【完結】✴︎私と結婚しない王太子(あなた)に存在価値はありませんのよ?

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

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本編

第16話 その竜が我だ、と言われましても

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 不躾に触れる真似をせず、体温が届かぬ距離で覆うように翳した手に言葉を呑み込みます。代わりに向き直った彼がひとつ溜め息をつきました。

「愚かで品性の欠片もない男よな。ベクトル、捕えろ。絶対に死なせるでない」

 先ほどの「摘み出せ」とは異なる方の口から出た命令です。騎士達は敬礼して、見知らぬ青年の前で膝を折りました。圧倒的な迫力と凄み、なにより気品があるのです。王たる存在に膝をつくのは、騎士として誉れでしょう。

「はっ。陛下の仰せのままに」

 父ベクトルが指示を出され、兄エミリオが動きます。あっという間に王宮騎士によって、喚き散らす元婚約者は引きずられていきました。

「まだご自分の立場がわからないのね。お気の毒な方」

 同情するようなフランカの発言だが、その声は笑みを含んでいました。

 私を侮辱した男が置かれた状況に「当然ですわ」と言い切る気の強さは、実に兄好みです。淑女の仮面の下で、私に本音をチラつかせる親友と伯母様の案内で、大広間を出ました。

 歩きながらスカートの裾に少しワインが飛んでいるのに気づきました。ピンクのドレスなので、色の差がすこし気になります。軽く叩いて染みを薄くしたところで、失態に気付いて青くなりました。

「皆様へのご挨拶を忘れましたわ」

 淑女としてあるまじき振る舞いを嘆く私に、ソファを勧める伯母様が微笑んで対応を申し出てくださいました。

「安心しなさい。私が戻って収めておきます。フランシスカ嬢、一緒にいてあげてね」

「はい」

 大きな身振りでこの場にいなさいと示し、扇を手に踵を返した伯母様を見送ります。優雅にスカートの端を摘まんで、フランカが了承を口にしました。王妃を降りても迫力はそのまま、伯母様の背にお礼と謝罪を込めて一礼します。

「お願いしますわ、伯母様」

 ざわざわと声が聞こえる大広間へ戻る伯母様が、丁寧に扉を閉めて出て行きました。途端に噂の声が遠くなります。人の話し声が消えると、部屋がしんと静まった気がしました。実際には物音が聞こえるのに、切り離された空間にいるような錯覚に襲われます。おかげで隣の方を意識してしまいました。

 逞しい腕を私の腰に回し、エスコートする姿は優雅です。これだけホールドしていただければ、ダンスを踊っても女性をきちんとリードなさるのでしょう。

「こちらへ」

 手を引かれるまま腰掛けたソファで、テュフォン様は当然とばかり隣に座りました。まさかと思っていた事態に、慌てて離れようとした。ですが腰に回された手が許さないのです。

 どうしましょう、こんな距離で……他の方に見られたら。真っ赤な顔で俯く私の向かいに、遠慮がちにフランカが腰掛けました。

 彼女が同席することで、未婚の男女が密室に2人という状況を避けられます。醜聞になりかねない状況に改めて気付かされ、伯母様の口にした「一緒にいて」の意味に気づきました。

 王子に婚約破棄された夜に、別の男に腰を抱き寄せられるなんて――すごく淫らな状況にいるんじゃないかしら。

「あの、離してくださいませ」

 手を離して欲しいと訴えますが、ゆるりと首を横に振られてしまいました。浅く姿勢良く座るテュフォン様は、心地よい声で説明を始めます。こうなると遮るのは無礼ですわね。

「竜の乙女であり我が花嫁たるエステファニア嬢。竜の逸話は知っているか?」

「はい、眠り続ける竜を起こすのは『婚約者のいない竜の乙女』というお話ですわね」

 この国の民ならば、幼子でも知っている伝説です。童話に近い絵本で、眠る時に読み聞かせられる。幼い頃に亡くなった母の声は覚えていないが、乳母にせがんで何度も読んでもらいました。

 世界で最強の竜は神に等しい。魔法を使い、国を豊かにしてくれました。その竜への恩に報いるため、20年に一度竜の乙女が舞いを奉納します。

 私が舞ったのは一昨年でした。16歳になった私の舞いは、繰り返し練習した成果なのです。ワルツより先に覚えた舞いを、民が美しいと褒め称えてくれたのを覚えています。

「その竜が我だ」

 端的な説明すぎて、首をかしげたのは……当然ですよね。
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