586 / 701
第585話 勝負します
しおりを挟む
数ヵ月前。
佐々木は日本からアメリカへ帰国後、知り合いに紹介されたジムでスパーリングを行っていた。
「ぬっ……おっ! っとと! コウノスケ! ストップ! ストップだ!」
グローブで受けていたジムトレーナーは佐々木の打撃を受け止め続けるも、首相撲の膝蹴りが苛烈を増した所で停止を呼び掛けた。
佐々木は手を止めると、見ている者達もピュゥ~と口笛を吹く。
「なんだい、ホアキン。先に貴方の方が根を上げるとはね」
「言ってくれるなよ、スーパースター。役者業を止めて、ムエタイで食ってくつもりか?」
ホアキンは佐々木の様子に驚く。
彼は身体を作るために知り合いの映画関係者からこのジムを紹介され、始めた当初は本当に必要最低限の事だけを取り込んでいた。
役者は顔と身体が命。ナニかの弾みで怪我をしたら大事だ。故に佐々木は格闘技を学ぶものの、実戦的な思考からは一線引いていたのだ。
しかし少しの間、日本へ帰っていた佐々木は、その心境を大きく変えていた。ナニか刺激になる様な事があったのだろう。打ち込みをしたいと言い出し、グローブを着けてリングに上げた。受けたスパーリングは、思ったよりも吹っ切れたモノだった。
「ハハ。そんなつもりはないよ。二つの道を同時に歩けるほど俺は天才じゃない」
一つで精一杯だ。と、グローブを外す。
佐々木の立ち姿から肥大化せずとも、体幹や筋力はかなりしっかりとしたモノになっているとホアキンは感じる。鍛える筋肉ではなく、動かす筋肉が強くなっている証拠だ。
まだ伸び代のある二十代でボティイメージをほぼ完璧に掴みつつある。こちら側に来ても十分に大成できる器だ。
「お前なら良い線行けるぜ? 俺に任せれば30代でトロフィーじゃなくてベルトを腰に巻いてやれるぜ」
「人をおだてるのが上手いね。魅力的な申し出だけど、俺は歩く道を変えるつもりはないよ」
「じゃあ、ここまでの変化に何があった? 前のお前は怪我を懸念してリングには絶対に上がらなかったってのによ」
「……得体の知れないモノに触れた。ホアキン、俺は随分と浅かったらしい。おかげで自分を見つめ直せたよ」
そう言って佐々木は悟っている様にリングから降りると、他の選手達と楽しげに話を始めた。皆、佐々木とは友達である。
「ホントに何があったんだか」
ホアキンはグローブを仕舞いながら、そんな佐々木を不思議そうに見る。その年歴で驕りによる挫折を味わったのなら一流の街道を歩き続けるだろう。
「ホントに勿体ない」
ベルトを巻いてやれる、と言う発言はおだてではなく事実だった。
『どうやら、満場一致で君が一番の様だね』
佐々木は、皆が道を開けて導いた先に居た大宮司を見て一目で解った。
三人に歩みより、一層その力強さを感じる。
格闘技をかじってる者なら誰しもが感じる気迫。今はなるべく抑えている様だが、それでも佐々木は見逃さない。
『皆のご指名だ。取りあえず、自己紹介をもらっても良いかい? メイドさん』
佐々木はリンカへマイクを渡すように向けた。声を出せばバレる……どうしよう……
差し出されたマイクに硬直していると、ヒカリがぱっと取る。
『一年生の谷高光でーす。こっちは友達のリン。こっちは大宮司先輩。佐々木さんを前に二人とも緊張してるみたいなので私が話しまーす』
親友のカバーにリンカはアイコンタクトで、ありがと~、と視線を送る。
『ホントに何にもない私たちの学校に来てくれてありがとうございまーす。佐々木さんは私達を楽しませてくれるみたいですけど、私達も佐々木さんを楽しませたいと思いますので、是非是非、良い思い出として帰って行ってくださいね~』
ヒカリの元気なトークは、停止する空間の時間を動かす。まるで光に照らされた様に、いいぞー、谷高ー、メイドだー、と声援が寄せられる。
ヒカリは、どもども、と手を振ってマイクを笑顔で佐々木に返した。
『おっと、俺が気を使わせてしまったね。谷高さん、君の事は雑誌で見たよ』
「本当ですか? 購入ありがとうございまーす」
『それじゃ、改めてマイクに言いたい事はあるかな?』
「一年生の『猫耳メイド喫茶』は絶賛稼働中でーす。まだの方は是非ご来店をー」
てっきり自分の掲載されている雑誌に関しての宣伝をするかと思ったら、文化祭の件を大々的に口にした。
彼女、自分の容姿よりも周りを考えるタイプか。
佐々木は簡単にヒカリをプロファイルする。
『猫耳ですか。今、ここで着けてもらえます?』
「サービスは店の中だけですよー、所かしこでメイドやってたら息抜きも出来ませんからー」
『ハハハ。随分としっかりしてるねー』
「ありがとうございまーす」
物怖じもしない。彼女……年齢以上に心の方が出来上がっているな。
ニコニコしながら対応するヒカリは緊張の欠片もない。親友がこれ程に頼もしかったとは……とリンカはお礼に後で何か奢ろうかと考えた。
『ちょっと話がソレちゃったけど、本命は君だ』
佐々木はマイクを持ったまま、大宮司へ視線を向ける。
『俺と勝負しないかい?』
「……俺ですか?」
大宮司は少し困った様にそう呟いた。
『何、大丈夫さ。俺も素人じゃない』
「……うーん……」
滅多にない機会であるのだが、大宮司としては卒業までにあまり事を起こしたくない。しかも、何か間違えて怪我でもさせてしまえば本当に学校での立場は終わるだろう。
「すみません、申し訳ありませんが――」
『君はどう思う? リンさん。彼は強いかい?』
と、佐々木はリンカへマイクを向けていた。
メイド服に鬼の面を着けた彼女はかなり異質だ。佐々木がトークの的にするのは必然な流れである。リンカは口ごもってヒカリが間に入ろうとすると、
「ん? 君のヘアピン……どっかで見たような――」
佐々木の『闇鍋仮面舞踏会』の記憶がリブートしようとしたその時、大宮司がマイクを取る。
『勝負します』
大宮司の言葉にヒカリによって穏やかになった場が再び凍りついた。
佐々木は日本からアメリカへ帰国後、知り合いに紹介されたジムでスパーリングを行っていた。
「ぬっ……おっ! っとと! コウノスケ! ストップ! ストップだ!」
グローブで受けていたジムトレーナーは佐々木の打撃を受け止め続けるも、首相撲の膝蹴りが苛烈を増した所で停止を呼び掛けた。
佐々木は手を止めると、見ている者達もピュゥ~と口笛を吹く。
「なんだい、ホアキン。先に貴方の方が根を上げるとはね」
「言ってくれるなよ、スーパースター。役者業を止めて、ムエタイで食ってくつもりか?」
ホアキンは佐々木の様子に驚く。
彼は身体を作るために知り合いの映画関係者からこのジムを紹介され、始めた当初は本当に必要最低限の事だけを取り込んでいた。
役者は顔と身体が命。ナニかの弾みで怪我をしたら大事だ。故に佐々木は格闘技を学ぶものの、実戦的な思考からは一線引いていたのだ。
しかし少しの間、日本へ帰っていた佐々木は、その心境を大きく変えていた。ナニか刺激になる様な事があったのだろう。打ち込みをしたいと言い出し、グローブを着けてリングに上げた。受けたスパーリングは、思ったよりも吹っ切れたモノだった。
「ハハ。そんなつもりはないよ。二つの道を同時に歩けるほど俺は天才じゃない」
一つで精一杯だ。と、グローブを外す。
佐々木の立ち姿から肥大化せずとも、体幹や筋力はかなりしっかりとしたモノになっているとホアキンは感じる。鍛える筋肉ではなく、動かす筋肉が強くなっている証拠だ。
まだ伸び代のある二十代でボティイメージをほぼ完璧に掴みつつある。こちら側に来ても十分に大成できる器だ。
「お前なら良い線行けるぜ? 俺に任せれば30代でトロフィーじゃなくてベルトを腰に巻いてやれるぜ」
「人をおだてるのが上手いね。魅力的な申し出だけど、俺は歩く道を変えるつもりはないよ」
「じゃあ、ここまでの変化に何があった? 前のお前は怪我を懸念してリングには絶対に上がらなかったってのによ」
「……得体の知れないモノに触れた。ホアキン、俺は随分と浅かったらしい。おかげで自分を見つめ直せたよ」
そう言って佐々木は悟っている様にリングから降りると、他の選手達と楽しげに話を始めた。皆、佐々木とは友達である。
「ホントに何があったんだか」
ホアキンはグローブを仕舞いながら、そんな佐々木を不思議そうに見る。その年歴で驕りによる挫折を味わったのなら一流の街道を歩き続けるだろう。
「ホントに勿体ない」
ベルトを巻いてやれる、と言う発言はおだてではなく事実だった。
『どうやら、満場一致で君が一番の様だね』
佐々木は、皆が道を開けて導いた先に居た大宮司を見て一目で解った。
三人に歩みより、一層その力強さを感じる。
格闘技をかじってる者なら誰しもが感じる気迫。今はなるべく抑えている様だが、それでも佐々木は見逃さない。
『皆のご指名だ。取りあえず、自己紹介をもらっても良いかい? メイドさん』
佐々木はリンカへマイクを渡すように向けた。声を出せばバレる……どうしよう……
差し出されたマイクに硬直していると、ヒカリがぱっと取る。
『一年生の谷高光でーす。こっちは友達のリン。こっちは大宮司先輩。佐々木さんを前に二人とも緊張してるみたいなので私が話しまーす』
親友のカバーにリンカはアイコンタクトで、ありがと~、と視線を送る。
『ホントに何にもない私たちの学校に来てくれてありがとうございまーす。佐々木さんは私達を楽しませてくれるみたいですけど、私達も佐々木さんを楽しませたいと思いますので、是非是非、良い思い出として帰って行ってくださいね~』
ヒカリの元気なトークは、停止する空間の時間を動かす。まるで光に照らされた様に、いいぞー、谷高ー、メイドだー、と声援が寄せられる。
ヒカリは、どもども、と手を振ってマイクを笑顔で佐々木に返した。
『おっと、俺が気を使わせてしまったね。谷高さん、君の事は雑誌で見たよ』
「本当ですか? 購入ありがとうございまーす」
『それじゃ、改めてマイクに言いたい事はあるかな?』
「一年生の『猫耳メイド喫茶』は絶賛稼働中でーす。まだの方は是非ご来店をー」
てっきり自分の掲載されている雑誌に関しての宣伝をするかと思ったら、文化祭の件を大々的に口にした。
彼女、自分の容姿よりも周りを考えるタイプか。
佐々木は簡単にヒカリをプロファイルする。
『猫耳ですか。今、ここで着けてもらえます?』
「サービスは店の中だけですよー、所かしこでメイドやってたら息抜きも出来ませんからー」
『ハハハ。随分としっかりしてるねー』
「ありがとうございまーす」
物怖じもしない。彼女……年齢以上に心の方が出来上がっているな。
ニコニコしながら対応するヒカリは緊張の欠片もない。親友がこれ程に頼もしかったとは……とリンカはお礼に後で何か奢ろうかと考えた。
『ちょっと話がソレちゃったけど、本命は君だ』
佐々木はマイクを持ったまま、大宮司へ視線を向ける。
『俺と勝負しないかい?』
「……俺ですか?」
大宮司は少し困った様にそう呟いた。
『何、大丈夫さ。俺も素人じゃない』
「……うーん……」
滅多にない機会であるのだが、大宮司としては卒業までにあまり事を起こしたくない。しかも、何か間違えて怪我でもさせてしまえば本当に学校での立場は終わるだろう。
「すみません、申し訳ありませんが――」
『君はどう思う? リンさん。彼は強いかい?』
と、佐々木はリンカへマイクを向けていた。
メイド服に鬼の面を着けた彼女はかなり異質だ。佐々木がトークの的にするのは必然な流れである。リンカは口ごもってヒカリが間に入ろうとすると、
「ん? 君のヘアピン……どっかで見たような――」
佐々木の『闇鍋仮面舞踏会』の記憶がリブートしようとしたその時、大宮司がマイクを取る。
『勝負します』
大宮司の言葉にヒカリによって穏やかになった場が再び凍りついた。
0
あなたにおすすめの小説
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる