懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話

六剣

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第585話 勝負します

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 数ヵ月前。
 佐々木は日本からアメリカへ帰国後、知り合いに紹介されたジムでスパーリングを行っていた。

「ぬっ……おっ! っとと! コウノスケ! ストップ! ストップだ!」

 グローブで受けていたジムトレーナーは佐々木の打撃を受け止め続けるも、首相撲の膝蹴りが苛烈を増した所で停止を呼び掛けた。
 佐々木は手を止めると、見ている者達もピュゥ~と口笛を吹く。

「なんだい、ホアキン。先に貴方の方が根を上げるとはね」
「言ってくれるなよ、スーパースター。役者業を止めて、ムエタイで食ってくつもりか?」

 ホアキンは佐々木の様子に驚く。
 彼は身体を作るために知り合いの映画関係者からこのジムを紹介され、始めた当初は本当に必要最低限の事だけを取り込んでいた。
 役者は顔と身体が命。ナニかの弾みで怪我をしたら大事だ。故に佐々木は格闘技を学ぶものの、実戦的な思考からは一線引いていたのだ。
 しかし少しの間、日本へ帰っていた佐々木は、その心境を大きく変えていた。ナニか刺激になる様な事があったのだろう。打ち込みをしたいと言い出し、グローブを着けてリングに上げた。受けたスパーリングは、思ったよりも吹っ切れたモノだった。

「ハハ。そんなつもりはないよ。二つの道を同時に歩けるほど俺は天才じゃない」

 一つで精一杯だ。と、グローブを外す。
 佐々木の立ち姿から肥大化せずとも、体幹や筋力はかなりしっかりとしたモノになっているとホアキンは感じる。鍛える筋肉ではなく、動かす筋肉が強くなっている証拠だ。
 まだ伸び代のある二十代でボティイメージをほぼ完璧に掴みつつある。こちら側に来ても十分に大成できる器だ。

「お前なら良い線行けるぜ? 俺に任せれば30代でトロフィーじゃなくてベルトを腰に巻いてやれるぜ」
「人をおだてるのが上手いね。魅力的な申し出だけど、俺は歩く道を変えるつもりはないよ」
「じゃあ、ここまでの変化に何があった? 前のお前は怪我を懸念してリングには絶対に上がらなかったってのによ」
「……得体の知れないモノに触れた。ホアキン、俺は随分と浅かったらしい。おかげで自分を見つめ直せたよ」

 そう言って佐々木は悟っている様にリングから降りると、他の選手達と楽しげに話を始めた。皆、佐々木とは友達である。

「ホントに何があったんだか」

 ホアキンはグローブを仕舞いながら、そんな佐々木を不思議そうに見る。その年歴で驕りによる挫折を味わったのなら一流の街道を歩き続けるだろう。

「ホントに勿体ない」

 ベルトを巻いてやれる、と言う発言はおだてではなく事実だった。





『どうやら、満場一致で君が一番の様だね』

 佐々木は、皆が道を開けて導いた先に居た大宮司を見て一目で解った。
 三人に歩みより、一層その力強さを感じる。
 格闘技をかじってる者なら誰しもが感じる気迫。今はなるべく抑えている様だが、それでも佐々木は見逃さない。

『皆のご指名だ。取りあえず、自己紹介をもらっても良いかい? メイドさん』

 佐々木はリンカへマイクを渡すように向けた。声を出せばバレる……どうしよう……
 差し出されたマイクに硬直していると、ヒカリがぱっと取る。

『一年生の谷高光やたかひかりでーす。こっちは友達のリン。こっちは大宮司先輩。佐々木さんを前に二人とも緊張してるみたいなので私が話しまーす』

 親友のカバーにリンカはアイコンタクトで、ありがと~、と視線を送る。

『ホントに何にもない私たちの学校に来てくれてありがとうございまーす。佐々木さんは私達を楽しませてくれるみたいですけど、私達も佐々木さんを楽しませたいと思いますので、是非是非、良い思い出として帰って行ってくださいね~』

 ヒカリの元気なトークは、停止する空間の時間を動かす。まるで光に照らされた様に、いいぞー、谷高ー、メイドだー、と声援が寄せられる。
 ヒカリは、どもども、と手を振ってマイクを笑顔で佐々木に返した。

『おっと、俺が気を使わせてしまったね。谷高さん、君の事は雑誌で見たよ』
「本当ですか? 購入ありがとうございまーす」
『それじゃ、改めてマイクに言いたい事はあるかな?』
「一年生の『猫耳メイド喫茶』は絶賛稼働中でーす。まだの方は是非ご来店をー」

 てっきり自分の掲載されている雑誌に関しての宣伝をするかと思ったら、文化祭の件を大々的に口にした。

 彼女、自分の容姿よりも周りを考えるタイプか。

 佐々木は簡単にヒカリをプロファイルする。

『猫耳ですか。今、ここで着けてもらえます?』
「サービスは店の中だけですよー、所かしこでメイドやってたら息抜きも出来ませんからー」
『ハハハ。随分としっかりしてるねー』
「ありがとうございまーす」

 物怖じもしない。彼女……年齢以上に心の方が出来上がっているな。

 ニコニコしながら対応するヒカリは緊張の欠片もない。親友がこれ程に頼もしかったとは……とリンカはお礼に後で何か奢ろうかと考えた。

『ちょっと話がソレちゃったけど、本命は君だ』

 佐々木はマイクを持ったまま、大宮司へ視線を向ける。

『俺と勝負しないかい?』
「……俺ですか?」

 大宮司は少し困った様にそう呟いた。

『何、大丈夫さ。俺も素人じゃない』
「……うーん……」

 滅多にない機会であるのだが、大宮司としては卒業までにあまり事を起こしたくない。しかも、何か間違えて怪我でもさせてしまえば本当に学校での立場は終わるだろう。

「すみません、申し訳ありませんが――」
『君はどう思う? リンさん。彼は強いかい?』

 と、佐々木はリンカへマイクを向けていた。
 メイド服に鬼の面を着けた彼女はかなり異質だ。佐々木がトークの的にするのは必然な流れである。リンカは口ごもってヒカリが間に入ろうとすると、

「ん? 君のヘアピン……どっかで見たような――」

 佐々木の『闇鍋仮面舞踏会』の記憶がリブートしようとしたその時、大宮司がマイクを取る。

『勝負します』

 大宮司の言葉にヒカリによって穏やかになった場が再び凍りついた。
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