクトーリアと名付けられ、彼女は愛の女神の加護を得てすくすくと育った。愛らしい顔立ち、皇女の地位、生まれながらにして幸福を約束された存在――。
「ルヴィお兄様は、なぜご自分に自信がないの? エック兄様は頭がいいけれど、それなら私も同じよ。フォルク兄様は強いけれど、私だって負けないわ。でも……ルヴィ兄様の真似は私にはできないもの」
思わぬ指摘に、驚いて動きが止まった。初めて参加するお茶会のため、相手役を務めた時だったか。聡明だと知っていたが、ここまで大人びた言葉を聞くなんて。あの日から、すべてが変わった。
父上や母上が皇太子の地位を私に定めた。長兄だからか、そう問うた無礼に、母上は平手で応じる。叩かれていないのに同じ左頬を手で覆い、痛そうに顔を顰めた父上は……今思えば、母上に叩かれた経験があるのだろう。
「先に生まれたから、皇妃の息子だから、そのような理由で選んでおっては国が滅びるわ! もしトリアが望んだなら、あの子を後継にした」
母上の発言に目を丸くする。が、納得した。なるほど、あの子が進言したのか。トリアは程よく才能を発揮した。勉強もできるし頭も回る。けれど格闘戦もこなし馬を操った。文武両道、整った美しい姿と先を見通す聡明さ。彼女が頂点に立つなら、それがいい。
「なぜトリアを選ばないのですか」
「……断られたのだ。それに我らの策も見破りおった」
母上は舌打ちして大きく息を吐き出した。顔の前で扇を広げる。どきっとしたが、扇の柄は青い小花だった。椿でなくてよかった。心から安堵しながら、先を促す。
「名前に仕掛けがあったのは、気づいておるか?」
父上によれば、これは母上と相談して決めたらしい。かつてリヒテンシュタット帝国では、皇太子に「ヴィ」の称号を与えた。皇位争いにより国が疲弊することを防ぐためだ。ここまでは、授業で習っていた。
「ルートヴィッヒ、エッケハルト、フォルクハルト……気づくことはないか?」
響きか。弟二人の響きは似ている。だが私だけ明らかに違う系統の名だった。ヴィの響きも含んでいる。
「側妃を迎える時に決めた。彼女らに男児が生まれても、皇位は継がせない。トリアに関しては、女児ゆえ問題ないと判断したが……」
先祖の伝説には、嘘か本当か迷うものが存在した。称号により能力が変化する話や、神々の加護で実際に魔法のような力を振るう者がいたと。
「トリアは……」
「先祖がえりであろうよ」
ヴィクトーリアの名前は、滅びた帝国の称号が含まれる。言霊信仰が残る大陸で、古い血に含まれる称号が影響を与えたのか。稀な逸材が揃った当代で、一番の要はトリアだった。
「よいか、お前はトリアを守る盾だ。玉座に就かぬ影の女帝を、皇帝という肩書きで守れ。あの血を絶やしてはならぬ」
母上は言い切ると、満足げに扇を畳んだ。あの日、私の運命は確定したのだ。トリアが望むように取り計らい、いつか彼女の子孫を一族に戻す。
そのチャンスは、突然訪れた。嫁いだ彼女が帰ってくる。そっくりな娘を連れて。母上の言霊が紡いだ縁だろう。
「血を残すための妻は、もう必要ない」
親族婚で古い血を持つプロイス王国の姫を求めたが、もう不要だった。トリアの娘イングリットが一族に戻る。ならば、無駄な嫉妬などしない賢妃を探そう。婚約解消の公文書に署名し、私は椅子に寄りかかった。
伏して目を閉じた獅子が、ようやく目覚める。身を起こし、不相応な夢を抱いた獲物を食い殺すために。
2,297
あなたにおすすめの小説
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
婚約破棄されたので公爵令嬢やめます〜私を見下した殿下と元婚約者が膝をつく頃、愛を囁くのは冷酷公爵でした〜
nacat
恋愛
婚約者に裏切られ、蔑まれ、全てを失った公爵令嬢リリアナ。
「あなたのような女、誰が愛すると?」そう言い放った王太子と元友人に嘲られても、彼女は涙を見せなかった。
だが、冷たく美しい隣国の公爵セドリックと出会った瞬間、運命は静かに動き出す。
冷酷と噂された男の腕のなかで、彼女は再び自分を取り戻していく。
そして――彼女を捨てた者たちは、彼女の眩い幸福の前に膝をつく。
「これは、ざまぁを通り越して愛された令嬢の物語。」
手放してみたら、けっこう平気でした。
朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。
そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。
だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
あの子を好きな旦那様
はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」
目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。
※小説家になろうサイト様に掲載してあります。
見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい
水空 葵
恋愛
一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。
それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。
リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。
そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。
でも、次に目を覚ました時。
どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。
二度目の人生。
今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。
一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。
そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか?
※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。
7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる