【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(りょうが)今年は7冊!

文字の大きさ
482 / 1,397
35章 勇者や聖女なんて幻想

479. 長い昔話は年寄りくさい

しおりを挟む
「大公位に就いてすぐの頃でしょうか。ルシファー様の代理として、ある種族を訪ねる機会がありました。なんでも力づくで解決してきた一族で、他種族との軋轢あつれきが酷くて……仲裁に向かったのです」

 森の奥で暮らす彼らは、巨大な体を誇る種族だった。揉めると暴力で解決する――そのこと自体は魔族にとって悪ではなく、当然の摂理だ。しかし些細な言い争いで相手を半殺しにした巨人族ギガントに事情を聞き、双方の言い分を突き合わせて処断するのがアスタロトの役目だった。

 すぐに片付くと思われたが、話の途中で都合が悪くなると口籠くちごもり暴力を振う。話し合いは都度中断し、苛立ったアスタロトはギガント達を一方的に叩きのめした。さすがに殺す気はなかったが、怒りの感情に従い手ひどく扱った。

「巨人族が私に不信感を抱くのは当然で、簡単でした。口が達者なケンタウロスに言い負かされて、悔しさから手を出してしまうギガントの感情を理解しなかったのです。ギガントは考えて吟味した言葉を口にする傾向が強く、口早に言い負かすケンタウロスとは相性が悪かった」

 お茶を飲み干し、ポットから新たにお茶を注ぐ。目を見開いて話を聞くアベルの器も空になっていた。そこへ新しいお茶を注げば、素直に礼を言う。本質が悪いのではなく、置かれた境遇が悪かったのだ。これは今の話のギガントと同じだった。

「ギガントは私が彼らを断罪すると思ったのでしょう。揉めた当事者であった青年は、一族に迷惑を掛けられないとその場で命を絶ちました。命がけで抗議されて……それでも私はしばらく彼の行動の真意に気づけませんでした」

 気づいたのは、事情を知ったハルピュイアが報告をしたからだ。放浪癖があるハルピュイアを快く受け入れてくれるギガントの名誉を回復したかったのだろう。必死の説明には「ギガントは口下手で、言葉を練ってから話す」という巨人族の習性が含まれていた。

「何か言いかけては口籠る彼らの姿を、大きな身体で情けないと考えた私は動揺し後悔しました。自害した青年は狩りの獲物を巡りケンタウロスと争った。その際に名誉を傷つけられた抗議の言葉を茶化され、かっとなって手をあげた。きちんと話を最後まで聞いていたら、あの青年は死なずに済んだのです」

 自嘲を含んだアスタロトの耳に「知らないなら、しょうがないです」と慰めるような言葉が届く。くすくす笑いながら、その言葉をそのままアベルに返した。

「そう、知らなければ仕方ない。あなたも同じでしょう。リリス嬢は捨て子だったのですよ。ルシファー様が拾わなければ、魔物の餌になっていた。あの召喚者達も同じ、あなたの尽力を知らないから自分達の思惑で動く。少女達もあなたの置かれた立場を知らないから、行動だけで判断し一方的に責め立てた」

 言われた内容は衝撃的だった。

 無知であることに恐怖を覚える。知らないだけで他人を傷つけ、知らないから言葉を刃として振りかざし、相手を傷つけた事実すら知らないなら――。伝えなければ相手は知らないまま、一方的に己の正義を振りかざすのだ。伝えなかった者に落ち度がないと言えるか。

「話は終わりです。後はあなたの考えたままに行動すればいい」

 立ち上がると茂みの間から外へ抜け出す。久しぶりに昔の後悔を思い出した。行き違いで命を奪うような無駄な行為も、ずっと胸に突き刺さる後悔も、後味の悪さが残るだけ。

 リリスを守る少女達は、まだこの痛みを知らない。知ればひとつ階段を上って振る舞いや思考に幅が出るだろう。だが知らないまま育ててやりたいとも願うのだ。わざわざいばらに手を入れて傷を負うことはない。

 しかし傷の痛みを知ることで、彼女らはステップアップできる。どちらを望むのか、自分でもわからないアスタロトは空を見上げた。暮れ始めた空の茜色に、溜め息が漏れる。年長者ゆえに忠告したくなるが、長い昔話は年寄りくさかったか。

「……随分と私らしくない行動でした」

 珍しくも甘い対応をしてしまった。これがギガントの青年が残した棘ならば、悪くない。そう思って足を踏みだした先に、見慣れた純白の青年がいた。

「アスタロト……その……」

 言い出しにくいルシファーの気持ちに気づく。いつもの自分ならとっくに処分していた。いつも通りに笑みを作り、優雅に一礼して歩み寄った。

「ルシファー様は、私を信じていないのですね」

「信じてなければ、問いただしたさ」

 軽口で応じたルシファーは、眠り続けるリリスを抱いたまま歩き出す。半歩下がって従うアスタロトへルシファーが首をかしげた。

「機嫌がいいな」

「そうですか?」

 言わなくても伝わる。この関係を築くまで、多くの失敗をして多くの命を無駄に散らした。それでも……主にはべる立場を勝ち得た今を誇るように、アスタロトは顔を上げる。後悔にうつむく時期は過ぎたのだから。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです

珂里
ファンタジー
ある日、5歳の彩菜は突然神隠しに遭い異世界へ迷い込んでしまう。 そんな迷子の彩菜を助けてくれたのは王国の騎士団長だった。元の世界に帰れない彩菜を、子供のいない団長夫婦は自分の娘として育ててくれることに……。 日本のお父さんお母さん、会えなくて寂しいけれど、彩菜は優しい大人の人達に助けられて毎日元気に暮らしてます!

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

処理中です...