【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(りょうが)今年は7冊!

文字の大きさ
1,367 / 1,397
99章 変化し続ける世界の中で

1362. 受け入れに追われる――前日

しおりを挟む
「リハーサルとかないんっすね」

 アベルは最後の調整に呼ばれた部屋で、衣装の色を確認しながら呟いた。その聞き慣れない単語に、全員が首を傾げる。

「りはーさる、とは何だ?」

「あ、えっと。予行演習かな」

 日本語に直してさらに自動翻訳されて伝わった概念に、大公と魔王は顔を見合わせた。それから不思議そうに問い返す。

「どの部分を事前に練習するんだ?」

「ほら、結婚式の立ち位置とか。映える場所ってあるじゃないですか。事前に衣装と同じ色の布をもって並んで、バランスを確認したり。しないんっすね」

「事前に見せてしまったら当日の喜びや驚きが半減します」

「当日だけで失敗したことはありませんよ」

 言外にアスタロトが「失敗など許さない」と言い切った。過去には立后でリリスがワイバーンに攫われた経緯もあるが、あれは突発事件であり事前予習では防げない。だから失敗と考えていなかった。

「うーん、俺のいた世界だと普通にリハーサルしてたんで。なんだか不安ですね」

「不安を払拭するためにリハーサルするの?」

 ルキフェルが大きく首を傾げる。そこでアベルは気づいた。自信過剰な大公や魔王相手に失敗の不安を語っても、彼らは理解できない。順番の確認をしているジンやグシオンなら同意してくれるかも! 期待を込めて彼らを呼び、同じ話をした。

「事前に見れるなら、もっと多くの人に観てもらえますね」

「当日仕事をしてる侍従達には、事前に……または別の機会を作って見てもらう方法もあるな」

「あ、うん」

 何やら自分が小さく感じる。彼らにも失敗の不安はなくて、他の人の心配をしてるんだから。これは人種と言うか、育ちの違いなんだろうか。ぽんぽんと足の先を叩く翡翠竜は目を輝かせ「わかる」と同意した。

 仲間! がしっと手を取りあったが……アムドゥスキアスは思わぬことを口走った。

「わかるぅ、僕も失敗したらどんなお仕置きされるかと思うと……胸が高鳴って、興奮しちゃう」

「……近寄るな、変態」

「ひどっ!」

 翡翠竜と繋いだ手を振り払う。危うく変態に同族認定されるところだった。そんな無駄話を挟みながらも確認はすべて終わり、今夜の前夜祭に向けて婚約者や来客のフォローに当たる。片手でも食べられるよう用意されたパンを手早く口に入れ、彼らは与えられた現場へ移動した。






 女性達はゆったりと午前中をエステで過ごした。エルフや侍女の努力で、艶々に磨かれた体や髪を整えて用意された公式衣装に袖を通す。優雅にスコーンとお茶で昼食を軽めに済ませた。

 大公女は4人の属性が分かれていることもあり、公式衣装は決められた模様が入っている。クリーム色のドレスは同じ絹でお揃いだった。属性を示す地模様が織り込まれた裾や袖が特徴的だ。流水模様のルーシア、シトリーは風を示す斜線、レライエの炎、葉が舞い散るルーサルカ。一目で属性が分かる。

 ドレスに合わせて作られた真珠の髪飾りを身に着け、髪を軽く結い上げた。半分ほど流しているのは、まだ未婚だと示すためだ。各地から集まる貴族や民を決められた宿泊地へ案内するのは、大公女に与えられた大切な仕事だった。

「急いで! 早くしないと」

「待って、靴がまだなの」

 裾を踏まないよう摘まんで階段を駆け下りる彼女達は、途中でアデーレに注意される。お淑やかさを失わず最速で歩き、中庭の巨大な魔法陣の前に立った。魔法陣の周囲には小さな模様がたくさん刻まれている。これは各地からの座標指定だった。転移自体は巨大魔法陣が担当する。

「いらっしゃるわ」

 光り始めた魔法陣の前で裾を摘まみ、並んだ少女達は大仕事に緊張を滲ませた。神龍、竜人、エルフ、様々な人々を手分けして案内する。玄関口で微笑みを浮かべて受け入れる大公女に、彼らは敬意を払ってくれた。口々に祝いを口にし、待っていた侍女や侍従の案内で各地に散っていく。

 夕方近くまで受け入れを続け、分刻みの忙しさに塗りつぶされた大公女達は、用意された椅子に座り込んだ。足も痛いが、何より顔が引き攣っている。もうダメだわ。でも前夜祭はこれからなのよね。まだ何も始まっていないのに、すべてが終わったような疲労感で息を吐く。

「これからだわ。楽しみましょう」

 気合を入れ直したルーサルカの言葉に、慌てて3人も顔を引き締めた。楽しい夜はこれからだ!
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです

珂里
ファンタジー
ある日、5歳の彩菜は突然神隠しに遭い異世界へ迷い込んでしまう。 そんな迷子の彩菜を助けてくれたのは王国の騎士団長だった。元の世界に帰れない彩菜を、子供のいない団長夫婦は自分の娘として育ててくれることに……。 日本のお父さんお母さん、会えなくて寂しいけれど、彩菜は優しい大人の人達に助けられて毎日元気に暮らしてます!

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...