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2章 魔王様のお姫様は悪戯ざかり
27. 亀は置いていきなさい、亀は!
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しかたなく、言い方を変えてみる。
「ですが、リリス嬢が危険です。戦場に、子供は危ないでしょう?」
「オレが守るから平気だ」
またしても否定してくる。アスタロトはもう一度穏やかに声をかけた。
「子供は残虐な場面を見ると、おねしょをすると聞きますよ」
だから置いていけ。育児書の知識を総動員して説得する側近の前で、ルシファーは初めて迷った。おねしょは早く治してやりたい。だが置いていけない。究極の選択だった。
「トラウマになると言います。置いていきましょう、ね? 陛下」
子供に言い聞かせるように、出来るだけ穏便に話を進めるアスタロトの努力は、次の言葉で吹き消される。
「絶対に嫌だ! みせないようにするもん!」
絶世の美貌が唇を尖らせて抗議する。「するもん」じゃねえよ! ブチッ、アスタロトの頭の中で何かが切れる音がした。
「だから!! リリス嬢を置いていきなさい! リリス嬢を!! 聞き分けなさい」
幼稚園へペットの亀を連れて行こうとする幼児と、それを宥める母親のようなやり取りはしばらく激しい応酬を繰り返し、最終的にアスタロトが根負けする形で収束した。
なお、ベールがドアを閉めずに退出したため……このやり取りの一部始終が城に仕える者に筒抜けだった。その話が城下で教訓用絵本になるのは、また別の話である。
大量に届いたダンボールの中を開き、次々と小さなドレスやワンピースを確認するルシファーは、小さな下着を手に唸っていた。
「これ、可愛いけど……なんかやらしいな」
「この状況が一番いやらしいわ」
ベルゼビュートが冷めた声で現実を突きつける。リリス用に用意させた私室は、魔王の寝室の隣だった。これは城中の魔族が納得する状況なのだが、問題は広すぎるクローゼットの中身だ。可愛い服が大量に並んでおり、リリスは毎日違う服を着せられている。
一度袖を通した服を再び着せることはなく、着用した日付のタグをつけて保管された。そのクローゼットで、新しく届いた服を吟味する魔王陛下の姿は……控えめに言って変態だ。
幼児の下着を目の前にかざして唸っている隣で、付き合わされるベルゼビュートが溜め息をつく。前に「アスタロトをつき合わせればいい」と言ったところ、「男にリリスの下着を見せるなんて!」と全力で拒否された経緯がある。
幼児の下着に真剣になる男なんて、あなたくらいよ。そう思うベルゼビュートだが、さすがに口に出す勇気はなかった。まだ命は惜しい。
「このワンピースは普段着で、こっちの白いドレスを今度の戦場で着せるんだ! ほら、翼もおそろいだぞ」
水鳥の羽を使った翼がついた白いドレスは、ひらひらしたレースやフリルがふんだんに飾られていた。可愛らしいが、お人形さながら動けない格好だ。1歳児に着せる服ではなかった。
「ずっと抱いてるからな」
隣のリリスは状況を理解していないため、届いたパンツをひとつ咥えて噛み千切ろうとしていた。手を伸ばして取り上げようとすれば、ルシファーの手に噛み付く。
人間の赤子は4ヶ月目前後で歯が生えてきて、違和感なのか物に噛み付くようになる。全体的に人族の基準より成長が遅いリリスだが、生えた歯が痒いのか。よく物を噛んで取り上げられた。
「あ、すごいな。リリス、立派な歯形だ!」
噛まれた指に付いた歯型が整っていると喜ぶ親バカ魔王に、ベルゼビュートは耐え切れずに床に倒れこんだ。どうしよう、この人が私達の君主なのよね? 本当に君主なのよね?
同じことを二度呟くほど混乱している。
「ほら、みてみろ…ベルゼ。整ってるぞ」
「ソウデスワネ」
遠い目をしている部下に気付くことなく、ルシファーは愛娘をぎゅっと抱き締めた。ついでとばかり、耳たぶも噛まれたのは愛嬌だ。しばらく痕を消さずに鏡を見てくすくす笑うルシファーの姿が、ホラーとして城内で噂となった。
「ですが、リリス嬢が危険です。戦場に、子供は危ないでしょう?」
「オレが守るから平気だ」
またしても否定してくる。アスタロトはもう一度穏やかに声をかけた。
「子供は残虐な場面を見ると、おねしょをすると聞きますよ」
だから置いていけ。育児書の知識を総動員して説得する側近の前で、ルシファーは初めて迷った。おねしょは早く治してやりたい。だが置いていけない。究極の選択だった。
「トラウマになると言います。置いていきましょう、ね? 陛下」
子供に言い聞かせるように、出来るだけ穏便に話を進めるアスタロトの努力は、次の言葉で吹き消される。
「絶対に嫌だ! みせないようにするもん!」
絶世の美貌が唇を尖らせて抗議する。「するもん」じゃねえよ! ブチッ、アスタロトの頭の中で何かが切れる音がした。
「だから!! リリス嬢を置いていきなさい! リリス嬢を!! 聞き分けなさい」
幼稚園へペットの亀を連れて行こうとする幼児と、それを宥める母親のようなやり取りはしばらく激しい応酬を繰り返し、最終的にアスタロトが根負けする形で収束した。
なお、ベールがドアを閉めずに退出したため……このやり取りの一部始終が城に仕える者に筒抜けだった。その話が城下で教訓用絵本になるのは、また別の話である。
大量に届いたダンボールの中を開き、次々と小さなドレスやワンピースを確認するルシファーは、小さな下着を手に唸っていた。
「これ、可愛いけど……なんかやらしいな」
「この状況が一番いやらしいわ」
ベルゼビュートが冷めた声で現実を突きつける。リリス用に用意させた私室は、魔王の寝室の隣だった。これは城中の魔族が納得する状況なのだが、問題は広すぎるクローゼットの中身だ。可愛い服が大量に並んでおり、リリスは毎日違う服を着せられている。
一度袖を通した服を再び着せることはなく、着用した日付のタグをつけて保管された。そのクローゼットで、新しく届いた服を吟味する魔王陛下の姿は……控えめに言って変態だ。
幼児の下着を目の前にかざして唸っている隣で、付き合わされるベルゼビュートが溜め息をつく。前に「アスタロトをつき合わせればいい」と言ったところ、「男にリリスの下着を見せるなんて!」と全力で拒否された経緯がある。
幼児の下着に真剣になる男なんて、あなたくらいよ。そう思うベルゼビュートだが、さすがに口に出す勇気はなかった。まだ命は惜しい。
「このワンピースは普段着で、こっちの白いドレスを今度の戦場で着せるんだ! ほら、翼もおそろいだぞ」
水鳥の羽を使った翼がついた白いドレスは、ひらひらしたレースやフリルがふんだんに飾られていた。可愛らしいが、お人形さながら動けない格好だ。1歳児に着せる服ではなかった。
「ずっと抱いてるからな」
隣のリリスは状況を理解していないため、届いたパンツをひとつ咥えて噛み千切ろうとしていた。手を伸ばして取り上げようとすれば、ルシファーの手に噛み付く。
人間の赤子は4ヶ月目前後で歯が生えてきて、違和感なのか物に噛み付くようになる。全体的に人族の基準より成長が遅いリリスだが、生えた歯が痒いのか。よく物を噛んで取り上げられた。
「あ、すごいな。リリス、立派な歯形だ!」
噛まれた指に付いた歯型が整っていると喜ぶ親バカ魔王に、ベルゼビュートは耐え切れずに床に倒れこんだ。どうしよう、この人が私達の君主なのよね? 本当に君主なのよね?
同じことを二度呟くほど混乱している。
「ほら、みてみろ…ベルゼ。整ってるぞ」
「ソウデスワネ」
遠い目をしている部下に気付くことなく、ルシファーは愛娘をぎゅっと抱き締めた。ついでとばかり、耳たぶも噛まれたのは愛嬌だ。しばらく痕を消さずに鏡を見てくすくす笑うルシファーの姿が、ホラーとして城内で噂となった。
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