公爵令嬢の婚約解消宣言

宵闇 月

文字の大きさ
23 / 25
番外編

公爵令嬢と王太子殿下の初夜のお話

しおりを挟む
「……ねぇ、マリー、この夜着、少し薄過ぎないかしら?」

アリシアはどこか不服そうに自分の薄い夜着を見ながらマリーに聞いた。

現在、湯浴みを終え、侍女たちに磨きに磨き上げられたその素肌に纏っているのは薄過ぎると言っても過言ではない程の薄布でできた白い夜着だった。

ショーツのクラッチ部分は多少厚みがあるものの、胸はレースの模様でかろうじて先端が隠れる程度のものだ。

また前見頃は胸の辺りをリボンで結ぶだけなので、少し動いただけで胸から下の素肌が丸見えである。

そしてその丈の長さも太腿までしかなく、上着同様に両側をリボンで結ぶだけの頼りないショーツも少し動けばチラリと見えてしまう。

そんな仕様の夜着は確かに初々しい夫婦の初夜にはうってつけのものではあるが、日頃足を出すことが一切ないご令嬢には少し…いや、かなり勇気がいる一着であった。

アリシアはガウンでを隠しつつ羞恥で真っ赤になった顔を引き攣らせて公爵家から一緒に来てくれた自分の専属侍女を縋るように見ていた。

「なにを仰います!初夜にそのくらいは当たり前、常識でございます!今夜は絶対に殿下のお手付きになっていただかなければならないのですよ?あのヘタレ……コホンッ……殿下がその気になるようにしておかなくてどうしますかっ!諦めてください!」

結婚前の夫婦のことを思い出して、思わず一瞬不敬な言葉を繰り出しそうになりつつ、大事な大事なお嬢様に胸を張ってそう進言したマリーは「それではご武運を」という新婚初夜には似つかわしくない言葉を残して早々に部屋を辞した。

アリシアは仕方なくガウンの前をギュッと握り一人夫婦の寝室に入ると、ベッドの上には花が散っていて、サイドテーブルには青い薔薇が飾ってあった。

そしてセンターテーブルにはお酒と果実水と軽食が用意されていた。

ーーそういえば今日は浴槽にも花が浮かべてあったわね…初夜の決まりごとか何かかしら?

真面目なアリシアはそれが初夜の雰囲気を盛り上げる為のものだとも思わずにその演出に首を傾げてソファに座りオルフェウスを待つことにした。

しばらくしてアリシアの緊張が限界に達しかけた頃、漸くオルフェウスが寝室に入っくる音が聞こえる。

アリシアはドアが開く音にガウンを更にギュウッと握りしめ、俯いた顔を上げてぎこちない笑顔でオルフェウスを迎えた。

が、そんなアリシアよりもオルフェウスの方が緊張しているようで、右手右足、左手左足を同時に出しながら入ってきたので何故だかホッとして思わず笑みが溢れた。

「ま、ま、ま、ま、待たせたな」

オルフェウスはガウン姿のアリシアに噛み噛みでそう言ってその隣に座る。

一応表情は取り繕ってはいるが、心臓はバックバクで今にも破裂しそうだ。

だけど男たるもの余裕を見せなければならない時がある。

オルフェウスは言葉が噛み噛みなことも手足が同時に出ていたことも気付かない振りで余裕を演出する為にゆっくりと足を組んだ。

そしてアリシアに「少し飲むか?」と聞いて甘いお酒を渡し、自分も緊張をほぐす為に少し強めのお酒を選んで口に含んだ。

そして、

「アリシア、サイドテーブルにある青い薔薇に気付いたか?あれは私自らがこの日の為に育てた薔薇で花言葉は《夢が叶う》だ。私はアリシアを一目見た時から今日この日を、いや、アリシアと永遠に一緒になれることを夢見ていたんだ。だからアリシア…」

そう告げて決まったとばかりにアリシアの唇に口付けを落とし抱き上げた。

そしてそっとベッドに横たえ「愛してる」と囁き、先程より深い口付けを交わす。

潤んだアリシアの瞳が美しく、キスに濡れた唇は扇情的で、今までの余裕の演出はどこえやら、オルフェウスは堪らずアリシアのガウンを脱がせ、その首筋に唇を寄せる…

……はずだった。

が、ガウンを取り払ったアリシアのあまりの破壊力に、オルフェウスが思い切り鼻血を吹き出して二人の初夜は終わってしまった。

その後、慌てたアリシアによって呼ばれた侍女や護衛騎士に改めてヘタレ認定されたオルフェウスが、国王夫妻を始めとする近い人に残念なものを見るような目で見られたのはいうまでもない。

そしてこの日以降、アリシアが薄い布の魅惑的な夜着を着ることは一切なくなったのである。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

その結婚、承服致しかねます

チャイムン
恋愛
結婚が五か月後に迫ったアイラは、婚約者のグレイグ・ウォーラー伯爵令息から一方的に婚約解消を求められた。 理由はグレイグが「真実の愛をみつけた」から。 グレイグは彼の妹の侍女フィルとの結婚を望んでいた。 誰もがゲレイグとフィルの結婚に難色を示す。 アイラの未来は、フィルの気持ちは…

お飾りの私と怖そうな隣国の王子様

mahiro
恋愛
お飾りの婚約者だった。 だって、私とあの人が出会う前からあの人には好きな人がいた。 その人は隣国の王女様で、昔から二人はお互いを思い合っているように見えた。 「エディス、今すぐ婚約を破棄してくれ」 そう言ってきた王子様は真剣そのもので、拒否は許さないと目がそう訴えていた。 いつかこの日が来るとは思っていた。 思い合っている二人が両思いになる日が来ればいつの日か、と。 思いが叶った彼に祝いの言葉と、破棄を受け入れるような発言をしたけれど、もう私には用はないと彼は一切私を見ることなどなく、部屋を出て行ってしまった。

公爵令嬢「婚約者には好きな人がいるのに、その人と結婚できないなんて不憫」←好きな人ってあなたのことですよ?

ツキノトモリ
恋愛
ロベルタには優しい従姉・モニカがいる。そのモニカは侯爵令息のミハエルと婚約したが、ミハエルに好きな人がいると知り、「好きな人と結婚できないなんて不憫だ」と悩む。そんな中、ロベルタはミハエルの好きな人を知ってしまう。

彼はヒロインを選んだ——けれど最後に“愛した”のは私だった

みゅー
恋愛
前世の記憶を思い出した瞬間、悟った。 この世界では、彼は“ヒロイン”を選ぶ――わたくしではない。 けれど、運命になんて屈しない。 “選ばれなかった令嬢”として終わるくらいなら、強く生きてみせる。 ……そう決めたのに。 彼が初めて追いかけてきた——「行かないでくれ!」 涙で結ばれる、運命を越えた恋の物語。

【完結】ロザリンダ嬢の憂鬱~手紙も来ない 婚約者 vs シスコン 熾烈な争い

buchi
恋愛
後ろ盾となる両親の死後、婚約者が冷たい……ロザリンダは婚約者の王太子殿下フィリップの変容に悩んでいた。手紙もプレゼントも来ない上、夜会に出れば、他の令嬢たちに取り囲まれている。弟からはもう、婚約など止めてはどうかと助言され…… 視点が話ごとに変わります。タイトルに誰の視点なのか入っています(入ってない場合もある)。話ごとの文字数が違うのは、場面が変わるから(言い訳)

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

【完結】イアンとオリエの恋   ずっと貴方が好きでした。 

たろ
恋愛
この話は 【そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします】の主人公二人のその後です。 イアンとオリエの恋の話の続きです。 【今夜さよならをします】の番外編で書いたものを削除して編集してさらに最後、数話新しい話を書き足しました。 二人のじれったい恋。諦めるのかやり直すのか。 悩みながらもまた二人は………

それは報われない恋のはずだった

ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう? 私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。 それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。 忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。 「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」 主人公 カミラ・フォーテール 異母妹 リリア・フォーテール

処理中です...