【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(りょうが)今年は7冊!

文字の大きさ
598 / 1,397
44章 呪われし勇者

593. 身支度を整えるのは礼儀です

しおりを挟む
 お風呂に入り、ピンクの薔薇を散らした湯船でルシファーの膝に座る。傷ひとつない白い左手を掴んだルシファーが、手の甲を確かめてからひっくり返す。手のひらに唇を押し当てた。

「リリスは濃く出ていたな」

 リリスを拾って3年、最初にあざに気づいたのも風呂だった。傷かと思った赤い色が勇者の痣だと知り、リリスと敵対するかもしれない未来を恐れる。大急ぎで調べたアスタロト達に「リリスは魔族だから問題なし」と言い切られ、安心したことも思い出す。

 模様が読める形になるほど鮮やかだったのは、歴代勇者の中でも数人だけだ。初代は言うに及ばず、痣の紋章が濃いほど強くなる傾向があった。そのためリリスの痣が濃い時点で、ベール達が焦ったのは当然の反応だ。

 目の中に入れても痛くない程可愛がる子供が勇者で、敵対したとしたら――ルシファーはその命を素直に差し出すのではないか。懸念は現実になる可能性が高く、それ故に彼らは「勇者は人族」という曖昧な根拠に基づき、リリスが魔族分類となる事実に安堵した。

「そうね、くっきり出たもの」

 ぼんやりした痣は、勇者について話した後に鮮やかになり暴走した。腕に巻いた飾りが原因だ。月光に輝く金髪を欲しがったリリスへアスタロトが与えた髪、強請られてルシファーが与えた純白の髪。リリスの両腕にそれぞれ巻かれた髪を編んだ紐が、リリスの勇者の痣と反発した。

 あの当時は勇者は魔王と敵対する存在だから、魔力が反発したと考えて納得したが……よく考えてみたら辻褄つじつまが合わないのだ。

 ピンクの花びらを拾って千切り、ふわりと香る甘い香りに頬を緩めたリリスがルシファーに寄り掛かった。抱きとめたルシファーの髪を掴んで弄りながら、少女は薔薇をまた拾う。

「痣については皆がいる場所で話すけど……」

 アスタロトの封印についても黙っているわけにいかない。心配そうなリリスへ、ルシファーはひとつ溜め息をついてから、顎を彼女の頭に乗せた。顔を合わせず、目を覗き込まない姿勢で呟いた。

「あいつは強い。それにベルゼやベールは知ってるぞ」

 ルキフェルは知らないだろう。いくら親しくても、ベールが勝手にアスタロトの個人的な話をしたとは思えない。相談事に対して口が堅いのは、あのベルゼビュートですら絶対だ。契約に近い感覚で順守されてきた。噂に関しては本当に緩いけれど。

 城内で見聞きした話を勝手に広めるくせに、相談された内容は頑なに守り通す。アンバランスだが、だからこそベルゼビュートは他の大公に信用されるのだ。他の部分に関する信頼はがたがたでも、彼女は話していい内容と秘するべき話の境目をはっきりさせてきた。

「ロキちゃんは知らない?」

「多分……オレは話していない。他の奴らが話すと思うか?」

「ううん」

 首を横に振ったリリスが、濡れた黒髪を肌に張りつかせたまま立ち上がった。以前より長くなった黒髪は膝の裏まで届く。

「そろそろ時間よ」

「ああ、そうだな」

 この先の話が多少辛く苦しい内容を含んだとしても、誰かが悲しみ怒る話だとしても……いつかは共有しなくてはならない。ふかふかの白いタオルをリリスの肩にかけ、ルシファーは魔法で水を弾いて髪や身体を乾かした。いつも通り愛用の黒いローブを着ると、用意してあった装飾品をつけていく。

 12歳になったから自分でやる、よくわからない理由で魔法により髪を乾かしたリリスが2着のドレスを魔力で浮かせて示した。

「ルシファー、こっちとこっち……どちらが可愛いかしら」

 淡いオレンジと少し濃い目の赤。複数枚のスカートが重なる赤の方が似合いそうだ。日が沈んでいく時間帯ならば、なおさら……濃色の服が相応しいだろう。明るい日差しの下ならパステルカラーも似合うが、話の深刻さから判断して場違いだった。

「赤がいい。リリスの瞳の色と同じだ。この指輪を着けようか」

 金色の台座に美しい赤い宝石が飾られた指輪を渡す。受け取ったリリスがサイズを見ながら、迷った末に中指に嵌めた。右手に飾った指輪がきらりと輝く。

「綺麗ね」

「昔倒した炎龍から取り出した石だ。一時期アスタロトに貸したんだが、突然返してきた。昔は白金だった気がするんだが……」

 貸してる間に地金が変更された。あいつの行動は昔からわからん。ぼやきながら、リリスを鏡の前に座らせる。

 すでに乾かした黒髪に丁寧にブラシと櫛を通してから、するすると丸めて夜会巻きにした。両側に髪を残して三つ編みにし、それも絡めるようにピンで飾っていく。真珠の飾りピンで三つ編みを留めれば、髪飾りなしでも美しく整えられた。

「うん、可愛いな。エスコートさせていただけますか? お姫様」

「うふふ、光栄ですわ」

 手を取って歩き出す。寝室から隣のリビングへ続く扉を開く前に、ひとつだけ深呼吸した。ゆっくり開いた部屋に、すでに用意されたお茶の香りが漂い……それぞれに身支度を整えた大公4人が優雅に一礼する。魔王と魔王妃を迎え入れた部屋は、どこか冷たい空気が漂っていた。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです

珂里
ファンタジー
ある日、5歳の彩菜は突然神隠しに遭い異世界へ迷い込んでしまう。 そんな迷子の彩菜を助けてくれたのは王国の騎士団長だった。元の世界に帰れない彩菜を、子供のいない団長夫婦は自分の娘として育ててくれることに……。 日本のお父さんお母さん、会えなくて寂しいけれど、彩菜は優しい大人の人達に助けられて毎日元気に暮らしてます!

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

処理中です...