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90.意外な本性がちらり
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「話が一人歩きしていない?」
カレンデュラは首を傾げた。周辺国から入ってくる情報を、父オスヴァルド経由で聞くたびに疑問が生じる。なぜあなた達が盛り上がってるのよ……と本音が溢れた。
屋敷の温室でぼやく彼女の隣には、リッピアが一人で座っている。ティアレラは領地へ親と婚約者を迎えに行って、まだ戻っていなかった。クレチマスはタンジー公爵家からの使者と面会中だ。三人でお茶をする予定だったが、二人きりになってしまった。
少し離れた場所で侍女達が控えるが、話し相手は互いのみ。リッピアは大きな瞳をぱちくりと瞬いた後、細く愛らしい声で返した。
「皆様、それだけ楽しみにしておられるのではなくて?」
まさか返答があると思わず、驚いたカレンデュラが固まった。すぐに立ち直ったのは、社交経験だろうか。笑顔を貼り付けて応じる。
「楽しみなのはいいけれど、結婚式が偏ると大変でしょう。ドレスを作る方も、贈り物の準備も」
「贈り物は廃止なさったらいいわ。お互い様ですもの。ドレスも季節に合わせて、他のドレスの注文を制限したらいいと思います」
「……意外だわ。普段無口だけど、すごく……その意見がしっかりしていらっしゃるのね」
まるで実業家を相手にしているような感じだ。すらすらと並べるリッピアは、はっとした様子で口元を手で覆った。これ以上はダメと自制するように。もしかして、クレチマスが束縛系だったり?
きょろきょろと見回し、まだクレチマスが帰ってこないのを確認して、彼女に尋ねた。
「クレチマスが束縛するの?」
「いいえ」
意外な質問だったのか、リッピアは目を見開いた後ほわりと微笑んだ。その笑顔は、クレチマスのいう天使なのだろう。カレンデュラには小悪魔に見えたけれど。
「お兄様が必要以上に束縛しなくて済むように、私が調整しております」
「……なるほど。クレチマスより一枚上手なのね」
「待たせた」
クレチマスが戻ってきたので、ここで話は打ち切りだ。でもカレンデュラは、思いがけない収穫を喜んだ。この話は是非ともティアレラとビオラに共有したいわ。お互いの社交において有用ですもの。
公爵令嬢として生まれ育ったのなら、無能で無邪気なリッピアは存在しない。誰もが仮面を被り、己の本性を隠して生きていた。そんな貴族の檻の中で、大人しく寝そべる猛獣が牙を向かない、なんて決めつけるのは危険だ。
カレンデュラが傲慢に振る舞い、女騎士さながらの豪快さを披露するティアレラが剣を振り回しても。互いの本当の姿は、夫になる婚約者だけが知っていればいい。親ですら共有しない情報なのだから。その一端を見せてくれたリッピアの信頼を、カレンデュラは裏切らないと決めた。
「リッピア、平気だったか?」
まるでカレンデュラに脅されたのでは? と心配するような義兄のセリフに、何もなかったと微笑んで返す。その穏やかな対応に感心しながら、いつも通り怒ってみせる。
「どういう意味かしら?」
「そのままの意味だ。君と違ってリッピアは繊細なんだ」
ぴしゃりと言い返され、笑いそうになる。そこを貴族社会で鍛えた腹筋と表情筋で持ち堪えた。どんな淑女でも、裏を隠し持っている。目配せした公爵令嬢同士、クレチマスを置き去りに通じ合った。
**********************
明日だけ、この作品の更新を休ませていただきます。申し訳ございません。
カレンデュラは首を傾げた。周辺国から入ってくる情報を、父オスヴァルド経由で聞くたびに疑問が生じる。なぜあなた達が盛り上がってるのよ……と本音が溢れた。
屋敷の温室でぼやく彼女の隣には、リッピアが一人で座っている。ティアレラは領地へ親と婚約者を迎えに行って、まだ戻っていなかった。クレチマスはタンジー公爵家からの使者と面会中だ。三人でお茶をする予定だったが、二人きりになってしまった。
少し離れた場所で侍女達が控えるが、話し相手は互いのみ。リッピアは大きな瞳をぱちくりと瞬いた後、細く愛らしい声で返した。
「皆様、それだけ楽しみにしておられるのではなくて?」
まさか返答があると思わず、驚いたカレンデュラが固まった。すぐに立ち直ったのは、社交経験だろうか。笑顔を貼り付けて応じる。
「楽しみなのはいいけれど、結婚式が偏ると大変でしょう。ドレスを作る方も、贈り物の準備も」
「贈り物は廃止なさったらいいわ。お互い様ですもの。ドレスも季節に合わせて、他のドレスの注文を制限したらいいと思います」
「……意外だわ。普段無口だけど、すごく……その意見がしっかりしていらっしゃるのね」
まるで実業家を相手にしているような感じだ。すらすらと並べるリッピアは、はっとした様子で口元を手で覆った。これ以上はダメと自制するように。もしかして、クレチマスが束縛系だったり?
きょろきょろと見回し、まだクレチマスが帰ってこないのを確認して、彼女に尋ねた。
「クレチマスが束縛するの?」
「いいえ」
意外な質問だったのか、リッピアは目を見開いた後ほわりと微笑んだ。その笑顔は、クレチマスのいう天使なのだろう。カレンデュラには小悪魔に見えたけれど。
「お兄様が必要以上に束縛しなくて済むように、私が調整しております」
「……なるほど。クレチマスより一枚上手なのね」
「待たせた」
クレチマスが戻ってきたので、ここで話は打ち切りだ。でもカレンデュラは、思いがけない収穫を喜んだ。この話は是非ともティアレラとビオラに共有したいわ。お互いの社交において有用ですもの。
公爵令嬢として生まれ育ったのなら、無能で無邪気なリッピアは存在しない。誰もが仮面を被り、己の本性を隠して生きていた。そんな貴族の檻の中で、大人しく寝そべる猛獣が牙を向かない、なんて決めつけるのは危険だ。
カレンデュラが傲慢に振る舞い、女騎士さながらの豪快さを披露するティアレラが剣を振り回しても。互いの本当の姿は、夫になる婚約者だけが知っていればいい。親ですら共有しない情報なのだから。その一端を見せてくれたリッピアの信頼を、カレンデュラは裏切らないと決めた。
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「そのままの意味だ。君と違ってリッピアは繊細なんだ」
ぴしゃりと言い返され、笑いそうになる。そこを貴族社会で鍛えた腹筋と表情筋で持ち堪えた。どんな淑女でも、裏を隠し持っている。目配せした公爵令嬢同士、クレチマスを置き去りに通じ合った。
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明日だけ、この作品の更新を休ませていただきます。申し訳ございません。
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