幻獣を従える者

暇野無学

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036 旅立ち

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 息を吹き返したサイモンが「マジかよぅ」って悲鳴の様な声をあげた。

 「どおりであの身分証を持っているはずだ」
 「確かに、それだけの魔法が使えてあの威力か、公爵家も手厚く保護するだろうさ」
 「ちょっと待って! もしかしたらこの間の大爆発」
 「お城での連続した爆発音はグレイだったの?」

 にやりと笑って肩を竦めておく。

 「それじゃぁ、さっきの爆発は手加減していたって事だよな」
 「今回は楽が出来そうだな」
 「準備が出来次第出発するので、どれ位で用意出来る?」

 「食料と冬支度も必要ですよね」

 「此れからだと12月の後半から年明けに戻る事になるな」

 「それでは一週間下さい。その間に用意しますので」

 「ねぇ、収納に預かるって容量はどの程度なの」

 「知りませんが、10m程の棒を十字に組んで入れさせたら入りました。ですのでそちらの食料も預かれます。万が一はぐれた時の非常用は、自分達でも持っていて下さい」

 「ランディスは何時もあの場所で寝泊まりしているのよね」

 「そうです。朝早くか夕方に暖かい食料を持って来れば預かれます」

 「判った、七日目の朝に出発するので、それまでは準備しておけ」

 * * * * * * *

 結局彼等は俺達の隣りで、グレイの作った土魔法のドームに寝泊まりをして食料をせっせと買い込んでいた。
 勿論俺も食料買い出しと同時に鍛冶屋に行き、ショートソードと剣鉈に似た大振りのナイフを打ってもらった。
 ショートソードはゴボウ剣に似た片刃で刃長45㎝程で柄の長さは拳二つ半、剣鉈に似たナイフは常時腰に下げるので邪魔にならない大きさにしてもらった。

 出発の朝二つのドームの魔力を抜き大地に戻していると、南門から2台の馬車が近づいて来る。
 先頭の馬車から顔を出しているのはクラウス隊長で、この人とは長い付き合いになりそうな予感がする。
 先頭の馬車にシャドーのメンバーのうち四人が乗り、後ろの馬車に俺とクラウスさんに女性陣が乗り込むと南に向かって走り始めた。

 「大森林ってどの辺りなんですか」

 「アルベール街道の東を奥に行けば全て大森林よ」
 「私達は何時もエリンザスから森に入るの。それぞれになれた道を使うのでパーティーによって大森林の意味が違うわ」
 「エリンザスからだと12、3日奥へ行けば獲物も増えるし大きいわね」
 「私たちが薬草採取に向かう場所は、エリンザスからだと24、5日前後ね。その年や季節に依るので何とも言えないわ」

 「大森林って、そんなに危険なんですか」

 「街の人には判らないでしょうけど、一瞬の油断が死に繋がるわ」
 「対峙する獣だって、力も速さも獣の方が上ですからね」
 「もっとも、私達は薬草採取に行くので、獣には気付かれない様に避けて通るのよ」
 「そうそう、狩るのは近場で弱い奴だけよ」

 「ランディス殿は、大物を随分売りに出されたようですが」

 「あれはアッシュとグレイが狩ってきた奴ですよ。俺一人ならFランク程度の実力で、ホーンラビットやヘッジホッグをこそこそ狩って生活している筈ですよ」

 * * * * * * *

 王都カンタスからエリンザス迄馬車で七日の距離なので、俺達は各街の手前で野営をしながらの旅となった。
 2台の馬車は街のホテル泊まりで、朝になると俺達が街に入り待っていた馬車に乗り旅を続けた。

 エリンザスに到着して漸くクラウスさんはお役御免となり、俺達はアルベール街道を少し南に下った所から東に向かって草原に踏み入った。

 先頭は斥候役のダンガンで抜群の索敵能力を持っていて、気配察知も中々のものだ。
 その後をリーダーのサイモン、俺にグレイとアッシュが続き、エイダ、ホーキン、イザベル、キリクが殿だ。

 俺は先頭を歩かなくて良い気楽さから、索敵に魔力を乗せて周辺警戒に当たる。
 時々興味のままに列から離れて行こうとする、グレイの首根っこを押さえるのが目下の役目。
 もう四歳なのだから少しは落ち着けよと思うが、タイガーキャットの生態など知らないのでアッシュママに叱ってもらう。
 で、こいつは何月生まれなんだろうか。
 俺と出会って一年ほどだが、毎月鑑定をしていれば誕生月が判るのかな。

 馬鹿な事を考えながら歩く事一週間以上、今日も黙々と歩いていたが進行方向右手、索敵に何か引っ掛かるがダンガンは気付いていない様だ。
 前を歩くサイモンの背に、拾っておいたドングリに似た木の実を指で弾く。
 振り向いたサイモンに右手2時方向を指で示し、左手の人差し指と突き合わせて衝突すると示す。

 首を捻ったサイモンだが、前方を歩くダンガンを止めて相談している。
 呼ばれて「何か判るか」と問われたが、大きいとしか判らないと伝えるが、索敵に引っ掛かった奴が進路を変えた。

 〈チッチッチッ〉と鳥の鳴き声に似せた警戒の合図を送り手招きをすると、皆が静かにグレイの周りに集まって来る。

 《ランディス、同種の様よ》

 《ん、相手もタイガーキャットなの?》

 《もっと大きいわね》

 アッシュがそう言いながら前に出ると、低く身構える。
 俺達をシェルターで包むと、グレイがアッシュの背後で身構える。

 索敵に引っ掛かった奴が静かに近づいて来るが、丈高い草が微かに揺れるので何かが居ると判る程度だ。
 草叢の陰から現れたのは銀色の毛並みに鋭い牙が下向きに見える虎・・・と言うには大きい。
 アッシュの大きさに慣れていても大きいと感じるが、この大きな奴が殆ど音を立てずに現れた。

 「シルバータイガーよ」
 「待ち伏せをされたかな」
 「んな馬鹿な」
 「俺達の隠形でこんな奴に見つかった事はないぞ」

 ヒソヒソ声が聞こえるが、多分と言うか絶対にアッシュの尻尾が見つかった原因だろう。
 アッシュとグレイは目立たない毛色だが、隠形は使えないし尻尾を上げて歩く事が多い。

 「狙われたのはアッシュだと思います。アッシュは隠形が使えませんので尻尾を上げて歩けば目立ちますから」

 言った瞬間〈バリバリドーン〉と雷撃音が轟き、アッシュの前に進み出てこようとしたシルバータイガーの頭に雷が落ちた。
 ビクンとして横倒しになり痙攣しているシルバータイガーが、少しの間藻掻くとぱたりと動きを止めた。
 その口から大量の水が流れ出す。
 水魔法の使い方も慣れてきた様だ。

 グレイが倒れて動かないシルバータイガーに駆け寄り、しきりに匂いを嗅いでいる。
 大物狩りをしているグレイにとっても、シルバータイガーは初物らしい。

 「しかし良く気がついたな」
 「おお、進行方向に野獣は居なかったので油断したな」

 「俺は前を気にする必要はないですから、それで索敵の練習がてらに左右を観察していただけです。待ち伏せをしていたのでしょうが、俺達が近づいたので動いたから気付いたのです」

 「しかし見事なシルバータイガーだな」
 「これ一頭で幾らになるんだ?」
 「と言うか、採取した薬草代金の分け前をお前に渡す必要はないと言われる訳だな」

 「二人のお陰で安全安心な生活ですが、冒険者としての腕はさっぱり上がりません」

 「贅沢な悩みねぇ」

 * * * * * * *

 毎日の野営はグレイの作ったドームをシャドーに提供し、その隣りに俺達のドームを並べて、食事の後はそれぞれのドームで寛ぐ。
 と言っても俺達のドームは結界のドームで、グレイの気配察知を磨くためのものだ。

 アッシュママと行動を共にしていても警戒はアッシュママがするので、グレイは獲物を探しての索敵や警戒がまるで駄目だ。
 目視で獲物を探していては逆に襲われる危険があるので、狩りの訓練も獲物を狩るというよりも気配察知と索敵の訓練が中心になる。
 結界のドーム内ではママにならい、気配を殺して周辺に居る獣を探す訓練を続ける。
 だが直ぐに飽きるので、時々索敵に引っ掛かった獲物の場所を教えたりママと一緒に狩りにお出掛けをさせる。

 その間俺はシャドーのドーム内で、彼等が道中で集めた薬草の知識やオークから魔石を取り出す方法等を教えて貰う。
 それに野獣の血抜きと解体を教わるが、グレイが狩って来た獲物でお肉が美味しかった物を取りだして教材にする。
 勿論内臓はアッシュとグレイの腹の中なので、血抜きもされていないが手順の練習には十分だ。
 血抜きがされていない肉でも、拳二つ分ほど切り取り木の枝に吊して多少なりとも血を抜いて食べていたが、きちんとした手順で解体されたものならもっと美味かろうと思ったものだ。

 * * * * * * *

 旅は概ね順調で、時々アッシュが標的になり野獣の待ち伏せを受けるが、ダンガンか俺が先に気付いて返り討ちにする。
 近くになればアッシュも気配で気付くが、索敵は相変わらず目視頼りだ。
 しかしベテラン冒険者達シャドーの面々は殆ど足音を立てずに歩くし、アッシュはその巨体とは思えないほど静かに歩きグレイも同様だ。
 一番煩いのは俺で、時々待ち伏せを受けるのは俺の足音のせいだとアッシュに揶揄われている。

 森を東に向かって進み始めて20日以上経っている筈だし、大森林には野獣が多いと聞いていたのに余り大物に出会わない。
 どうしてだと尋ねると、俺達は比較的野獣の少ない所を通っているし、普段ならイザベルの作るシェルターに籠もってやり過ごしていると言われた。

 それって俺達が野獣を呼び寄せている為に、普段より多くの野獣と出会しているのかと質問して笑われた。
 おまけに、お前達が倒した獲物はお前の稼ぎになるんだから気にせずに討伐しろと言われてしまった。
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