【完結】✴︎私と結婚しない王太子(あなた)に存在価値はありませんのよ?

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

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本編

第35話 天使と出会った日(2)(SIDEフランシスカ)

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 怒っているのかと振り向けば、婚約者の少年はくすくすと笑いました。彼は妹である天使を「ティファ」と呼びましたわ。とても羨ましいと思いますけれど、出会ったその日に愛称呼びをお願いするのは気が引けます。図々しい女だと思われるのは嫌ですもの。

 爵位が上の方を愛称で呼ぶのは、あまりないのです。ティファ様という柔らかな発音に惹かれながらも我慢しました。

 風が吹いて、薔薇が花弁を舞い上げます。その時に揺れたガゼボの薔薇の棘が、私達の髪を揺らしました。未婚の貴族令嬢のしきたりに従い、ハーフアップにした毛先が風に遊ばれ……。

「きゃっ」

 髪を手で押さえようとした私の手に、ちくりと棘が刺さりました。慌てたせいで引っ張ってしまい、手袋を裂く音と共に指先から血が滴ります。

「落ち着きのない子だ。誰か……」

 侍女を呼びに行く父の呆れた声に俯いた私は、傷の痛みと情けない状況に涙が滲んでいました。

 これからの人生をご一緒するエミリオ様と、妹で天使のようなエステファニア様――彼らの前で情けない姿しか見せていません。本当はもっときちんと出来るのに……口惜しさと悲しさで滲んだ涙を必死で堪えました。

 泣いて同情をひくなんて、淑女らしからぬ行為よ。

「どうしましょう、リオ兄様。絡まって取れませんわ」

 ぐすっと鼻を啜る少女の声に、顔を向けます。私よりしっかりしていると思った少女は半泣きでした。

 エステファニア様の銀髪と私の黒髪が絡まって、薔薇の棘に捕まっています。私の黒髪を切っても……そう言う前にエミリオ様の手が髪に触れました。困惑した様子で解こうとするエミリオ様が、周りの人目を確かめてから囁きました。

「ねえ、少しだけずるをしてもいいかな?」

「構わないわ。ねえ、フランカ姉様」

 突然可愛い声で呼ばれ、大急ぎで頷いていました。耳のあたりの髪が引っ張られましたけれど、痛みが気にならないくらい嬉しいですわ。エミリオ様の白い指が丁寧に髪を薔薇から外し、途中でエステファニア様の銀髪のリボンを解いてしまわれました。

 家族以外の前で髪をすべて下すのは淑女として失格……だからエミリオ様は「ずるをしよう」とおっしゃったのでしょう。言葉にされなくても、すでに私は家族の中に含まれていると気づきました。

 風に踊るさらさらの銀髪を、エステファニア様は指で確かめるように梳きます。顔をしかめて唇をきゅっと引き締めました。美しい髪に薔薇の棘が残っていたのでしょうか。みる間に彼女の指先に血が滲んでいます。

 まだ絡まったままの私の黒髪を解くエミリオ様は気づけず、エステファニア様もしゃくりあげる声を殺して唇を噛みました。ああ、愛らしい唇が傷になってしまいます。

 赤い血が玉になったエステファニア様の指先を引き寄せ、レースの手袋越しに唇を当てました。薔薇の棘には毒が含まれていることもあると聞きます。少しすぼめて血を吸いました。血の味が口に広がり、このままハンカチに吐き出せば……そう考えたのですが。

「フランシスカ嬢?!」

 大声を上げたエミリオ様に言い訳しようとして、慌てた私はごくりと血を飲んでしまいました。その途端、何かが頭の中に湧き出します。堰き止められた記憶が一気に脳裏を支配し、見たことのない景色が広がっては消える繰り返しでした。

 何か言わなくては……と唇を震わせるのですが、そのまま意識が遠のいて倒れたようです。
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