296 / 1,397
23章 魔王の逆鱗を引っぺがす暴挙
293. 魔王の覚悟と決断
しおりを挟む
「陛下」
アスタロトの呼びかけに「少し待て」と返事をして、リリスのワンピースを取り出した。魔力でつないだ空間を通して、彼女お気に入りのワンピースを転送する。レースがふんだんに使われた白ワンピースに、沈んでいたリリスの顔が輝いた。
「これに着替えよう。そうしたら痛いことした人たちに罰を与えて、皆が待つお城に帰るぞ」
「うんっ」
手早く着替えさせて、レースのリボンで黒髪を絡めて結う。カーテン代わりに使った結界を解くと、空中で器用に傅くアスタロトが待っていた。
「悪い、待たせた」
「お気になさらず……リリス姫の装いが?」
何かあったのかと尋ねる側近の鋭さに、ルシファーは静かに頷いた。左腕のリリスはルシファーの首に手を回して、じっとしている。
「この王都とやらは何万人ほどいるのか?」
「推定ですが、12万を超えるでしょう」
「ならば滅ぼすとしよう。適正個体数の計算は終わったか?」
以前に人族の異常な繁殖能力に驚いた魔族の最高会議で、人族を一定数駆除する決議を得ている。その際に数の計算を行うよう、アスタロトへ言いつけていた。生物は最低ラインを割った数から繁殖することは難しい。そのため、滅ぼさぬための加減は必要だった。
眼下に広がる都を滅亡させ、愚かな王と貴族を中心に減らせば、少しはまっとうな人間が残るのではないか。言葉にしないルシファーの提案を汲んだアスタロトは、空間から書類を取り出した。
計算ならば、申し付けられたその日に終えている。繁殖力から逆計算したグラフ付きの書類を示しながら、アスタロトはきっぱり断言した。
「この王都だけでなく、先日のゾンビ事件の出口の都も滅ぼして問題ありません」
人族は森や海周辺にも数多く生息が確認されている。小さな集落には善良で信心深い者が多く、彼らを残す方が魔族にとって共存しやすかった。都で傲慢に振る舞う王侯貴族が消えるだけで、かなり浄化されるだろう。
「駆除方法は?」
「魔王軍と周辺警備を担当する魔獣を動員するがよいかと、愚考いたします」
煮え湯を飲まされた魔の森の縁に住む魔獣達と、普段から駆除になれた魔王軍を投入する大規模な作戦の提案に、ルシファーは頷いた。
「ならば集めよ。余の名で大々的に参加種族を募れ! 我が魔王の名の下に、人族への狩りを許可する」
ルシファーは宣言した。その声に迷いはない。
ここ数年はリリスの存在で丸くなったように見えるルシファーだが、本来は決断力も冷徹さも持ち合わせた『魔族の王』だった。庇護を求める種族を守り、敵対する種族を容赦なく滅ぼす。時代により左右される善悪より確かな信念をもって、他者を寛容に受け入れ排除してきた。
「畏まりまして、我が剣を捧げましょう」
心底嬉しそうな笑みを浮かべたアスタロトが跪いた。コウモリの羽を背に畳み、首を垂れる。その様子を見ていたリリスは、何も言わずに右手の指を口元に運んだ。カリッ、と爪を噛む音がする。
「パパ、ここ壊すの?」
「ああ、もう決まったことだ」
黒髪を撫でて告げると、リリスは複雑そうな顔をして首を傾げた。
「なんで壊すの? 悪い人だから?」
「リリスを傷つけた。リリスのお友達も傷つけられた。もしオレが間に合わなければ、リリスは今いないかも知れない」
最後の方は想像しただけで声が震える。たどり着いた先で、リリスが血塗れで息絶えていたら? 人族どころか魔族も巻き込んで滅ぼしただろう。リリスがいない世界を残して何になる? そんな世界に生き残って、どうする!
銀の瞳に浮かんだ憤りと怒りが、瞬きひとつで隠された。腕の中の愛し子を怯えさせる必要はない。出来るだけ穏やかな口調を心がけて、リリスに向き合う。
「逆に考えてごらん、もしオレやお友達が殺されたらどうする? リリスは我慢できるか」
「やだっ! そんなの許さない!」
赤い瞳からぽろりと涙が落ちた。それを唇で拭い、ルシファーは「ありがとう」と囁く。己の行動が正しくなくとも、人族がどれほど己を恨もうと、この決断を悔やまず撤回しない。王である以上、これはルシファーの職責だった。
魔王が下した決断を翻せば、今後の命令系統に混乱が生じる。撤回される可能性を加味して動くようでは、遅いのだ。助かる者を見殺しにする可能性も出てくる。トップに立つ者の命令は、それだけの重みと責任が常に付きまとった。ルシファーは8万年近く、この覚悟を背負っているのだ。
アスタロトの呼びかけに「少し待て」と返事をして、リリスのワンピースを取り出した。魔力でつないだ空間を通して、彼女お気に入りのワンピースを転送する。レースがふんだんに使われた白ワンピースに、沈んでいたリリスの顔が輝いた。
「これに着替えよう。そうしたら痛いことした人たちに罰を与えて、皆が待つお城に帰るぞ」
「うんっ」
手早く着替えさせて、レースのリボンで黒髪を絡めて結う。カーテン代わりに使った結界を解くと、空中で器用に傅くアスタロトが待っていた。
「悪い、待たせた」
「お気になさらず……リリス姫の装いが?」
何かあったのかと尋ねる側近の鋭さに、ルシファーは静かに頷いた。左腕のリリスはルシファーの首に手を回して、じっとしている。
「この王都とやらは何万人ほどいるのか?」
「推定ですが、12万を超えるでしょう」
「ならば滅ぼすとしよう。適正個体数の計算は終わったか?」
以前に人族の異常な繁殖能力に驚いた魔族の最高会議で、人族を一定数駆除する決議を得ている。その際に数の計算を行うよう、アスタロトへ言いつけていた。生物は最低ラインを割った数から繁殖することは難しい。そのため、滅ぼさぬための加減は必要だった。
眼下に広がる都を滅亡させ、愚かな王と貴族を中心に減らせば、少しはまっとうな人間が残るのではないか。言葉にしないルシファーの提案を汲んだアスタロトは、空間から書類を取り出した。
計算ならば、申し付けられたその日に終えている。繁殖力から逆計算したグラフ付きの書類を示しながら、アスタロトはきっぱり断言した。
「この王都だけでなく、先日のゾンビ事件の出口の都も滅ぼして問題ありません」
人族は森や海周辺にも数多く生息が確認されている。小さな集落には善良で信心深い者が多く、彼らを残す方が魔族にとって共存しやすかった。都で傲慢に振る舞う王侯貴族が消えるだけで、かなり浄化されるだろう。
「駆除方法は?」
「魔王軍と周辺警備を担当する魔獣を動員するがよいかと、愚考いたします」
煮え湯を飲まされた魔の森の縁に住む魔獣達と、普段から駆除になれた魔王軍を投入する大規模な作戦の提案に、ルシファーは頷いた。
「ならば集めよ。余の名で大々的に参加種族を募れ! 我が魔王の名の下に、人族への狩りを許可する」
ルシファーは宣言した。その声に迷いはない。
ここ数年はリリスの存在で丸くなったように見えるルシファーだが、本来は決断力も冷徹さも持ち合わせた『魔族の王』だった。庇護を求める種族を守り、敵対する種族を容赦なく滅ぼす。時代により左右される善悪より確かな信念をもって、他者を寛容に受け入れ排除してきた。
「畏まりまして、我が剣を捧げましょう」
心底嬉しそうな笑みを浮かべたアスタロトが跪いた。コウモリの羽を背に畳み、首を垂れる。その様子を見ていたリリスは、何も言わずに右手の指を口元に運んだ。カリッ、と爪を噛む音がする。
「パパ、ここ壊すの?」
「ああ、もう決まったことだ」
黒髪を撫でて告げると、リリスは複雑そうな顔をして首を傾げた。
「なんで壊すの? 悪い人だから?」
「リリスを傷つけた。リリスのお友達も傷つけられた。もしオレが間に合わなければ、リリスは今いないかも知れない」
最後の方は想像しただけで声が震える。たどり着いた先で、リリスが血塗れで息絶えていたら? 人族どころか魔族も巻き込んで滅ぼしただろう。リリスがいない世界を残して何になる? そんな世界に生き残って、どうする!
銀の瞳に浮かんだ憤りと怒りが、瞬きひとつで隠された。腕の中の愛し子を怯えさせる必要はない。出来るだけ穏やかな口調を心がけて、リリスに向き合う。
「逆に考えてごらん、もしオレやお友達が殺されたらどうする? リリスは我慢できるか」
「やだっ! そんなの許さない!」
赤い瞳からぽろりと涙が落ちた。それを唇で拭い、ルシファーは「ありがとう」と囁く。己の行動が正しくなくとも、人族がどれほど己を恨もうと、この決断を悔やまず撤回しない。王である以上、これはルシファーの職責だった。
魔王が下した決断を翻せば、今後の命令系統に混乱が生じる。撤回される可能性を加味して動くようでは、遅いのだ。助かる者を見殺しにする可能性も出てくる。トップに立つ者の命令は、それだけの重みと責任が常に付きまとった。ルシファーは8万年近く、この覚悟を背負っているのだ。
46
あなたにおすすめの小説
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです
珂里
ファンタジー
ある日、5歳の彩菜は突然神隠しに遭い異世界へ迷い込んでしまう。
そんな迷子の彩菜を助けてくれたのは王国の騎士団長だった。元の世界に帰れない彩菜を、子供のいない団長夫婦は自分の娘として育ててくれることに……。
日本のお父さんお母さん、会えなくて寂しいけれど、彩菜は優しい大人の人達に助けられて毎日元気に暮らしてます!
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる