35 / 95
35 自覚
しおりを挟む
テオドールはふわふわとした気持ちのまま、フェリチアーノと共に会場入りした。
その瞬間騒めきがピタリと止み、皆が食い入るようにこちらを見ている事が解る。そう言えば初めてフェリチアーノに会った夜会で初めて二人で会場入りした時も似たような感じだったなと思い出したテオドールは、フェリチアーノは今のこの状況は大丈夫なのだろうかと様子を窺う。
しかしそこにはスッと背を伸ばし、瞳をハッキリと前に向けたフェリチアーノの姿があった。添えられている手からもあの時の様な震えを感じられはしない。
その事に安堵したテオドールはふっと表情を緩ませる。その表情には溢れんばかりの慈愛の色が見え、フェリチアーノの事を心底愛おしいのだと如実に語っていた。
そんな様子を見ていた人々は、感嘆の声を漏らしたり落胆の溜息を吐いたりと様々な反応を見せていたが、その中でマティアスだけは遠くからこの状況を一等苛立たし気に眺めていたのだ。
ミネルヴァ達の待つ天幕の下ではピタリとテオドールに寄り添い、笑みを浮かべ合いながら楽しそうに喋るフェリチアーノが居る。
先程まで見ていたフェリチアーノとは明らかに雰囲気が変わっており、何故かそこだけが煌びやかに光って見える。
よく見れば王子であるテオドールと並んでも見劣りしない出で立ちで、いつもマティアスが見下し嘲笑っていた存在とはとても同一人物には見えない程だった。
自分の目がおかしくなったのかと思う程に輝くフェリチアーノを見ている事に耐え切れなくなったマティアスはそのまま一人会場を後にした。
何故だかわからないが無性に腹立たしい衝動に駆られ、自分が矮小な人間に思えて来る。金を産むためだけの存在に、何故これ程までに感情を乱されなければならないのか。
今まで感じた事のない感情を人は劣等感と呼ぶのだが、生まれてこの方それを感じた事が無いマティアスは理解する事が出来ないその感情を持て余す事になる。
「本当に仲が良いのね? こちらまで胸がいっぱいになるわ」
いつもよりピタリとくっつき、熱がこもった視線を向けて来るテオドールの様子に多少の困惑はしたものの悪い気はせず、むしろ何故だか嬉しいとまでフェリチアーノは感じていた。
一方でテオドールはこれまでとは違い、フェリチアーノの一挙手一投足が気になり目で追ってしまい、耳もいつもよりフェリチアーノの声をその小さな息遣いまでをも捉えようとしているかの如く鮮明に聞こえると言う状況に陥っていた。
いつもと同じ筈なのに、口付けひとつでこうも見方が変わってしまうのかと最初は戸惑いはしたが、テオドールはこの気持ちが何なのかをこの時既に理解していた。
それは昔別の国に嫁いだ姉が読み聞かせてくれた恋愛小説にあった感情の描写と同じだったからだ。
――あぁこれが恋だ。
ストンと落ちて来た感情を表す言葉に、溢れる程の喜びが駆け巡る。
ずっと求めてやまなかった物をついにテオドールはこの時やっと手に入れたのだった。
口付けは些細なきっかけに過ぎず、思い返せば小さな芽は自覚していなかっただけでテオドールの心の中で確かに芽吹いていたのだとその時に思い至る。
今やフェリチアーノを愛おしいのだと、恋しいのだと募る思いが溢れて仕方がなかった。
早くこの茶会を離れ、フェリチアーノと二人きりになりたい衝動にテオドールは駆られていたが、来たばかりで碌に会話をせずに辞する事は憚られる為それを必死で抑え込む。けれどもそわそわとした気持ちはどうしたって静まりはしなかった。
二人の甘ったるい空気にミネルヴァ達は大層満足げにしていたが、マティアスが挨拶もせずに会場から出ていったと侍女から報告を受けたミネルヴァの機嫌は一気に下がった。
「貴方のお兄様は本当に礼儀がなっていないのね、フェリチアーノ」
「申し訳ございません」
「まぁいいわ。殿下、今日お呼びしたのは友人であるフェリチアーノへのサプライズもありましたけれど、もう一つ大事な事をお教えしようと思ってお呼びしたんですのよ」
目を嫌そうに細め閉じた扇子を口元に充てていたミネルヴァは、その扇子を残ったデュシャン家の面々へと指示した。
「彼の御家族達は噂通りの人達なのですよ殿下。それに最近は殿下との事がありますから更に拍車が掛かっているとか……そうよね?」
そう問われたフェリチアーノは苦笑しながらもミネルヴァに頷き返す。
「近づかれると大変ですから、ここから彼等を観察する事をお勧めいたしますわ」
それから彼女達はテオドールにデュシャン家の過去から現在までの噂や事件を面白おかしく話し、如何にフェリチアーノが家を支えて来たのかを熱心に話す。
テオドールはそれらの話を聞きながら、目線の先に居るデュシャン家の面々を見ていた。
ギラついた下品な格好をし、大きな声を出し、マナーも何もあったものでは無かった。フェリチアーノから最初に聞いていたよりも実際に目にする彼等は酷いと言う言葉を通り越している様にテオドールは思う。
すぐ隣で少しばかり悲しそうに微笑むフェリチアーノとは似ても似つかず、本当に家族なのかと疑いたくなるほどだった。
この華奢な体で一体どれ程重さを背負ってきたのだろうか。家族に愛され育って来たテオドールには想像がつかない。
以前に思った時とは格段に変わった感情でテオドールは、やはりフェリチアーノを家族の事を忘れる事が出来る様に甘やかし、そしてあの家族から守ろうと決意するのだった。
その瞬間騒めきがピタリと止み、皆が食い入るようにこちらを見ている事が解る。そう言えば初めてフェリチアーノに会った夜会で初めて二人で会場入りした時も似たような感じだったなと思い出したテオドールは、フェリチアーノは今のこの状況は大丈夫なのだろうかと様子を窺う。
しかしそこにはスッと背を伸ばし、瞳をハッキリと前に向けたフェリチアーノの姿があった。添えられている手からもあの時の様な震えを感じられはしない。
その事に安堵したテオドールはふっと表情を緩ませる。その表情には溢れんばかりの慈愛の色が見え、フェリチアーノの事を心底愛おしいのだと如実に語っていた。
そんな様子を見ていた人々は、感嘆の声を漏らしたり落胆の溜息を吐いたりと様々な反応を見せていたが、その中でマティアスだけは遠くからこの状況を一等苛立たし気に眺めていたのだ。
ミネルヴァ達の待つ天幕の下ではピタリとテオドールに寄り添い、笑みを浮かべ合いながら楽しそうに喋るフェリチアーノが居る。
先程まで見ていたフェリチアーノとは明らかに雰囲気が変わっており、何故かそこだけが煌びやかに光って見える。
よく見れば王子であるテオドールと並んでも見劣りしない出で立ちで、いつもマティアスが見下し嘲笑っていた存在とはとても同一人物には見えない程だった。
自分の目がおかしくなったのかと思う程に輝くフェリチアーノを見ている事に耐え切れなくなったマティアスはそのまま一人会場を後にした。
何故だかわからないが無性に腹立たしい衝動に駆られ、自分が矮小な人間に思えて来る。金を産むためだけの存在に、何故これ程までに感情を乱されなければならないのか。
今まで感じた事のない感情を人は劣等感と呼ぶのだが、生まれてこの方それを感じた事が無いマティアスは理解する事が出来ないその感情を持て余す事になる。
「本当に仲が良いのね? こちらまで胸がいっぱいになるわ」
いつもよりピタリとくっつき、熱がこもった視線を向けて来るテオドールの様子に多少の困惑はしたものの悪い気はせず、むしろ何故だか嬉しいとまでフェリチアーノは感じていた。
一方でテオドールはこれまでとは違い、フェリチアーノの一挙手一投足が気になり目で追ってしまい、耳もいつもよりフェリチアーノの声をその小さな息遣いまでをも捉えようとしているかの如く鮮明に聞こえると言う状況に陥っていた。
いつもと同じ筈なのに、口付けひとつでこうも見方が変わってしまうのかと最初は戸惑いはしたが、テオドールはこの気持ちが何なのかをこの時既に理解していた。
それは昔別の国に嫁いだ姉が読み聞かせてくれた恋愛小説にあった感情の描写と同じだったからだ。
――あぁこれが恋だ。
ストンと落ちて来た感情を表す言葉に、溢れる程の喜びが駆け巡る。
ずっと求めてやまなかった物をついにテオドールはこの時やっと手に入れたのだった。
口付けは些細なきっかけに過ぎず、思い返せば小さな芽は自覚していなかっただけでテオドールの心の中で確かに芽吹いていたのだとその時に思い至る。
今やフェリチアーノを愛おしいのだと、恋しいのだと募る思いが溢れて仕方がなかった。
早くこの茶会を離れ、フェリチアーノと二人きりになりたい衝動にテオドールは駆られていたが、来たばかりで碌に会話をせずに辞する事は憚られる為それを必死で抑え込む。けれどもそわそわとした気持ちはどうしたって静まりはしなかった。
二人の甘ったるい空気にミネルヴァ達は大層満足げにしていたが、マティアスが挨拶もせずに会場から出ていったと侍女から報告を受けたミネルヴァの機嫌は一気に下がった。
「貴方のお兄様は本当に礼儀がなっていないのね、フェリチアーノ」
「申し訳ございません」
「まぁいいわ。殿下、今日お呼びしたのは友人であるフェリチアーノへのサプライズもありましたけれど、もう一つ大事な事をお教えしようと思ってお呼びしたんですのよ」
目を嫌そうに細め閉じた扇子を口元に充てていたミネルヴァは、その扇子を残ったデュシャン家の面々へと指示した。
「彼の御家族達は噂通りの人達なのですよ殿下。それに最近は殿下との事がありますから更に拍車が掛かっているとか……そうよね?」
そう問われたフェリチアーノは苦笑しながらもミネルヴァに頷き返す。
「近づかれると大変ですから、ここから彼等を観察する事をお勧めいたしますわ」
それから彼女達はテオドールにデュシャン家の過去から現在までの噂や事件を面白おかしく話し、如何にフェリチアーノが家を支えて来たのかを熱心に話す。
テオドールはそれらの話を聞きながら、目線の先に居るデュシャン家の面々を見ていた。
ギラついた下品な格好をし、大きな声を出し、マナーも何もあったものでは無かった。フェリチアーノから最初に聞いていたよりも実際に目にする彼等は酷いと言う言葉を通り越している様にテオドールは思う。
すぐ隣で少しばかり悲しそうに微笑むフェリチアーノとは似ても似つかず、本当に家族なのかと疑いたくなるほどだった。
この華奢な体で一体どれ程重さを背負ってきたのだろうか。家族に愛され育って来たテオドールには想像がつかない。
以前に思った時とは格段に変わった感情でテオドールは、やはりフェリチアーノを家族の事を忘れる事が出来る様に甘やかし、そしてあの家族から守ろうと決意するのだった。
59
あなたにおすすめの小説
恵方巻を食べてオメガになるはずが、氷の騎士団長様に胃袋を掴まれ溺愛されています
水凪しおん
BL
「俺はベータだ。けれど、クラウス様の隣に立ちたい」
王城の厨房で働く地味な料理人ルエンは、近衛騎士団長のクラウスに叶わぬ恋をしていた。身分も属性も違う自分には、彼との未来などない。そう諦めかけていたある日、ルエンは「伝説の恵方巻を食べればオメガになれる」という噂を耳にする。
一縷の望みをかけ、ルエンは危険な食材探しの旅へ! しかし、なぜかその旅先にはいつもクラウスの姿があって……?
勘違いから始まる、ベータ料理人×氷の騎士団長の胃袋攻略ラブファンタジー!
抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる
水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」
人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。
ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。
「俺が、貴方の剣となり盾となる」
国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。
シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。
新訳 美女と野獣 〜獣人と少年の物語〜
若目
BL
いまはすっかり財政難となった商家マルシャン家は父シャルル、長兄ジャンティー、長女アヴァール、次女リュゼの4人家族。
妹たちが経済状況を顧みずに贅沢三昧するなか、一家はジャンティーの頑張りによってなんとか暮らしていた。
ある日、父が商用で出かける際に、何か欲しいものはないかと聞かれて、ジャンティーは一輪の薔薇をねだる。
しかし、帰る途中で父は道に迷ってしまう。
父があてもなく歩いていると、偶然、美しく奇妙な古城に辿り着く。
父はそこで、庭に薔薇の木で作られた生垣を見つけた。
ジャンティーとの約束を思い出した父が薔薇を一輪摘むと、彼の前に怒り狂った様子の野獣が現れ、「親切にしてやったのに、厚かましくも薔薇まで盗むとは」と吠えかかる。
野獣は父に死をもって償うように迫るが、薔薇が土産であったことを知ると、代わりに子どもを差し出すように要求してきて…
そこから、ジャンティーの運命が大きく変わり出す。
童話の「美女と野獣」パロのBLです
僕を惑わせるのは素直な君
秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。
なんの不自由もない。
5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が
全てやって居た。
そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。
「俺、再婚しようと思うんだけど……」
この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。
だが、好きになってしまったになら仕方がない。
反対する事なく母親になる人と会う事に……。
そこには兄になる青年がついていて…。
いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。
だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。
自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて
いってしまうが……。
それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。
何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
【完結】幼馴染に告白されたけれど、実は俺の方がずっと前から好きだったんです 〜初恋のあわい~
上杉
BL
ずっとお前のことが好きだったんだ。
ある日、突然告白された西脇新汰(にしわきあらた)は驚いた。何故ならその相手は幼馴染の清宮理久(きよみやりく)だったから。思わずパニックになり新汰が返答できずにいると、理久はこう続ける。
「驚いていると思う。だけど少しずつ意識してほしい」
そう言って普段から次々とアプローチを繰り返してくるようになったが、実は新汰の方が昔から理久のことが好きで、それは今も続いている初恋だった。
完全に返答のタイミングを失ってしまった新汰が、気持ちを伝え完全な両想いになる日はやって来るのか?
初めから好き同士の高校生が送る青春小説です!お楽しみ下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる