215 / 1,397
17章 リリスのお取り巻き
212. 人を襲うゾンビと汚い策略
しおりを挟む
「ベルちゃんとロキは帰っちゃうの?」
気を引こうとリリスが髪を引っ張りながら声を上げた。そんなことしなくても、リリスの声なら聞き逃さない自信はある。でも可愛い、ちょっと不満そうな唇も可愛い。
思考が駄々漏れの笑みを浮かべ、幼女の頬にキスを落とした。大きな目を慌てて閉じて、また開く仕草に頬が緩んだ。どうしよう、オレの娘が可愛すぎる……しかも将来の嫁だ。自慢したくて顔を上げると、複雑そうな顔をしたアスタロトと目が合った。
ルキフェルの目を覆って隠しながら転移したベールはすでにいない。
「足元の蟻は私が片付けても?」
「ああっと……この場所はどのあたりだ?」
アスタロトは慣れた様子で地図を取り出すと、指先で場所を示した。4年前に壊した砦と王都の真ん中あたりだ。思ったより人族の領域の奥に入っていた。
「ここですね」
「もう少し手前なら、フェンリルやエルフを動かそうと思ったんだが」
唸りながら眉をひそめる。この位置だと侵攻に少し時間がかかる。彼らも守るべき領地や種族を抱えているため、あまり遠出させてるのも気の毒だった。まあ、命じたら喜んで飛んできそうだが。
「なるほど。彼らに名誉挽回のチャンスを与えようと?」
「魔の森と人族の境界を守っているのは彼らだ。何かあるたびに、オレ達が出張っていては越権行為のような気がする。これじゃ彼らに辺境守護の意識が根付かないだろう」
辺境――人族の領域との境――に棲む魔族や魔獣にとって、自らの領域を己の手で守ることは誇りだ。最近は人族が煩かったこともあり何度か出向いたが、本来は魔王が動かなくても片付けるのが彼らの役目であり、ルシファーは報告を受ける立場だった。
「……軍を動かす手もあります」
魔法が使える貴族や魔獣中心に編成された魔王軍は存在する。ベール大公の管轄下に置かれているが、基本的に普段の仕事は魔の森の駆除管理だった。増えすぎた魔物が溢れて集落を襲わぬよう、定期的に間引きを行っているのだ。
ほぼ毎年駆除は行われるため、実戦経験は豊富な彼らだが……。
「パパ、下の人をやっつけちゃうの?」
無邪気に手を振ったりしているリリスに、彼らが敵だという認識はない。特に何かぶつけたり詰られる状況ではないので、危機感はなさそうだ。
「リリスは気にしなくていいよ」
子供の前でする話ではなかったと苦笑いしたルシファーだが、足元に見えた光景に表情が変わった。怒りと苛立ちがルシファーの中に広がる。
豹変した主の姿に不思議そうだったアスタロトも、同じ方向へ目をやると納得した。大量のゾンビが黒い瘴気をまとって街に現れたのだ。
問題はゾンビの種類だった。
今まで魔王城を襲ったゾンビは、魔の森に生息し駆除対象となる魔物だ。しかも人族の領域にいないはずの魔物が中心だった。あの呪詛つきゾンビはなんらかの魔術で、現地生産された可能性が高い。
魔王城の近くでゾンビ化したため、各地の領域からゾンビ発生や通過の報告が上がらなかったのだ。各貴族家が揃ってゾンビの群れの存在を見落とすなど不自然だと思ったが、こう考えれば辻褄があった。
そして街に溢れて人族を襲っているゾンビは、すべて人族や家畜のゾンビだった。材料となる生き物を現地調達する考えならば、確かにこの場で作り出せるのは人ゾンビが主流だろう。
「ゾンビが人を襲っていますね」
手間が省けてちょうどいいと冷めた口調のアスタロトは、肩に届く金髪を無造作に掻き上げた。広げたコウモリの翼を一度羽ばたかせて、向きを変えて確認する。
「街のこちら側、南に集中しています」
複数の建物から出たゾンビは、ルシファー達の足元に集まった人間へ向かっていた。
「……腐った権力者の考えそうなことだ。吐き気がする」
ゾンビの動きや流れから、人族の権力者が狙った構図を読み解いたルシファーが顔をしかめる。不安そうなリリスが「あの人たち、臭いやつに襲われちゃう」と泣きそうな顔を見せた。背中をぽんぽんと叩いて宥めながら、ルシファーはアスタロトへ命じる。
「ゾンビを片付けて、思惑を外すぞ。手をかせ」
「かしこまりました」
側近であるがゆえに、ルシファーの行動の意味を読み取ったアスタロトは静かに頭を下げた。
気を引こうとリリスが髪を引っ張りながら声を上げた。そんなことしなくても、リリスの声なら聞き逃さない自信はある。でも可愛い、ちょっと不満そうな唇も可愛い。
思考が駄々漏れの笑みを浮かべ、幼女の頬にキスを落とした。大きな目を慌てて閉じて、また開く仕草に頬が緩んだ。どうしよう、オレの娘が可愛すぎる……しかも将来の嫁だ。自慢したくて顔を上げると、複雑そうな顔をしたアスタロトと目が合った。
ルキフェルの目を覆って隠しながら転移したベールはすでにいない。
「足元の蟻は私が片付けても?」
「ああっと……この場所はどのあたりだ?」
アスタロトは慣れた様子で地図を取り出すと、指先で場所を示した。4年前に壊した砦と王都の真ん中あたりだ。思ったより人族の領域の奥に入っていた。
「ここですね」
「もう少し手前なら、フェンリルやエルフを動かそうと思ったんだが」
唸りながら眉をひそめる。この位置だと侵攻に少し時間がかかる。彼らも守るべき領地や種族を抱えているため、あまり遠出させてるのも気の毒だった。まあ、命じたら喜んで飛んできそうだが。
「なるほど。彼らに名誉挽回のチャンスを与えようと?」
「魔の森と人族の境界を守っているのは彼らだ。何かあるたびに、オレ達が出張っていては越権行為のような気がする。これじゃ彼らに辺境守護の意識が根付かないだろう」
辺境――人族の領域との境――に棲む魔族や魔獣にとって、自らの領域を己の手で守ることは誇りだ。最近は人族が煩かったこともあり何度か出向いたが、本来は魔王が動かなくても片付けるのが彼らの役目であり、ルシファーは報告を受ける立場だった。
「……軍を動かす手もあります」
魔法が使える貴族や魔獣中心に編成された魔王軍は存在する。ベール大公の管轄下に置かれているが、基本的に普段の仕事は魔の森の駆除管理だった。増えすぎた魔物が溢れて集落を襲わぬよう、定期的に間引きを行っているのだ。
ほぼ毎年駆除は行われるため、実戦経験は豊富な彼らだが……。
「パパ、下の人をやっつけちゃうの?」
無邪気に手を振ったりしているリリスに、彼らが敵だという認識はない。特に何かぶつけたり詰られる状況ではないので、危機感はなさそうだ。
「リリスは気にしなくていいよ」
子供の前でする話ではなかったと苦笑いしたルシファーだが、足元に見えた光景に表情が変わった。怒りと苛立ちがルシファーの中に広がる。
豹変した主の姿に不思議そうだったアスタロトも、同じ方向へ目をやると納得した。大量のゾンビが黒い瘴気をまとって街に現れたのだ。
問題はゾンビの種類だった。
今まで魔王城を襲ったゾンビは、魔の森に生息し駆除対象となる魔物だ。しかも人族の領域にいないはずの魔物が中心だった。あの呪詛つきゾンビはなんらかの魔術で、現地生産された可能性が高い。
魔王城の近くでゾンビ化したため、各地の領域からゾンビ発生や通過の報告が上がらなかったのだ。各貴族家が揃ってゾンビの群れの存在を見落とすなど不自然だと思ったが、こう考えれば辻褄があった。
そして街に溢れて人族を襲っているゾンビは、すべて人族や家畜のゾンビだった。材料となる生き物を現地調達する考えならば、確かにこの場で作り出せるのは人ゾンビが主流だろう。
「ゾンビが人を襲っていますね」
手間が省けてちょうどいいと冷めた口調のアスタロトは、肩に届く金髪を無造作に掻き上げた。広げたコウモリの翼を一度羽ばたかせて、向きを変えて確認する。
「街のこちら側、南に集中しています」
複数の建物から出たゾンビは、ルシファー達の足元に集まった人間へ向かっていた。
「……腐った権力者の考えそうなことだ。吐き気がする」
ゾンビの動きや流れから、人族の権力者が狙った構図を読み解いたルシファーが顔をしかめる。不安そうなリリスが「あの人たち、臭いやつに襲われちゃう」と泣きそうな顔を見せた。背中をぽんぽんと叩いて宥めながら、ルシファーはアスタロトへ命じる。
「ゾンビを片付けて、思惑を外すぞ。手をかせ」
「かしこまりました」
側近であるがゆえに、ルシファーの行動の意味を読み取ったアスタロトは静かに頭を下げた。
57
あなたにおすすめの小説
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです
珂里
ファンタジー
ある日、5歳の彩菜は突然神隠しに遭い異世界へ迷い込んでしまう。
そんな迷子の彩菜を助けてくれたのは王国の騎士団長だった。元の世界に帰れない彩菜を、子供のいない団長夫婦は自分の娘として育ててくれることに……。
日本のお父さんお母さん、会えなくて寂しいけれど、彩菜は優しい大人の人達に助けられて毎日元気に暮らしてます!
【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる